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《1》『シーフードヌードルに愛をこめて』(その5)


【○○○姉さんに花束を♡】


《1》『シーフードヌードルに愛をこめて』(その5)


7、


天狗の里から戻って来た俺は、駅で神谷・ぬら爺さんと別れて自分のアパートに向かっていた。

そしてその帰り道で、いつもの場所から迷い家さんの姿が無くなっている事に気がついた。

そこには何にも無い空き地があるだけだった。


あぁ、そうか。ユウキちゃんを保護して俺たちに預けたから、無事に任務完了して帰還したって事か。

俺がこの街に越して来てから2年の間、ずっと見慣れた風景が突然変わっちゃったのが少し残念な感じがするけど、これは仕方が無いか。


そう。俺がこの街に越して来たのは2年前なんだよな。


あの日、俺は登録している派遣会社からの仕事の紹介も無く暇つぶしに街なかをぶらついていたのだけど、ふと目についた商店街の端っこにある階段を上がり、小高い丘の上に建っているチョイ大きな建物を見に来てみた。

こうして間近で見ると凄く古くてボロい建物だと判る。こんな風当たりが強い丘の上で良く倒壊せずに建っていられるなあ、と感心する。何かしら特殊な建築方法で建っているのだろうか?


この建物は、むかしは駅近くにある大学の学生寮だったそうで、現在は民間のアパートだと聞いている。


まぁ、実のところ建物よりもこの丘の上から見る街の風景は良さげだなぁと以前から思っていたんだよね。で、しばらく風景を眺めて堪能していたら、丘への階段をパンパンに膨らませたレジ袋を両手にぶら下げた、黒縁眼鏡をかけて髪の毛ぼさぼさな小太りの男性が上がって来た。


ここの民間アパートの住人なんだろうなと思ったが、俺は風景を眺めていただけなんで特に気にしなかった。…はずなんだけど、彼が丘の上に到着した瞬間手に持ったレジ袋の底が破れて中身が辺りに散乱してしまうアクシデントが発生してしまった。

俺はダッシュして、転げて階段から落ちそうになっていた品物を抑える事に成功した。なんだろうと思い抑えた手元を見ると


「荷物の中身はカップラーメンですか?あれ、しかも全部シーフードヌードル?」


「いやあ、かたじけない!助かりました」


これが、俺と神谷が初めて出逢った瞬間で、俺が「気にしないでいいっすから」と断わっても「いえいえ、ぜひお礼とお詫びをさせてください!」とアパートの彼の部屋に半ば強引に連れて行かれて二人して件のシーフードヌードルを食べたのが付き合いの始まり。


その後、彼がアパートの大家で、しかも住人が全員『あやかし』達と知るのだが、元々俺はSFやファンタジー、伝奇ロマンが大好物だったのでな〜んにも問題無く現在まで皆さんと親しくさせてもらっている。というワケだ。


『あやかし』とか『妖怪』とか聞くと、当然ながら怖いイメージを持ったり、気持ち悪いと思ったりする人も居るだろうし、実際、人間に危害を及ぼす様なヤバいヤツラも居るそうだ。

しかし、このアパートで暮らしている皆さんは全員親しみ易く、人間とも友好的に存在していける『あやかし』ばかりなんだよね。


俺は、これからもずっとこんなふうに、種族の違いとか関係なく仲良くしていけたらな。…と思うんだ。ただ、天狗の里でぬら爺さんから聞いた話(人間と天狗族との間に生じた問題)が気になってるんだよね。


まぁ、それは随分と大昔の話しだったそうだから、現代とは状況が違うから俺たちは大丈夫!と、思ってるんだけどな………。



8、


天狗の隠れ里。

その屋敷の奥の大きな部屋に大天狗が一人座っている。

瞑想中なのか、目は閉じたままでピクリとも動かない。

周りには誰も居ない様に見える。


部屋全体はうす暗く、大天狗の横でメラメラと燃えている松明の炎以外動くものは、何ひとつ無い。


そんな中にフッと人影が現れた。

「邪魔するよ」

冥界の死神の婆さまだ。

いや「冥界には死神など存在していない」のでした。


「…件の少女の状況、どうであったか」


目を開いた大天狗は尋ねた。

その問いに婆さまは重い口調で答えた。


「離れた位置から様子を伺って来たのじゃがな。思っていた以上に、あの娘の魂はマズイ不安定な状態じゃった。一刻も速く対処しなければ、近くあの娘はこの世界から消滅してしまうじゃろう。『死ぬ』のでは無く、存在そのモノが消滅してしまうのじゃよ」


