第9話 極寒の地ユダ
「ここが惑星ユダか…」
『はい。惑星ユダのエリア12からSOS信号が発信されています』
惑星ユダの衛星軌道上に空間跳躍を行ったスサノオ艦内、惑星ユダを窓越しに見つめながら、真希はナディアが作ったサンドイッチを艦長席で食べていた。
「真っ白な星ですネー…」
『平均気温は0度。最高気温は10度、最低気温は-100度の極寒の星です』
「…私が居た星とは雲泥の差デース…」
オルタからの報告にナディアは身震いする。
「惑星降下準備!」
『了解。減速、ユダに降下します』
真希からの指示が出て、スサノオはユダの衛星軌道上から地上に向けて降下を始めた。スサノオは揺れながら大気圏へと突入し、突破してすぐに分厚い雲の中へと入っていく。強風に煽られながらもスサノオは地上へと向かっていき、薄暗く雪が吹雪いている地上に辿り着く。
『現在の惑星ユダの天候は雪、気温は-10度です』
「防寒着要るなこれ…」
窓の外の吹雪を見ながら真希は呟く。
『目標の地点に到達。メインパネルに映します』
強風に煽られながらもスサノオは目的地辿り着き、艦橋のパネルに建物の映像を映し出した。
「ここって…?」
『惑星ユダ、エリア12の第二植生物研究所。主に植物や生物の遺伝子改良などが行われていた場所です』
「へー…ゾンビの研究とかもしていたのですカネー?」
『すみません。そこまでは分かりません…』
「まぁ、惑星ユダは政府機関の場所…普通は立ち入り禁止だ。分からないのは仕方ない」
真希、ステラ、ナディアが会話をする中、スサノオは研究所内部にある宇宙船舶所に向けて、ゆっくりと降下し、地上から艦底の高さが10m程になるように維持する。
『船舶内にゾンビ確認されず。艦底部上陸ハッチいつでも展開出来ます』
「分かった。俺1人で行く…ナディアはここに残ってくれ」
「なんでデスカー!」
「保険だよ。俺に何かあった時のな…もしくはハッチの所で待って、ゾンビが来ないように守っといてくれ」
「……分かったネー…」
「それじゃあ行ってくる」
真希はナディアに留守を任せると、愛銃を携えて後部ハッチから研究所の探索を開始した。
「サイレン音がまだ続いているな…」
『はい。もしかしたら、最近まで生きていた者がいたのかもしれません』
「取り敢えず、慎重に進むぞ」
サイレン音が鳴り響く研究所内を真希は、ワルサーをしっかりと握り締めて壁を背にし、慎重に先へと進む。
「…あれは……」
曲がり角で顔だけ出した真希は、8体程のゾンビ達が曲がり角の先にある扉に群がっているのが見えた。
「やっぱり、生存者が居たか…!」
ゾンビに向けて真希はワルサーのトリガーを連続で引き、次々と頭と胸を撃ち抜き制圧する。
「もう大丈夫ですよー!」
ゾンビが動かないことを確認した真希は、扉を軽く叩きながら安全ということを知らせる。少しすると扉の鍵が開き、中から震えている女性とその人をお姫様抱っこで抱えている男性が出てきた。
「た、助けに来てくれたのか!」
「はい。宇宙船舶所に船を止めています。そちらに向かってください」
「ありがとう! 本当にありがとう…! 妻との心中を考えていたところだったんだ…助けに来てくれてありがとう…!」
男は何度も真希に礼を述べ、自身の妻と共にスサノオへと向かって行った。
「さて次だ…!」
夫婦を見送った真希は、研究所内に居た人を次々と助け出し始める。そして、色んな生存者から、研究所内に未確認の変異体が居ることと、その変異体が単体で臨時総長とその護衛を狙い、逃げた2人のその後が分からないことを聞いた。
『アルベルタ・メンデル。若くして物理学者、生物学者、天文学者などの博士号を手に入れた数百年に1度の大天才。彼女の功績は多くあり、1番有名な物ですと、アルベルタが12歳の時に発表した全宇宙生類共通始祖論です』
「確か…宇宙中に居る全ての生物は、宇宙空間に居る微生物が元で、そのためそれぞれの星の環境に合うように変えつつも、似たような進化をして行ったという理論だよな?」
『分かりやすく言うとその通りです』
真希は臨時総長ことアルベルタについてステラから聞きつつ先を急いでいると、途中である物を見つける。
「……ステラ、これどう思う?」
『人為的な物と見ていいと思います』
真希は、外から壁を打ち破って入っている複数のコンテナを見つけ、ステラと共に人為的な物と見る。
「…何だこの音…」
コンテナに近寄った真希は、コンテナ内から聞こえてくる機械的な音が気になり、中を覗く。コンテナの中には衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったのであろう複数のゾンビだった肉塊と、複数の時限爆弾がコンテナ内の天井に貼り付けられていた。
「……証拠隠滅目的か…?」
『恐らくは…』
「………取り敢えず探しに行こう」
コンテナに貼り付けられていた爆弾が、単なる証拠隠滅なのか不思議に思いつつ真希は、アルベルタを探しに研究所の奥へと向かって行った。
「お、お助けくださーい!」
「ん?」
奥へと進み十字の通路に出た時、声が聞こえてきて真希は足を止めて、声が聞こえてきた方向を見る。すると、ゾンビに追われている研究員が走ってきていた。
「しゃがめ!」
研究員に姿勢を低くするよう伝え、真希はゾンビに向けてトリガーを引き、的確に脳を撃ち抜いた。
「た、助かりました…! それで君は…? 見たところ護衛の者じゃあなさそうだけど…?」
「通り過ぎの傭兵さ。SOS信号を受信してやってきた…」
「へー…それだけで来てくれたんだ。ありがとう…! 私は物理学者のネフレカ、以後よろしく!」
「俺は真希だ。それで、メンデル博士を探しているんだけど…何処にいるか知らないか?」
「さぁね…最後に見たのは、ゾンビが襲撃して来て、彼女達がゾンビの郡勢が追われる所を見たぐらいです」
「…なるほど。取り敢えず、自分は博士を引き続き探すが…貴方はどうする…?」
「なら、私も着いていきます。戦闘はあれですけど…案内役ならできるので!」
「分かった。なら着いてきてくれ…」
真希とネフレカは話しながら歩き始める。
暫く2人が歩いていると、
――ガンッ! ガンッ!
