001:止まるリアルと始まるセカイ【1】
こんにちは、玄野洸です。
酷い文ですが、もし良かったら暇つぶしにでも読んでやってください。
それでは、どうぞ。
突然だけど、俺は走るのが好きだ。
走り始める時の風を押し出す感じが好きだ。
空気の壁を切り裂きながら走り抜けるのが好きだ。
走りながら自分が加速されていくような感覚が好きだ。
くどかったかもしれない。でも、これで俺の好きな気持は伝わったんじゃないかと思う。
こうやって言葉として表現したのは初めてだが、ずっと感じていたことだ。
正確には覚えているわけじゃないけど、俺はこの地に足をつけて蹴り始めたその時から、もう“走る”っていう行為に魅せられていたんだと思う。
理由なんてない。
ただ、走るのが好きだった。
自由に走れる、その時までは――――。
◆◆◆
『――このゲームがクリアされるまで、ログアウトをすることは出来ません』
ほんの少しでも動こうものならば、他の人とぶつかってしまうであろう距離。
始まりの町〈ユーレシア〉の一番大きな広場に集められた一万人のプレイヤーがかたずをのんで聞き耳を立てる中で、システムによる合成音声が辺りを震わせる。
この世界を創造したであろう人間は、一体何を考えているんだろうか? しかし、その絶対者が「出来ない」と言うのなれば出来ないのかもしれない。
全く、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
本来なら俺は今降り立ったこの世界を思い切り走りまわっていたはずなのだが……。
兎にも角にも、俺は厄介事に巻き込まれたらしい。
俺は長年培った来たスルースキルを駆使してその事をいったんそこら辺に放っておく事にしてみた。周りの連中は叫んだり怒ったり泣き喚いたり忙しそうだ。全く、少しは落ち着けって言うんだ。ここは俺みたいに「一旦スルー。面倒くさいから違うことでも考えるか」だろうが。
そんでもって俺が考える『違うこと』ってうのはこれだ。
――よし、とりあえずこれ終わったら当てもなく走ろう。
◆◆◆
「は? [World Diver]が当たった?」
「そうそう! 凄くない!?」
「そりゃ凄いけどよ……」
[World Diver]。通称はWD。それはこの世に初めてVRをもたらした新時代の電子機器。
頭の全体を全て覆うフルフェイスのヘルメットのような形状のそれは本来頭がやり取りするはずの脳波――つまり電気信号に、偽物の電気信号を意図的に割り込ませることで本来知覚している世界とはまた違う世界を知覚することができるというものだ。
この技術は軍事や医療などに使われていて、最近発展を見せ始めている。
そして出てきたのが、『ゲームの中に入って遊ぶ』と言うもの。
それまでは一般人に手の出す事の出来ない相当に高価なものだったのだが、近年は比較的安価な物なっていっていて、普通の家庭であれば一台は普通に買えるだけの値段になっている。
そんでもってこの世界に瞬く間に普及したのがVRMMORPGと言うジャンル。元からMMORPGと言うジャンルは流行っていたのだが、それにVR技術が加わることで爆発的な広がりを見せたものだった。
兎に角は『ゲームの中に入って他人と遊ぶ』――って言う事がただの一般人でも可能になったということだった。
まあ、それは"ただの"一般人の話。
俺の場合は"貧乏な"一般人だ(この貧乏な理由には色々あるが、その一端には俺が大きくかかわっている)。何が言いたいかと言うと、俺の家にはWDが無いってことだ。……今の今までは。
「だよね? やっぱり兄さんも驚くよね」
「しかも三台! これで三人全員一緒に出来るでしょ!」
「さんっ、三台!?」
驚いた……。まさか三台も当たってたなんて。一台当たればいい方なんじゃないのか? いや、俺は何の応募でそれが当たったのか知らないから何とも言えないが。
俺の目の前にはついさっき俺の部屋に興奮した様子で突撃してきた夏姉と、少し遅れて部屋に入って来た秋穂がいた。
夏姉こと、季久島夏乃はなんつーか……、美人だ。うん。弟の俺から言えるくらいの美人。
肩甲骨くらいの長さの艶のある黒髪は、ポニーテールにして結い上げている。髪と同じキリリとした黒い瞳やスッと通った鼻筋などのおかげで何処か大人っぽい……、凛とした印象を与える美人だ。身体にしても、本当に高校三年生か? と疑いたくなるほどの背の高さとグラマーさでナイスボディだ。半端ねぇ。
しかも凄いのは外見だけじゃないと来た。高校二年から連続して生徒会長を務め、人望も厚い。更にはテストをすれば学年の十位以内には必ず名前が挙がるといった頭も持ってる。少し分けてほしい。
クラスの奴からも、『夏乃先輩ってお前のお姉さんなんだよな? こ、今度さ、俺に紹介してくれよ。な? な? 俺達……友達だろ?』とか言われるほどだ。
もう一つ言うならば、俺のそう言ってきた奴は友達でも何でもない。入学してから二、三回しか話した事(事務的報告)が無い奴が友達とか言えるか。阿呆め。
