010:ザコを倒した俺はとりあえず
自分の失態から、無我夢中の無表情で町の中を走り抜ける。
視界から己以外の物が消え去り、自分が世界の一部になったように錯覚する。
「――――――――――ッッ!!」
羞恥心が胸の内で爆発し、無言の叫びが口から飛び出る。
……――まぁ、ここまで仰々しく言ったが要は泊まる宿が無いから結局は今日も屋根で就寝になりそうであり、その事実と自分の無計画さが情けな過ぎてそれを振り払いたいが為にこういう風になっている。
「――あっ、そうだ!」
キキッと効果音がつきそうなくらいに急ブレーキをかける。
突然立ち止まった俺に普通に道を歩いていた人たちはビクゥッと驚いたような視線を向けてくるが俺はそんな物にかまっている余裕はない。
「今から稼いで来ればいいじゃん!」
クルッとユーターン。そのままさっきと同じ速度で走りだした。
とりあえずまだ夕方だ。これならほんの少しだけ稼いて戻ってくればたぶん間に合う。きっと。
俺は相も変わらず安易な考えで夕焼けで赤く染まる道を駆け抜けた。
◆◆◆
とりあえず最初に着いたメクル草原で見つけた《ブルースライム:Lv1》というのを斬り付ける。「グピュッ!」とか変な断末魔をあげて《ブルースライム》が光の粒子となって消えた。
何かアイテムが手に入ったか、とアイテムの欄を開く。増えたアイテムの備考にはこうあった。
《ブルーゼリー》
【ブルースライムの亡骸。爽やかなブルーはサイダーの味! 初心者冒険者の渇いた喉に優しい味方!】
…………ナニコレ。
え? なに、あのドロドロのトプトプだったスライム飲むの? え、飲むの!?
とりあえず確かめてみる事にした。実体化のボタンを押しこむ。
すると、何も無い所からコップを傾けたようにボタボタと青色の液体がこぼれ落ち――――、
「っておい、まて! ちょっ、ちょっとちょっとちょっと!」
しかし時すでに遅し、とっさに手を差し出すも、「あれ? まだ生きてる?」と問いたくなるほどの動きでするりするりと手の隙間を抜けていった。草原に落ちた《ブルーゼリー》は、しゅーっと溶かされたような音を立てて蒸発した。
「え、えぇー……。なにこれ、どうすればいいのさ?」
やることも無い右手の翅剣を担ぎあげるようにしてカツカツと肩を叩く。
「もしかして本来はコップとかで注ぐのか? ……ま、今は無いから放置ということで――。――ハッ! そうだ、直で飲めば問題無いな! 出てくる場所はだいたいわかったしな!」
そんなわけで、俺は【索敵】を発動して周囲を見渡す。すると10メートルくらい先に居るところを発見。
「待ってろや、俺のサイダぁーっ!」
……というか"ゼリー"が"サイダー"って矛盾してない?
◆◆◆
そのあと一時間くらい、俺は狂ったように《ブルースライム》を屠りまくった。
途中に初心者のパーティーらしき奴らに出くわした。俺の防具を見て初心者と思ったのか誘って来たんだが、とりあえず断っといた。「てめー、俺たちが誘ってやってんのに断るってか、ああん?」みたいなこと言ってたけど、途中から無視して《ブルースライム》斬りつけてたらいつの間にか居なくなっていた。
これだから人と関わるのってめんどくさいんだよ、ハァ……。
空は微妙に薄暗くなっているが、【索敵】を持つ俺の敵ではない。しかし、狩りつくしてしまったのか、狩るべき対象が全く見つけられなくなってしまった。
一応、どれ位の量が手に入ったのかとアイテムを確認すると、そこには《ブルーゼリー》×74とあった。
絶対落とすわけではないから、たぶん百匹以上狩ってると思う。そりゃあ、モンスターの湧出も枯渇するわな。
辺りにモンスターの気配が全く無いようなので、俺は気だるげに翅剣を肩に担ぐ。少しの間思考を巡らせ、それが終わると同時に俺は翅剣を鞘に戻した。
「それじゃ、さらなる獲物を求めて――――」
バッ、と座り込むように体を沈ませる。しかし、これはただ体を沈めたわけではない。俗に言うクラウチングスタートというやつだ。
「――――レーッツ、ラァァン!!」
バシュッと風を切る音が俺の耳に届く。
その後も、風の音がたびたび変化する。最終的にはゴォォォォォッ! と轟音が耳を叩く。人によれば雑音とも取れそうなソレが、俺にとっては堪らなく気持ちイイ。