と、鈍い音が聞こえてきて、2人は顔を見合わせて頷きあった後、その音の方へと向かう。
「…あっ!」
「例の変異体か…」
音の方に向かうと、三体の元研究員らしきゾンビと、右腕が腫れ上がっている変異体のゾンビが、分厚い扉を馬鹿の一つ覚えで叩いていた。扉の先は札から自家発電施設ということが分かった。
「あの先に博士、もしくは生存者が居るということだな…」
「えぇ…でもあれは流石に無理ですよ…」
「無理だと思われていたことを何とかするのが、科学者だろう…知恵絞れ」
「そんな無茶な〜…」
救出に否定的なネフレカを無視して、真希は周囲を見渡して良いものがないか探し始める。ふと、大型のロボット掃除機が充電されている状態で止まっているのが見えた。
「あれって自律式?」
「ん? あー…確か…操作式だったと思う」
ネフレカから話を聞いた真希は、気づかれないように放置さている大型のロボット掃除機に駆け寄り、ロボット掃除機の設定を弄り始めた。
「どうするつもり?」
「これを囮にする。銃で撃った後、これを使って別の場所に連れていく」
『掃除を開始します』
掃除させるルートを決めて、真希はロボット掃除機を動かし始め、ロボット掃除機は掃除機でゴミを大きな音を立てながら吸い始め、真希達が来た方向に向けて動き始める。
「君は隠れておいてくれ、俺が銃を撃って注意をこっちに向けさせる…」
「わ、分かった!」
ネフレカを近くの部屋に隠した後、真希は距離を空けつつもゾンビ達の後ろに立った。幸いにもゾンビ達は扉を破壊するのに夢中で、真希に気づいていない。
「……こっちだ、ゾンビ共!」
狙いをしっかりと定めた真希は、複数の光線を各ゾンビの急所に向けて放つ。真希の放った光線により、2体のゾンビが倒され、1体のゾンビはギリギリで避けられ、そして肝心の変異体には、その膨れ上がった右腕で防がれてしまった。
「う゛か゛アァァァァァァァ!!」
新たな生存者を見つけた変異体は雄叫びを上げ、腕を引きづりながら、ゾンビと共に真希を追い掛け始める。ゾンビがしっかりと着いてきているのを確認した真希は、曲がり角にある部屋に逃げ込み、扉の隙間を開けてゾンビの動向を伺った。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁあぁ゛ぁぁ…」
真希を見失ったゾンビ共は周辺を彷徨い始めるが、すぐに掃除機の音に気づいて、その方向に向けて行った。
「……行ったな…おーい、もう出て来ていいぞ」
「寿命が縮むかと思った……」
ゾンビが居なくなったのを確認した2人は、ゾンビ達が攻撃していた分厚い扉の前に来た。
「……あっ、これ引き戸…そりゃあ鍵も要らないな…」
ドアノブに手をかけて少し力を込めて下に倒し、真希は引っ張った。
「だ、誰だ!?」
2人が発電所の中に入ると、漆黒の刀身に青く光るラインがある剣を左手のみで構えている黒スーツで白みがかかった銀髪をしている女性が、気を失っている白衣を着たグレイヘアの長髪の女性を守っていた。
「SOSを受信して、助けに来た真希と言う者だ」
「そうか…助けに来てくれたのか……私はシャルル・ジェーン…そしてこの方が、アルベルタ・メンデル様です」
研究員と真希を見たシャルルは肩の力を抜き、自身とアルベルタのことを紹介する。
「それで、君達の容態は…?」
「…私は右腕が恐らく骨折、総長…アルベルタ様は頭をぶつけてしまいましたが、幸いにも外傷などはなく軽い脳震盪で気を失っているようです」
「軽い脳震盪でも危ない場合があるからな…すぐに連れて行こう」
「それじゃあ、私が彼女を…」
「研究員の君だと、道中でバテるでしょ…シャルルさんに肩を貸してあげて」
「はーい…」
スサノオに戻るため、ネフレカはシャルルの支えとなり、真希はアルベルタを背負った。
「…ん?」
「どうしましたか?」
「早く行きましょうよ! 正直自分は、早く研究所から脱出したいんですよ!」
「…なんでもない直ぐに行こう。いつ変異体が戻ってくるかも分からないからな…!」
そして4人は、ゾンビを避けながらスサノオが待機している船舶所に向かって行った。
〇
4人はゾンビに遭遇することなく、無事にスサノオが停泊している船舶所に着くことができた。