大天狗は無言で婆さまを見つめていた。婆さまは続ける。


「先ほどの話を聞くと、あの娘は幼な子を救うために身を投げた瞬間、意識は既に「自分の死」を素直に受け入れており、実際に肉体とトラックがぶつかる直前から死を自覚した魂が肉体から抜け始めていたのでは無いか。とアタシは推測しておる」


「………………続けてくれ」


「つまりな、お前さんが神通力で娘を跳ばした瞬間と、娘の肉体から死を自覚した魂が抜け始めた瞬間とがピタリと合わさり、その中途半端で不安定な状態のまま時空を超えて現代に来てしまったという事じゃ。

判るかの?ひとりの人間の魂が「半分が現代で生きており、半分が過去で既に死んでいる」という異常事態が起きてしまっておる。

現時点でも、我らが想像する以上の負荷が今のあの娘の魂に伸し掛かっておる。魂が耐えきれずに跡形も無く破裂するのは時間の問題」


破裂した魂を再生する手段は無い「はじめから存在して居なかった」という事と同義だからだ。


「魂の異常事態を解決するいちばん手っ取り早いのは、おヌシの刻に干渉する神通力で、肉体から魂が抜け始める直前に娘を送り返す事なのじゃが…」


「しかし、あの娘を元の世界に戻すとしても、戻せるのは神通力で飛ばす直前の瞬間のみ…」


「そう、戻った瞬間に娘はトラックに轢かれて死ぬだけなのじゃ。が、正常な魂が残るのでな、冥界へと連れて行く事が出来る。本人がそれを望むのなら、普通の人間として死にたいと思うならソレも良いのかも知れぬ。

が、しかし、本人が過去に戻り死ぬ事を望まず、現状を維持して世に存在し続ける事を望むのならば、早急にお前さんの神通力で娘の魂を完全保護する必要がある。魂が破裂する前に…」


「現状を維持するとは、つまり人間である事を捨て、その身を『あやかしモドキ』と化して永遠に存在し続けるという事。 

過去に戻り人間として死ぬか。

『あやかしモドキ』と化してでも生き続けるか…………。」


「それはアタシらが勝手に決めて良い事では無い。酷な様じゃが本人に全てを話し、本人に選択を委ねるしか無い事だ」


大天狗の脳裏にはある人物が浮かんでいた。つまり、彼と同じ状態となってしまったのか。

その身を捨ててでも幼い命を救う行動をした穢れなき精神を持った少女が、我の未熟さ故に………。


しかし、今は己が悔やんでいる様な時間は無い。時間が無いのだ。

大天狗はうつ向いていた顔をあげた。


「誰が居らぬか!」

「はっ!私めがここに!」


部屋には大天狗と婆さまの二人以外は誰も居なかったはずなのだが、大天狗の呼び掛けにスッと烏天狗が現れた。


「今より貴様にいくつかの秘術を託す。この婆さまと共に現場に赴き、状況を確認し適切な処理をして参れ。その処理内容については全権を貴様に任せる。くれぐれもよろしく頼むぞ……」

「はいっ心得ました。私めにどうぞお任せを!」


そう言うやいなや、烏天狗と婆さまのふたりは姿を消した。



…辺りには静寂が戻る。



大天狗は目をつむり再び瞑想を始めた。そのまぶたから、つぅっと光るモノが流れたのを見た者は居ない。


9、


ユウキちゃんの様子を伺いに俺が神谷のアパートに顔を出すと、ほとんど同じくらいのタイミングで天狗の隠れ里で会った死神の婆さまや烏天狗さんがアパートにやって来た。

「ユウキちゃんについての現状とコレからについて話し合いたい」との事で、アパート1階の奥の大部屋に皆んなで集まる様に言われた。俺としても物凄く興味深い話し合いなのだが、しかし、アパートの住人で無い俺は関係者ではあるものの実際には部外者だ。

