第7話 デイフォビア傭兵団
ジャンプアウトしたスサノオは、地球から約2万光年先の場所に辿り着いた。
『跳躍完了。船体に異常なし、機関再起動。冷却開始』
「……やっぱり、ここら辺になってくると星間物質が濃くなってくるな…ここからはエネルギー消耗を最小限に抑え、電磁防壁に回して常に展開」
『了解』
銀河中心に向かうに連れて、増えてくる星間物質によるスサノオの故障を危惧して、不要なエネルギーをカットして、電磁防壁展開のために回す決断をする。
「そろそろ、真っ直ぐに突き進むの難しくなってきたな…オルタ、進路変更。円を描くように進む」
『了解しました』
真っ直ぐ進んでいたスサノオは、右へと転身して宇宙空間を進む。
「……ん?」
聞こえるはずのない扉が開く音が聞こえ、真希が音の方向を見たその時、
「ヘーイ! ナディア特製、ハンバーガーお待ちどうさまネー!」
「はぁっ!?」
肉厚でアメリカ風のハンバーガーが乗っている皿を盆に乗せたナディアが艦橋に入ってき、居るとは知らなかった真希は声を出して驚く。
「なんで君がここに…!?」
「イヤー…偶然寝てたら、置いて行かれたネー…」
『いいえ。其方の方は、自ら隠れておりました。それで、私が聞いたところ、山明様から許可を頂いたと言われましたので、信じたのですが…申し訳ございません』
嘘で誤魔化そうとしたナディアは、オルタに真実を言われてしかめっ面になる。
「反転、近くのコロニーに置いていく」
「Noooo! 一緒に行かせてくださいネーー!」
「アホ!! この船の目的地は、惑星ライラーなんだぞ!?」
「話は昨日聞いて分かってマース! それでも私は行くと決めたのデース! 戦闘も一般人より出来マース!」
「……………あーー! もう分かった! 乗艦を許す! だがな、無茶は絶対にするなよ! 分かったな!?」
「サンキューネー!」
ナディアに根負けした真希は、無茶をしないという条件で乗艦を許した。
『宜しかったのですか?』
「連邦政府関係の船に遭遇できるかどうか分からないし、ここまで来たら引き返すのもあまり宜しくない…仲間もある程度欲しいと思っていたころだったしな…」
『貴方様がそれで宜しいのであれば、私からは何もありません…』
「元軍人あたりをスカウトする予定だったんだけどなぁ…」
ステラと小さい声で会話した真希は、文句をボヤきながらハンバーガーにかぶりついた。
「ウマっ!?」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう…! 私の実家は料理屋だったのネー! 腕には自身がありますヨー!」
「これは普通に美味しい」
1口食べたハンバーガーが、想像以上に美味しく、真希は口を大きく開きながら、無我夢中に食べ進めた。
「…これで胃袋は掴んだネー…!」
「ん? なんか言ったか?」
「ナニモイッテナイネー」
『『…………』』
夢中に食べている真希と恋した相手の外堀を埋め始めるナディア、そしてそれを何見せられているんだろうと思っている2体のAI。少々カオスながらも、平和的な艦内。その平和を壊そうとしている者達が居るとは知らずに…
〇
スサノオから1万km先、そこに岩石に擬装された衛星があった。その衛星は、カメラでスサノオの姿を捉えると、映像をある場所に瞬時に送った。その場所は、スサノオから数百光年の場所にある小惑星に見えるように擬装された天文台『エマス』。元々は天の川銀河の中心を監視するために連邦政府が作った天文台だったが、十数年前に老朽化ということで放棄され、今はそれに目をつけたデイフォビア傭兵団が不法占拠し、勝手に使っていた。
「ボスにこのことを伝えろ!」
「はっ!」
自分達の活動範囲に、見知らぬ船が入ってきたことを知った観測員達は、宇宙空間を航行している本隊にそのことを通信で報告する。スサノオから5光年ほど離れている宇宙空間に、デイフォビア傭兵団主力艦隊が居た。
「所属不明艦だと…?」
「へい。何でも新造艦らしき船らしいですぜ」
「ふっ、ここが誰の領域か分かっていないようだな…通行料として、命以外全て剥ぎ取ってやるか!」
「了解いたしやした! 全艦進路変更! エマスからの指示に従って、目標をとっ捕まえろ!」
――イエッサー!!!