「ヒャッッッフゥゥ――――――――――――ッッ!!!」
どこかの麻薬中毒者とかが上げてそうな奇声を上げながら風を切る感覚に身を任せ、身体の重心を低くしたまま俺は草原を疾駆する。数秒もすれば草原を抜け、林の様な所になった。
しかし俺は止まることは無く、足を動かし続ける。……いや、止めようと思ったところで足が止まらない。まあ、俺の意思を特に無視している訳ではないから別にかまわないのだが。
「いやっっほォォ―――――――――――ッウッッ!!!」
まばらではあるがそれなりの太さの木が出てきたので、それを土台にするようにして地面と平行にジャンプし、加速していく。
それ程の距離を飛べるわけではないのだが、まるでバネの様に俺は飛びまわる。
これまでにない走り(……というか跳び?)に自分の興奮が手に取るようにわかる。熱を帯びてゆく顔と身体が、にぃっと吊りあがる口の端が、俺の今の心情を表している。
「いっっぇえぇ―――――――――――っぃいっっ!!!」
林の様な所から、木が生い茂る森へと変わっていった。この前来た森のようだ。
しかしの視界の端に表示された【索敵】スキルのミニマップが3匹のモンスターを捉える。表示されるのは、《枯れてしまった木人》と《人食らう花》と《跳びはねる種》というものだった。
何とも厄介な混成パーティーである。特に厄介なのは《跳びはねる種》だ。人の頭サイズの細い四足の生えた種がバンバン跳ねている奴で、小さいのに動きが素早いから面倒くさい。あと、死に際に炸裂していきなり突撃してくるのも痛い。
そんなわけで俺はそれらを無視していくことにした。幸い、距離があるためにあちらに発見されている訳ではない。
――――と、思っていたのだが。
「――ってあれ!? こっちに進んできてる!? しかも増えた!」
ってなわけだった。
不規則にユラユラ動いている筈のモンスターのパーティーは真っ直ぐこちらに向かってきている。
それに、見える光点も三つからいつの間にやら十二になっていた。一匹の奴が三つと三匹パーティーが二つ程増えている。
「なぁ――っ、んぅ――っ、でぇ――っ、だぁぁぁぁぁああっ!!」
逃げるように走り回る俺の後方を、ぞろぞろと付いてくる。
移動速度は俺の方が勝っているようで徐々に差は開いてはいるが――、
「また増えたぁっ!?」
光点は約二倍の二十六になっていた。やっていられるかボケ。
まぁ、ここで愚痴ったところでどうしよも無いので、俺は叫びながらも爆走を続ける。
「うぉぉぉおッッ、らぁぁぁぁあああああああ――――ッッ!!!」
ダンッ! と足を踏み鳴らしながら体を前に跳ばす。
正直、今までの様な楽しみは消えかかっている。なんせ、二十六匹ものモンスターに追いかけられてるいるんだ。この状況で楽しめるってどんなニンゲンだよ。少なくとも俺はムリだ。ムリ。
……と、そんなこと考えてたら数が減った。
何が? ――モンスターの数が。
二十匹越えだった数が、いつの間にか十八匹なっていた。
「撒けた? 撒けたか……? ――――っうべらばっ!?」
変な声が出た。……しょうがないと思うんだ。
後ろを向きなおかつマップに注意を向けていたのが不幸を呼び、目の前にいきなりモンスターが湧出し出したのに気がつかず、それにモロぶつかった。
大半が光の粒子で構築される途中であったので良かったが、そうじゃなきゃ俺の方が吹っ飛ばされそうだった。
――むしろそのおかげで顔面だけにクリーンヒットするなんて言う事故が起きたんだが。危うく転ぶ所だった。
「ちょっちょちょちょ、ちょっとまてぇ――――――っ! 明らかにデカイのが混じってるだろうがぁ――――っ!!」
何か知らない内に視界の端のマップに普通の奴の三倍くらいの光点があった。位置的に、俺がぶつかったヤツ。
ついさっきぶつかった訳だから、当然距離も近い。しかもそのぶつかったおかげで俺は一時停止してしまった訳で。
まあ、何が言いたいかというと――、
「こえぇぇぇぇぇぇぇええええええ――――っ!!」
うん。その、なんだ、怖い。
あの三倍野郎を筆頭に、俺の3メートル後ろくらいを爆走してる。その裏からも、ぞろぞろと軽く十を超えるモンスターの大群がっ!