これには参加しない方が良いんじゃないかと申し出たのだが「いや中村もぜひ一緒に」と神谷に言われ参加できる事になった。


部屋に集まったメンバーは、俺、神谷、ユウキちゃん、砂かけねえさん、ミケタマちゃん、わらしちゃん、ぬら爺さん、そして死神の婆さまと烏天狗さんという顔ぶれ。


話しのポイントは、隠れ里で死神の婆さまが最後に言っていた『気になる事』とは何か?かな。

それか、俺がまだ知らないユウキちゃんが抱えている問題点?


ちなみに烏天狗さんは「大天狗は気軽に隠れ里からは出れないので彼が代理じゃな」とぬら爺さんが教えてくれた。


ーーーーーー


さて、話し合いが始まって早々に婆さまの口から語られたユウキちゃんの現状は、まさに衝撃的な内容だった。

今現在のユウキちゃんが、そんな過酷な状況だとは思いもしなかった。


そりゃ、本人の意思とは無関係に18年も先の時代に跳ばされた事は不本意で辛い状況だとは思うが、けどそれで死なずに済んだのだから先ずはその状況を受け入れて、今後どうしたら良いのか?…くらいの話しだと俺は呑気に思っていた。

とりあえず、砂かけ姉さんがユウキちゃんと一緒に居れば、まぁ何とかなるだろうくらいに考えていたのに……。


しかし、そんな絶望的な俺の気持ちとは異なり、ユウキちゃん本人の意思は強かった!


死神の婆さまから語られた自身の身に降り掛かっている驚愕の真実等も、まったく顔色を変える事なく聞き入り、最終的な希望を婆さまから尋ねられた彼女は迷う事なく立ち上がり即答したのだ。


「どうか、私に魂を保護する秘術をお掛けください。私はこの先の人生を、ここにいらっしゃる『あやかし』の皆様と共に歩みとうございます。よろしくお願いします」


そして、長い黒髪を垂らして深く頭をさげた。


あぁそうだ。俺はユウキちゃんを誤解していたんだ。

ユウキちゃんは、単に漫画が好きな気立ての優しいお嬢様なんかじゃ無いんだ。

そんなのは、知り合ってからの彼女の行動や発言を良く考えてみたら判る事じゃないか!


彼女は自身の命を投げ出してでも幼い子供を救けようとする人だ。たとえそれが無意識で反射的にとった行動だったとしても、その行動自体を悔やむ様な言葉を、俺は彼女から一度も聞いてない。


ユウキちゃんは、俺みたいにお気楽に人生を生きている人間とは全く違う存在なんだ。と、今、気がついた。


彼女にとって終わった過去などどうでも良いんだ。常に前だけを見ている人なんだよな。



皆んなが見守るなか、烏天狗さんが大天狗様から預かって来たという秘術を展開し、無事に作業は完了した。これで、問題は全て解決した。全て終わったんだよな。


ユウキちゃんは人間から『あやかしモドキ』とやらになったんだから、もう、老いる事も無く、寿命で死んでしまう事も無くなったんだ。砂かけ姉さんやミケタマちゃん達と同じになったんだ。


……なんだろう。本人が自分自身で決めた事なのに、おそらく、今の彼女にとっていちばん良い選択だったんだと思うんだけど、何で俺がこんなに切ない想いを感じているのだろう。

