天笏
――こんな昔話を知っているだろうか?
天笏。
それは、この世界を支配する権利だ。
手にしたものは、この世界のすべてを統治・管理することができる。
そして、これは何人にも妨げられない。たとえそれが神であろうとも――。
神々はこの権利を、この世の公平を保つために行使した。
決して世界の均衡が崩れないように。滅んでしまわないように。
良くも悪くも、この世界の【異分子】を排除する。
しかし、天笏を使うためには、一つ、条件がある。
それは、全ての神々の同意を得ること。
守護を司る第8級神。
豊穣を司る第7級神。
造形を司る第6級神。
叡智を司る第5級神。
腐敗を司る第4級神。
戦争を司る第3級神。
破壊を司る第2級神。
そして、最後に天空を司る第1級神。またの名を最高神。
彼らの総意によって天笏は行使される。
だが、ここで重要なのは、彼ら、彼女らは最初から神ではなかった。ということだ。
つまり、神々というものは、この世界で神の領域に踏み込んみ神格化した者。
神という存在は幻想でもなんでもなく、実在するのである。
そんな天笏が行使されたのは、たったの【2回】とされている。
外部から世界を滅ぼしかねない存在が侵略してきたとき。
神々に敵対心を抱き、神を害しようとした種族が生まれたとき。
この神々を害しようとした種族は、当時、悪魔族と言われていた。
彼らは神々によるこの世界の統治が許せなかった。
この世界は誰かに管理されるべきではないと考えたのだ。
だがこの考えは異端思想として、【異分子】と認定された。
神々の圧倒的な力。天笏の絶対性によって悉くを滅された。
かの種族は、永きにわたって抗い続けた。
そして、奇跡的にも神の領域に踏み込んだものが生まれた。
彼女は信じがたいことに神々から天笏を奪って見せた。
ありえないことだ。あってはならないことだ。
そんな彼女はこの世界で簒奪者として、今も神々の目から逃れ続けている――。
そんな昔話とも伝説とも神話ともいわれる話である。
***
「――そんな簒奪者が私だ。正式ではないが、魂を司る第9の神ともいえる」
…僕の目の前にいる人は神様らしい。僕の足りないの脳では要約するとそんな感じだ。
急に神を殺してほしいなんてお願いされて、なんかやばいものを奪ったらしいと言われて。
訳が分からな過ぎてこわい。
頭から煙が上がりそうだ。
「それにしても、神とか大層な名前名乗ってるくせに、私に大事なものを奪われるなんてバカだよね~。あれは笑えた」
そう言った彼女の腕が崩れてなくなる。
「まぁ、そうして神に喧嘩売った結果がこの惨状なんだけど。私も大概馬鹿だね」
「…なんでそんなことをしたのさ」
そんなことをしなければ彼女はこうはなっていなかったはずなのに。
あ、なんか笑い始めたんだけど。こわっ。
「あはは!だってこの世界を支配することができる権利だよ?これがあればなんだってできる。君ならそんな権利があったらどう思う?」
…なんだってできる権利化。自分の欲望のままにどんなこともできるってことだ。
誰かに怯えることも、何かを我慢することも、無力さに絶望することもない。
そんな権利があるのなら。それだったら、まぁ―――
「何としてでも欲しいかな」
「でしょ?君ならそう言うと思ったよ」
納得したように彼女は頷く。
「でも、使うには神々の同意が必要なんだよね?それはどうするつもりだったのさ」
彼女は僕の質問に我が意を得たりといった感じだ。
「私の源能――君の魂の記憶から言えばゲームのユニークスキルみたいなのかな?それは魂を操ることだ。魂には意思が宿り、記憶が宿り、源能が宿る。魂さえ手に入れられたら、なんだってできるんだよ」
とんだチート能力だ。さすが神様。
「でも、今の私はもう消えていくことしかできない。だから、君を呼んだ」
「でも僕にはその源能?があるとは思えないんだけど…」
なんの力も感じないし。
「大丈夫さ。君の魂にはその体へ入る前に、私の能力の一部を譲渡した。さすがに全部はできなかったけれどね」
何でもありだな神様。
「その名は『魂縛』。屈服した相手や殺した相手の魂を拘束することができる。これだけで神格者になりえる能力だよ」
まさかの僕にもチート能力があったらしい。…なんかくすぶったいものがあるね。ワクワクする。
「さっきも言った通り、君の体は私の体がもとになっている。私の源能がないとはいえ、スペックはそのままだと思っていいよ」
すると突然、彼女は虚空から黄金に輝く杖のようなものを取り出した。
…今のどうなってるの?何もなかったよね??
「これが天笏だよ」
その杖は僕のもとにやってきて、形を変えた。
「…ピアス?」
「それを肌身離さず身に着けて。君がそれを持つ限り、神々は君を狙い続ける」
彼女の深紫の瞳が真っすぐに僕を見る。
「君はこれを着ければ、神に狙われるという宿命を背負ってこの世界を生きることとなる。今ならまだ君の魂をもとの輪廻へと戻すことができるけれど。―――君はどうしたい?」
―――彼女は何を言っているのだろう?
前の僕は無力で無能。ゴミみたいな生物だった。その状況を覆すための才能もなかったし、しようともできなかった。
だが今の僕には、僕が望むことを叶えるための方法があり、能力がある。
たとえそれが神を殺すことだとしても。
そんな新たな状況で僕がこの選択を断る?そんなの―――
「ありえないね。僕は僕の欲望を満たすために神をも殺すよ」
そうして僕はピアスを片耳に着けたのだった。
あ、意外と痛い。
***
――あぁ、彼を選んだことは間違えていなかった。
普通、神殺しなんて言われたら無理だとか怖気づき、そもそも想像も考えもしない。
彼が私に向けて返す瞳は煌々と怪しい光を纏っていた。
「…さすが私の希望だ」
私のつぶやきは私の意識のようにとても小さなものだった。
もうすぐ自分が消えてしまうのが分かる。
思えば壮絶な人生だった。
神と敵対することを選んだ私の種族は、才能のあった私を活かすためだけに消え去った。
私たちの種族は消えてしまうけれど、私たちの意思は今この瞬間紡がれた。
きっと、彼、いやもう彼女と呼ぶべきだね。きっと彼女の新たな人生は、私よりも壮絶になるだろう。
でも彼女なら成し遂げてくれる。
神になった私よりも、この世界の誰よりも強い欲望を抱く彼女なら、いつか必ず――。
さぁ、私たちの意思を受け継いだ異界の者よ。君の欲望を満たす旅に、大きな障害が現れようとも。
何もかもをも犠牲にしてでも、君の願いが叶うことを祈ろう。
それが世界を絶望に叩き落すことになったとしても――。