ちらっと後ろを盗み見ると、いるわいるわ植物の塊が。
一番前のヤツは《漲る大樹人:Lv29:☆》とかいうので、体長3~4メートル位で頭に生茂った緑のアフロをかぶったデッカイ樹だった。しかも無駄にムキムキである。両端から突き出た腕はどっかのボディビルダーの様だ。
ちなみに後ろについてる"☆"はフィールドに稀に出るフィールドボスの証らしい。ふっざっけっんっなっ!
「みなぎってんじゃねぇぇよぉぉぉぉおおおおッッッ!!」
なんかこの惨事にイラついたので叫んだ。特に意味は無い。
「うっぎゃぁぁぁぁあああああああッッ!!」
もう一度叫んだ。特に意味は無い。
――と、軽く半泣きになりそうな俺の視界の端に人が見えた。なんか騎士っぽい鎧に身を包んだガタイの良い男、イケメン。なんか見たことある顔の気がしたけど、たぶん見間違いだろう。
取りあえずここってイケメン多いなーと呟いてから、よっしゃっと胸の内で言う。そちらに助けを求めようと口を開いた時――、
「あっ、すいません助けてくれま――――」
ザンッ
「うがぁぁぁぁああああっ!」
あ、この悲鳴は俺のじゃないからね。あっちの人。うん、なんか戦闘中だったっぽい。何に驚いたのか、俺の方を呆けて顔を見てたら目の前のモンスターにぶった切られて、おっ死んだ。
「――――って、んなアホなぁぁああああっ!?」
えーっと、まあ、とりあえず走った。
もはや楽しさなど皆無。恐怖しかない。それに心なしか空気がジメジメしてきてる気がする。
「もういやだぁぁぁぁぁああああああ――――っっ!!」
◆◆◆
あれから、どれだけ走っただろうか。
さすがに俺も疲れて来ている。息もそれなりに上がっていた。
もうすでに二つはフィールドを超え、上の空も煌びやかな月に照らされた夜空だった。突きが異様に輝いているので、今は明かりに不自由しない。それはいい。それは良いのだが――
「――って、何でここまでついてきてんだよぉおっ!!」
ちらっと、ほんの少しの期待を抱いて後ろを振り返るが、その期待をバッサリ切るかのように…………やはりいる。
無駄にムキムキのボディビルダーの様な緑アフロ大樹が。
おかしいと思わないだろうか? 俺は思う。
一つのフィールドに居座り続けるボス、の意でフィールドボスというカテゴリだと思っていたのに、現にアイツだけは俺をしつこく追い回す。他のヤツは全部撒いたのだ。というか、フィールドを移動する際に全部いなくなった。
今のフィールドはどことも知れぬジメッジメの草原。最初の草原とは違い、本当ににジメジメしてて正直鬱陶しい。入った時に思わず「鬱になるわボケっっ!!」と叫んだ。
それに、ここの地図は俺は買っていなかったようだ。それがまた俺の鬱(?)を加速させた。それに地面が微妙にぬかるんでるのもある。走りづらい。
「あー、ちっくしょう。やってやる、やればいいんだろっ!」
いい加減逃げ疲れたので、俺は振り返って翅剣を抜く。
ぬかるんでるから余計疲れたっていうのがある。これ以上走るのはいくら俺でも無理なんだ、うん。
「行くぞおらぁぁぁああ――――ッ!!」
俺が声高らかに叫ぶ。
「ゴボウゥゥゥァァァアアアアアアッッ!!」
あちらも叫ぶ。
その叫びを聞いて、俺は思うところがあったので、また叫ぶ。
「お前ってゴボウだったのか!?」
実にどうでもいいことだとは、自分でも流石にわかった。
主人公がなぜこんなに追われているかは、叫んでるからです。バカみたいに叫んでいるからなんです。
あと、ボスが何でいつまでも付いてくるかは、今はまだ明かさないことにします。
ザコを倒した俺はとりあえず、ムキムキの緑アフロ大樹にストーキングされてる。
次回はストーカーを追っ払うハナシ。
※※※ついこの間に「お気に入りが100超えたぜーっ!ヤッフゥーッ!」と喜んでいたのですが、いつの間にか3000になってました。
なんか驚きや喜びを通り越して怖いです。もしかして明日死ぬんだろうか……。気が気ではありません。
そして日間一位に続き、週間一位もいただきました。皆さんのおかげです。ありがとうございます!
こんな駄文ですが、これからもよろしくお願いいたします。