エマスからの報告にリーダーのホーキンスはスサノオの鹵獲を命じ、それを実行するために艦隊司令長官のドットーレは、ホーキンスと自身が乗る海賊船リューベックから、艦隊に指揮を飛ばした。
「作戦はどうするつもりだ? ドットーレ」
「簡単でっせ、通信で降伏を促している最中に無人機を展開、そして受け入れなかった場合、無人機を送り、武装を徹底的に破壊。そして、艦隊戦に持ち込めば…」
「簡単に制圧できるか…」
「はい。何しろ向こうはたったの1艦ですから、恐れることは無いでしょうぜ」
「よろしい。それで行こう…全艦、跳躍の準備だ!」
「へい!」
作戦を決めた主力艦隊は、スサノオが居る方向に艦首を向け始める。
「強襲部隊跳躍! 続けて主力部隊も跳躍だ!」
ホーキンスの命令に従い、空間軽空母ジーザスを中心とした強襲部隊の宇宙戦闘艦4隻が空間跳躍を行い、その後6隻の宇宙船が後を追うように空間跳躍で飛ぶ。そして、最後にリューベックが空間跳躍を行った。
〇
「…オルタ、ここの操作は難しいか?」
『はい。銀河の中心付近と比べれば、遥かに簡単ではありますが、最悪の場合、少しのミスでAスターに引き寄せられますから……後、ソース着いてます』
「マジ?」
真希はオルタから話を聞きつつ、頬に着いたハンバーガーのソースを指で拭き取る。
「なんでこんな危険な場所を選んだのですカー?」
艦長席から右斜め前にある通信長用の席に座っているナディアが真希に質問をする。
なお、ナディアがその席に座ることになった理由としては、艦長席の前にある操舵手用の席や、艦長席から左斜め前にある戦闘長席では変に弄ってしまう可能性があるため危険と判断されたためである。
「確かにその通りだが…目的地のライラーは地球から、約310億光年先にあるヨグトース銀河にある。そしてその銀河に行くには、現在の太陽系からだと、銀河を突っ切るのが一番早い。と言っても、馬鹿正直に真っすぐに行ったら、ブラックホールに突っ込むからな…だからギリギリまで真っ直ぐ進んだのち、弧を描くように中心部を移動、そして再び真っ直ぐ突き進むというのが、現状最短のルートだ」
メインパネルにスサノオを進む予定のルートを表示しながら、真希はナディアに説明する。
「ワーオ…ですが、色々と巻き込まれたということデスネー?」
「…そうだな…まぁ、助けれるなら全力で助けるという方針だったから、到達時間が遅れるのは特に問題に思ってないがな…」
「そうなんですカー…でもここは銀河中心部、コロニーや生存可能な惑星はナッシング! 故にハプニングには遭遇はしませんヨー!」
「……だと良いんだけどな」
背もたれにもたれて気を抜いているナディアに対して、真希はあることを危惧しており、嫌なことにもそれが起きることになる。
『本艦正面。複数の跳躍完了反応』
「What‘s!?」
「…来たな。総員、第一種戦闘配備!」
「えっ? えっ!?」
オルタからの報告に、真希は混乱しているナディアを置いて、戦闘の用意を始める。
『前方の旗艦が呼びかけています』
「無視だ」
「What‘s!? 答えてあげましょうヨー!」
「ナディアは知らないと思うが、俺らの前方の方に居るのは、暗殺、テロ、略奪などの汚れ仕事を何でもやる傭兵団、デイフォビア傭兵団の主力艦隊だ。そして、今居る宙域は奴らの行動が最も活発な場所だ。奴らの手口は、相手に艦隊を見せながら、無理難題の要求を押し付けて時間を稼ぎ、交渉決裂と共に一気に仕掛けるという野蛮戦法だ。話し合うだけ無駄だ」
「デイフォビア…なんとまー…卑劣な奴らですネ~…」
「だからこそ、通信は無視! 全力全開で逃げる!」
「逃げるんですカ!?」
「ああ、逃げる! オルタ、舵はこっちに任せて、敵の動向を見張ってくれ」