俺の見つめている先で、砂かけ姉さんやミケタマちゃん、わらしちゃん達と心から楽しげに談笑しているユウキちゃんの姿が、なんか凄く遠くに感じるな……。


「どうじゃ婆さん。異常は無いかのう?」


「ふうむ、安心せい。問題無くあの娘の魂は安定した状態で完全保護された様じゃな」


ぬら爺さんと死神の婆さまの会話が聞こえる。

その二人の後ろでは、烏天狗さんが腕を組んだ姿勢でユウキちゃんをジッと見つめていた。

おそらく、自分が掛けた秘術の具合を確認しているのだと思う。


おや、そう言えば神谷の姿が無いな。そう思い周りを見回しているとぬら爺さんが声をかけてきた。


「中村くんや、大家殿なら自室に戻った様じゃぞ。事の次第が問題無く終わった状況を見届けて、もう自分が居る必要は無いな。とでも思ったのじゃろうな」


「あ、そうですか。ありがとうございます。それじゃあ、俺も神谷にひと声挨拶して帰りますね。とりあえず俺も居る必要は無さそうですし」


俺はそう言って立ち上がり出口に向かおうとした。しかし、ぬら爺さんは言葉を続けた。

視線は俺では無く、ユウキちゃんを見ている。


「君がもし彼女の様に、人では無い『あやかしモドキ』として生きなければならなくなったら、どうじゃ?」


「俺が、ですか…」


「人間が転生した『あやかしモドキ』とはのう、もう人間では無い。しかし、モドキと呼ばれる様に『あやかし』でも無いのじゃよ。ただ単に老いや寿命が無くなっただけの、特別な能力も何も持たない中途半端な存在なのじゃ」


「それは寂しいですね…。もし何の能力も持たず、その身が存在し続けるだけの『あやかしモドキ』となったなら、俺は出来るだけ特定の人間と関わらない様にしていくかも知れません。だって、いずれその相手の人間とは老いや寿命で歪みや別れが訪れるじゃないですか。それは、寂しいっす」


「そうじゃな。それは寂しいのう……」


ぬら爺さんは、そんな事をぼそっとつぶやく様に言うと、それきり何も語らなくなった。


そして、俺は部屋を出た。


ーーーーーー


俺は神谷の部屋のドアをノックして、いつもの様に返事も待たずに開けた。

部屋の中では、想像通り神谷がコタツでカップラーメンを食していた。


「よう中村も喰うか?シーフードで良いかい? まぁ、いつもの通りシーフードしか無いけどね」


そう言って棚からカップ麺を取り出してコタツの上に置いて、ニヤリと笑った。


「今日はお疲れ様だったな。今見ての通り、ユウキさんも無事に消滅の危機を脱して、コレから安心して皆んなと過ごせる様になった。これも全部、中村が彼女を見つけて僕たちに知らせてくれたからだな」


俺は、せっかくだからとカップ麺のフタを開けお湯を注いでいた。


「と、言われても、結局今日は俺が居る必要は無かったけどな。俺も、おそらく彼女本人も、死神の婆さまが言った様な緊急事態だったなんて思ってもいなかった。

でも、あの立ち上がって即答をしていた状況からして、どういう状況であってもユウキちゃんはこの先ここで皆んなと暮らして行くと決めていた感じだったな」


「そう決意させたのは、砂かけ姉さんとまりあ先生の存在かな。

僕は、その『まりあ先生』本人とは会った事も無いんだけどね」


俺たちはそこから無言となり、二人してラーメンをすすった。

思えば、俺が初めてこの部屋を訪れた時も、こんな風に彼と二人でシーフードヌードルを無言ですすったんだっけな。

あの時は、神谷とこんなに親密に付き合う友人になるとは思ってなかったし、アパートの住人が『あやかし』ばかりだとも知らなかったっけな。ホント、賑やかで楽しい2年間だったよなぁ……。


「ゴチでした。さて今日はもう帰るわ。また明日の朝に顔を出すよ。んじゃおやすみ!」


「ああ、おやすみ………」


そして俺は神谷の部屋を出た。

なんか、最後の挨拶の沈んだ口調が気になったけど、今日は色々あったし、アイツもやっぱり疲れてたのかな………。


ーーーーー


中村が帰って行ったあと、部屋の影から烏天狗さんが現れた。


「神谷殿、ユウキ様の状態も良好ですので私は予定通り明日の朝、ココから去る事にします」


「そうですか。お疲れ様でした。では例の件も予定通りでお願いしますね」


「……よろしいのですか?」


「はい。最後の挨拶は………済ませました」


「心得ました。それではこれにて」


烏天狗さんの姿はかき消えた。

……そして僕は、また独りになった。




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