「あっ! やっと戻ってきたネー!」
MP19を持って防衛をしていたナディアは、真希達を見て嬉しそうに両手を振りながら駆け寄ってきた。
「ナディア、この人を頼む」
「OKネー!」
駆け寄ってきたナディアに、真希は今だ目を瞑っているアルベルタの身柄を渡すと、シャルルと共にスサノオに乗ろうとしているネフレカの前に、立ち塞がった。
「ど、どうしたんだい?」
いきなり真希が前にでてきたため、ネフレカは少し焦りの様子を見せる。
「簡単だ。ネフレカ、君だけはこの船に乗船することは出来ない」
「な、何故? なんで私だけが…?」
「いやーねー…ずっと疑問に思ってたんだよ…基本的に他の研究員達は、自分たちに体力や戦闘能力がないというのを自覚して、何処かの部屋に引き篭っているのが殆どだった…だけど、君は走ってゾンビから逃げていた…」
「それは、たまたま見つかって…」
「うん。その可能性は十分にある。無論、他の者達が、アルベルタを狙ったのは、変異体ただ一体と言っていたのに、君はゾンビの群れと言っていたのも、偶々君にはそう見えた可能性もあった。だからあくまでもなんか怪しい程度だったんだけど…」
「…?」
真希はワルサーの銃口をネフレカに突きつけながら、スサノオのハッチの方に視線を向け、ネフレカは顔を真希の視線の先に向けた。すると、そこには気絶していたはずのアルベルタが、白衣のポケットに手を突っ込みながら立っていた。
「ネフレカ…だったか? 上手い具合に溶け込もうとしたようだが…私はこの研究所に避難してきた者の顔と名前は、この完璧な頭で完全に覚えている。そんな私の記憶力に間違いがあるというのであれば…物理学者なら絶対に知っているN線のことを言えるな?」
「も、勿論! N線は特殊な放射線の一種だ!」
「フッ! アハハハハハ! N線は10世紀前に存在が否定された架空の放射線だ! 実験者の願望が実験結果に影響を与える危険性の一例として、語り継がれている程度の物が実在するというのであれば、是非とも君が作った論文を読んでみたい!」
「…………」
本物の物理学者ならすぐに分かる問題に引っかかったネフレカをアルベルタは腹を抱えて笑い、ネフレカ自身は冷や汗が止まらなくなる。
「…お前は恐らく、このまま船に乗り込んで、様々な情報を仲間に色々と伝える…もしくはゾンビパンデミックでも起こそうとしたようだが…これで無駄に終わったな?」
「………こうなれば…!」
あとが無くなったネフレカは、懐から起爆スイッチらしき物を取り出したが、真希が放ったワルサーの光線により、持っていた起爆スイッチは変な場所へと飛ばされた。
「ぐっ!!」
『…そろそろ時間です』
「分かった」
撃たれたネフレカは手をもう片方の手で抑える中、真希はステラから報告を受ける。
「それじゃあ最後にだ。俺らに全て話して生きるか、話さず死ぬか…どっちが良い?」
「貴様らに、我々のことを教える必要は無い!」
「そうか…なら…」
真希はネフレカにワルサーの銃口を向け、容赦なくトリガーを引き、光線がネフレカに当たるまで撃ち続ける。
「クソっ! こんなことになるなら、さっさとストライカーと共にやれば良かった!」
文句を言いながらネフレカはスサノオから離れ、近場にあった障害物に身を隠した。
「オルタ! ハッチ閉め、機関起動! ここから急いで離れるぞ!」
『了解しました』
ネフレカが駆け込んでこないように警戒しつつ、真希はオルタにスサノオの出撃を命じた。
スサノオは上陸用ハッチを閉めると、スラスターで上昇を始めて、第二植生物研究所から一気に離れて行く。
「救世主様…申し訳ありません…」
離れて行くスサノオを見つめながら、ネフレカは作戦の失敗を自覚し、地面に座り込んだ。次の瞬間、タイマーがゼロになったコンテナの時限爆弾が起爆し、ネフレカが第二植生物研究所内に設置した複数の火薬に引火して連鎖的爆発を起こし、爆発が発電所まで届くと、研究所は大爆発を引き起こして全て消し飛んだ。そしてその光景を生存者の研究員達は、スサノオ艦内の車両収納スペースにあるモニターを通して見ていた。
「俺達の研究所が……」
「…結構愛着があったんだけどなぁ…」
「資料持ってくればよかったな…」
研究員達がボヤく中、スサノオは惑星ユダから離れて行った。