『了解。手動航行に切り替えます』
「しっかり捕まっとけよ…!」
「了解ネー!」
デイフォビア傭兵団からの通信を無視し、真希はスサノオの艦首を左に転針、逃げに徹することにした。一方でリューベックでは、
「チッ…知っていたか…」
「ではプランBで行きましょうか」
「そうだな」
「了解しやした! 全艦隊に告ぐ、プランB発動! 主力部隊は目標を追尾、強襲部隊は指定の場所で待機! 各艦行動に移れ!」
スサノオが通信に応答することなく逃げ始めたため、主力部隊で追いかけ場所を誘導、そしてその先で無人機を展開した強襲部隊と挟み撃ちにするプランBが発令された。
そして、逃げるスサノオとそれを追うデイフォビア傭兵団による銀河中心部鬼ごっこが幕を開けた。
「オルタ! 主砲は必ず20秒以上開けて撃つように!」
『何故でしょうか?』
「今回の戦闘でアイツらを沈めるつもりはない…だから、敵さんに渡す情報は最小限にしたいんだ。そうすれば、次戦うことになった時、前の情報を元に敵さんが作った作戦を破綻させることができる! 逆にこっちは、連中の戦法や船の情報を徹底的に集める」
『なるほど。了解致しました』
真希はオルタにスサノオの情報隠すように伝える。
『敵小型艦が魚雷発射』
「こちらの情報は最低限に、敵の情報は可能な限り集める…戦場での鉄則だ!」
祖父から教わった言葉を呟きながら、真希は魚雷を振り切るためにスサノオを増速させる。
『魚雷振り切れません』
「無駄に性能がいいな…後尾魚雷発射! 衝撃波で吹き飛ばせ!」
『了解。諸元入力…魚雷発射』
速度を上げてもなお、向かってくる敵魚雷に向け、スサノオから6本の魚雷が放たれ爆発。その衝撃波で敵魚雷を無力化させる。
『敵小型艦2隻急速接近、挟み込み砲撃を行うつもりのようです』
「主砲発射用意!」
『照準、自動追尾…完了。いつでも撃てます』
「撃ち方始め!」
挟み込むように接近してきた小型艦に対して、スサノオは砲撃を行う。右舷の小型艦は主砲をまともに食らい真っ二つに折れて爆沈。左舷の小型艦はギリギリのところで避けることができ、反撃のために攻撃を開始するが、スサノオの電磁防壁により全て無力化されてしまう。
『警告。約10億km先にて宇宙塵嵐が発生しています。進路の変更を推奨』
「……いいや、このまま突っ切る!」
「What`s!?」
『『危険です!!』』
真希の言葉に全員が驚くが、真希は構わず危険な宇宙塵嵐に向かってスサノオを進ませる。
これに対して、デイフォビア達もまた困惑していた。
「自殺しに行ったか!」
「初心者でも分かる危険なルートに行きやがった! 馬鹿だ!」
「…追え」
乗組員達は大笑いしながらスサノオを馬鹿にしていたが、ホーキンスからの衝撃的な言葉に一瞬にして静まり返る。
「で、ですが…あんな宇宙塵嵐に巻き込まれた。無事に済みませんぜ!」
「艦隊で行けばな…リューベック単艦で行けば問題ない。さっさと船を進ませろ!」
「は、はっ!」
リューベックは部隊から離れて、宇宙塵嵐に向かって行くスサノオを追う。その間、スサノオは攻撃することなく宇宙塵嵐へと向かい、リューベックは前方のみに装備されている主砲、32cm三連装粒子砲塔2基でスサノオに向けて砲撃を続けるが、スサノオは当たりそうな物はスラスターで避けるため、被弾することは無かった。
『敵艦追尾を続けております』
「よし…オルタ、宇宙塵嵐に突入したら、スサノオはいつまで持つ?」
『そうですね。強烈な宇宙塵嵐のため、電磁防壁はもって5分、スサノオ船体では3分と予想します。そのため、約8分だと思われます』
「十分だ!」
「あのー…まさかとは思いますがけど…中に入るということは無い…デスヨネー…?」