そんでもって秋穂こと、季久島秋穂は、これも例に漏れず可愛い。兄の俺でも肯定するほどだ。間違いない。
母さんに似た少し色素の薄いライトブラウンの髪を肩甲骨のあたりまで真っ直ぐ伸ばしていて、おっとりとした感じの垂れた瞳とぷっくらと膨らんだ桃色の口元が柔らかな雰囲気をかもし出している。可愛い娘って感じだ。身長に関しては俺より頭一つ小さくて、そんで……うん、夏姉の身体を少しでも分けてやれれば良かったのにと本当に思っているよ、俺は。――……まあ、端的にいえばペッタンコだ。
そしてもう一つ、こいつも夏姉同様に頭がいい。むしろ夏姉よりも頭がよく、高校入って初めてのテストでは三位の中に君臨する―――と、言うか一位だったらしい。少しどころか半分くらい分けてほしい。
クラスの奴からは、『秋穂ちゃんって可愛いよねぇ。……そういえば、君の妹なんだろ? ―――ね、僕に秋穂ちゃんを紹介してくれないかい?』とか言われるほどだ。
バカ野郎。お前秋穂と面識無いだろうが。そんでもってお前は誰だ、見たことねえぞ。……って教師じゃねーかっ! 急に話しかけて来てそれは無いだろうがこのロリコン野郎がっ。妹は大学卒業するまでは誰にもやらん。
そして俺こと季久島冬紀はそんな姉妹の間で育ってきた極々普通の男だ。
髪は父譲りの黒い髪が少し長めに垂れている。髪は少しうっとうしいからもうちょっと短い方がいいのだが、切ろうとすると上下の姉妹に止められる。「こっちの方が似合ってる」と言われても、いまいち信用できないのだが。
髪と同じく黒い瞳には夏姉のような凛々しさは無く、何処か暗い色だ。ある理由から身体の線も細く、見ようによっては弱弱しく見えるかもしれない。
身長に至っては夏姉に届いてないなんていう情けない事態だ。夏姉は元々女子の中では突出して身長が高いから、追いつけない俺でもそれなりの高さがある。でも、でもっ、あと二センチなのに……っ!
……っと、すまん、取り乱した。そんでもって俺は上下の姉妹に比べて、正直学力が低い。テストでは毎回平均を少し上回るくらいだ。本当、何で俺だけこうなんだろうかな?
俺が二人に勝てていることを唯一上げるとするならば……集中力か? 勉強とかじゃなくて、単純作業にのみ発揮されるようなもの。
うーん……本当に何で俺だけこうなんだろうかなぁ?
考えれば考えるほどに疑問である。
「でも三台ってどうやったらそんなに当たるんだ?」
「たまたまよ、たまたま。全くの偶然」
「そうなんだよ。わたしたちが応募した分と兄さんの分が全部当選したの」
「―――ちょっと待て、何時の間に俺の分なんか出したんだ?」
「私が勝手に出したわ」
「何やってんだよ! ……っと言いたいところだが当たってるし何も言え無いよなあ……」
「そうそう。当たったんだから結果オーライでしょ? それに私が出してなかったらゆきだけ一人ぼっちでPCのMMOやる羽目になるじゃない?」
ちなみに俺たち全員PCのMMORPGプレイヤーである。
俺たちがプレイしているのは、〈クロニクルオンライン〉と言うゲームだ。
国内で最大級と言われていたそのゲームを始めたのは夏姉が最初であった。そして次にプレイし始めたのは俺、秋穂の順だった。
〈クロニクルオンライン〉よくある中世ヨーロッパを舞台にしたゲームで、数年前までは国内最大のシェアを誇っていたが、最近はVRMMOにユーザーを取られていて過疎化してきたタイトルでもある。それでもここまで生き残ったのはもうほとんど無い。
もう一つ加えるのであれば〈クロニクルオンライン〉でのキャラクターの強さは俺、夏姉、秋穂の順番である。ここに俺の単純作業への集中力が現れた。実際、クエストなどは積極的にはやらず、Mob狩りだけでそこまでの強さを手に入れてる。
あ。あと"ゆき"は俺の愛称だったりする。
「……そう言えばなにに応募してWDが当たったんだ?」
「オープンβテストよ。Laplace社が初めて出すVRMMOのオープンβテスト」
『Laplace社』と言うのは俺たちがプレイする〈クロニクルオンライン〉を製作、運営している会社である。
〈クロニクルオンライン〉の過疎化にあたってそれを停止し、新たにVRMMOの開発を始めているという話は聞いていたが、まさかこんな形で関わることになろうとは思わなかった。
「それで、そのゲームのタイトルは?」
「〈エターナルオンライン〉って言うらしいよ」
「へー……で、肝心のWDはいつ届くんだ?」
「連絡では一週間後らしいわ」
「……ってことは夏休みの初日と重なる訳か」
「そうね、この分だと夏休みはゲーム三昧よ!」
「お姉ちゃん、やり過ぎないでね」
「わ、わかってる、わかってるわよ」
暴走しかける夏姉を止める秋穂。
いつもと同じようなそんな光景を見ながら、おもむろに足をさすった。ズボンの下から返ってくるのは硬く冷たい金属の感触。
悲しいことながら慣れてしまったその感触に顔がほんの少しだけ歪んだ。
夏姉と秋穂には気づかれないうちに――、と慌てて戻す。
――だが、その表情を見られていた事に俺は気がつかなかった。
暇つぶしくらいにはなったでしょうか?