試したい気持ち
「消えちゃった…」
僕の返答に彼女は悔いの顔で、チリのようにいなくなってしまった。
彼女の事、もう少し知りたいと思ったんだけど。まだ名前も知らないし。
さて、これからどうしようか。
僕は身に着けたピアスを触りながら考える。
しかし、これから新しい人生が始まると思うと胸が躍る。
前世で好きだった曲を口ずさんでしまうぐらいには。
とてもいい気分になっていたところに、後ろから扉が力強く開かれる音が聞こえてきた。
――人がいるのか?
振り返ると何やら白い鎧や神官のような恰好をした人たちがぞろぞろと入ってくる。
「隊長、恐らくあの女が異端者かと思われます」
女?あぁ、僕の事か。
「あれが魔神フェレス?聞いた話によると背に黒い翼がある悪魔族だと言われているが。彼女はどう見ても人族にしか見えん」
「へぇ、彼女フェレスっていうんだ…。ねぇ、君たちは何者なの?」
僕は何やら警戒態勢をとっている彼らに尋ねてみる。
「我らは神々に仕えし教皇直属プロスタシア騎士団第八部隊所属の騎士である。貴様どうやら魔神について何か知っているようだな。我らにご同行願おうか」
そうして彼らは僕に向けて剣を抜いた。
“願う”っていうには、だいぶ物騒だ。
「ごめんね、僕自分の行動が縛られるのは好きじゃないんだ」
「…こちらは実力行使も辞さないぞ」
そう言って彼らは一歩近づいた。
僕としても自分がどれだけやれるのか確かめてみたい。
彼らぐらいなら、それほど苦戦はしないだろう。
なんの根拠もない自身だけれど、今はこの高揚感のままにやってみようじゃないか――。
では、まずは一歩――
「なっ!はやっ――」
僕は一番近くにいた騎士の間合いに入り、蹴りを入れる。
吹き飛ばされた彼はすごい速さで壁へと激突していった。
…すごいな、そこまで力を入れたつもりはないのに。
彼、死んじゃったかな?
「くそっ、おいやつを取り囲め!」
隊長さんの指示に騎士たちは素早く僕を包囲する。
普通に考えたら結構ピンチだけれど、今の僕には関係ない。
「…ッ!このっ!」
さっきの感覚で、僕は踏み出す。振り下ろされた剣がとても遅く見える。
僕はそれを軽々とよけて腹部に拳を叩き入れる。
一人、また一人と。
…やばい。楽しすぎる。
「あはははは!」
「っ、化け物が!」
もっと、もっと、もっともっともっともっと。
僕に敵対する奴は徹底的に潰してやる。嬲って、追い詰めて全てを奪う。
そう、奪うんだ。もう僕は奪われる側じゃない。――奪う側になったのだから。
「あれ?もう隊長さんしかいないの?」
気が付いたら彼以外の人たちはみんな床で血を流していた。
多分みんな死んじゃってるかな。
…あんなにいたのに。もう一人だけか。
「よくも、やってくれたな!スキル『身体強化』!」
そう言った隊長さんの体が淡い光に包まれた。
「スキル?源能みたいなものかな?」
「源能?そんな大層なもの、俺が持っていたら今頃はもっと昇進していただろうさ。それこそ、聖騎士レベルにも」
どうやら源能ではないらしい。ということはただのスキルか。
――でも。
「いいね。それ、頂戴よ」
「はっ、何を言っている。スキルを教えるならまだしも、あげるわけがないだろう」
そういうことじゃないんだよな~。奪うんだよ。僕が。
――ま、殺しちゃえば関係ないか。
同じように僕は彼との距離をなくす。
すると先程とは違いこれは大きく後ろに下がった。
「へぇ、すごいな」
体の反射神経や運動能力が格段に向上している。
「当たり前だ。スキルとは神の御業。持っている者ですら数少ないのだからな」
そうして彼はより一層警戒して剣を構え直す。
「それ、もっと欲しくなっちゃったじゃないか」
僕は今までよりも少しだけ集中する。しっかりと脚と拳に力を伝えるのを意識して。
―――ドンッ。
床に亀裂が入る。
確実に。ゼロ距離から。彼の胸元めがけて拳を突き出す。
するとどうだろうか。
「ごっ、ぐあ、ぁぁ、ば、馬鹿な。は、早すぎる」
僕が踏み込んだ床みたいに彼の鎧がぐしゃりとへこむ。
うずくまった彼の口からは、大量の血が吐き出され。鎧の上からも血が滲んできている。
思ったより脆かったかな。ちょっと気合を入れすぎたみたいだ。
「ごほっ、うっ……お、お前は何者だ」
「僕?僕は…そうだなぁ~」
なんていったらいいんだうか。もう前世の僕は死んでいるし、前世のようになりたいとも思わない。
僕は僕の思うがままに、したいがままに生きる。
今あるこの命はそのために使うと、彼女と話した時から決めている。
そう、彼女だ。彼らから魔神フェレスと言われている悪魔族の彼女。
彼女のおかげで僕はこの力を得て、新たな人生を生きることができる。
どうやらこの世界では悪神のような立ち位置らしいけれど、彼女は僕にとっての唯一神だ。
そうだなぁ。そんな親愛なる彼女の意思と、前世で最も有名な悪魔の名前から敬意を示して――
「ルシア。貪婪の徒ルシア。うん、これがいい」
とてもしっくりくる。我ながら良い名前だと思う。
そうして満足した僕は彼の頭に足を置き。
「僕の糧になってくれてありがとう」
そう、満面の笑みをつくって踏み抜いたのだった――。