「そのまさかだよ!」
宇宙塵嵐まで数万kmという距離に迫ったが、スサノオはそのまま嵐の中に突入して行く。それを見たホーキンスもまた、
「絶対に逃がすな! こっちも突入だ!」
リューベックで宇宙塵嵐に突入した。
宇宙塵嵐の中は、恒星の重力の影響を受けた宇宙塵が嵐のように飛んでおり、スサノオやリューベックのような大型艦でようやく数分程滞在できるとなっている。もし200m以下の中型艦がこの中に入れば、一瞬にして嵐に飲み込まれて脱出できなくなり、乗員は死ぬ運命になることだろう。
「ボス、射撃管制システムにエラーが!」
「電磁防壁消耗率28%! このままでは後3分で消失します!」
「そんなことよりやつだ。今やつは何処にいる?」
「本艦の前方約2000km先です」
「目視で砲撃用意!」
嵐の影響でリューベックの船体が大きく揺れる中、ホーキンスは攻撃を下令する。
「ボス! 敵が魚雷発射しました!」
「チッ…目標変更、主砲で撃ち落とせ!」
宇宙塵の影響で反応が悪いレーダーと睨み合いをしていた乗組員から、魚雷の報告が入り、ホーキンスは先に迎撃を行うことにしたが、
――ドォーンッ!!
「うおっ!?」
魚雷はリューベックの目前で自爆し、その衝撃波によりリューベックは大きく揺れ、更に衝撃波に乗った宇宙塵が降り注ぐ。
「ぎょ、魚雷自爆!」
「やりやがったな…おい、目標は何処だ!?」
「…ぼ、ボス! 奴の姿が居ません! 何処かに行きました!」
「何だと!?」
リューベックが船体の立て直しを行う中、スサノオの姿がレーダーから消えた。
「……まさか!?」
嫌な予感を感じたホーキンスは、艦橋の天井、そしてその先にいるであろうスサノオの方を見る。
ホーキンスの予想は的中しており、隙を作った真希はスサノオを上昇させて宇宙塵嵐から脱出させていた。
「さーて、オルタくん。彼らにたっぷりとプレゼントを与えてあげようではないか!」
『了解。魚雷及び爆雷発射用意…完了。いつでも行けます』
「よし、プレゼント投下!」
宇宙塵嵐に向けて、スサノオは魚雷や爆雷を惜しみなく投下を開始し、次々と宇宙塵嵐内で爆発が起こる。
「このまま逃げる! 計算が終わり次第ただちに跳躍!」
『了解。空間跳躍開始します』
相手が追尾できないと判断した真希は、スサノオの速度を一気に上げて、数光年先に空間跳躍を行った。
そんなことを知らないリューベックは、至近で爆発魚雷や爆発の衝撃波と共に飛んでくる宇宙塵に、やられていた。
「第一主砲大破! 第二主砲旋回不能!」
「電磁防壁消耗率92%! もう限界です!」
「居住区が損傷、隔壁閉鎖!」
リューベックの艦橋に次々と被害報告が入ってくる。
「…このまま潜水艦みたいにやられる訳には行かん! 現宙域から離脱、奴の追尾は残存艦に任せろ!」
「は、はい!」
あちらこちらから火と黒煙を噴き出しながら、リューベックは最大出力で宇宙塵嵐から脱出、そのまま離れて行く。
「ボス、ゴールデンから、目標を見失ったとの報告が!」
「跳躍で逃げやがったな…! おい、被害報告はまだか!」
「今来やした。主砲二基大破。左舷近接防御火器全損、主機出力が43%まで低下…リューベックは大破寸前と言っていいとのことです…」
「クソが!!」
報告を聞いたホーキンスはスサノオに対して怒りを覚える。
「ここは一度帰投するぞ!」
「はっ!」
スサノオの追跡ができないと判断したホーキンスは、エンジン出力が低下しているリューベックを他の艦で牽引させながら、拠点に向けて動き出した。
「……次に会った時は、必ず沈めてやるからな…!」
乗組員が船を拠点まで持つように慌ただしく動いている中、ホーキンスはスサノオに対する復讐を決意した。