第6話 絶望に差し込む光
大気圏内で出せる程度の速度を出しながら、スサノオは雲の上を航行していた。
『まもなくSOS信号発信源です』
「よし、両舷減速! 烈風発艦用意!」
『了解。両舷減速、格納庫ハッチ開きます』
艦首のスラスターで一気に速度を落としたスサノオは、八咫烏用の飛行甲板と第三主砲の間にある格納庫へのシャッターが開かれる。その一方で、艦橋直下にある航空機格納庫では、点検が終わった烈風が出口に向けて斜めに傾いて設置されている電磁式カタパルトにセットされた。セットされた烈風は、次々とカタパルトで勢いよく外へと射出され、ロボ達の連携もあり数分で、全機発艦することが出来た。
『目標確認。メインパネルに移します』
「うっわ…」
スサノオを中心に、烈風が自動的に編隊を組む中、真希は艦橋でゾンビ達の群れを見て、思わず声を出した。
「確かに、これはSOS発信するな…第1、第2主砲、並びに副砲に5式弾装填! 降下と共にゾンビの群れに叩き込む! その後は烈風及びミサイルなどでゾンビを殲滅しつつ、作業用ロボと八咫烏で生存者の救助活動を行う! スサノオ突撃!」
『了解』
烈風展開のために速度を落としていたスサノオは、速度を上げて地上に居るゾンビの軍勢に向けて降下を始める。
「可能な限り、広範囲に広がるようにしろ! 撃ぇー!」
分厚い雲中を突き進みながら、スサノオは主砲及び副砲から、5式弾を放った。
5式弾。正式名称5式拡散榴弾。第二次銀河間大戦の終戦間際に開発された特殊砲弾。仕組みとしては、通常のクラスター爆弾と同様、着弾寸前で内部に仕込まれている大量の子爆弾を拡散、広範囲に被害を齎したり、時限信管をセットすることで対空砲弾として使用することも可能である。今回の5式弾は、近くに生存者が居るため搭載する子爆弾の量を減らしてはいるが、代わりに時限信管はセットされている。
スサノオが空中から放った5式弾は、ゾンビの群れに向けて空を裂きながら飛んで行き、それから5秒後、タイマーがゼロになり、ゾンビに爆弾の雨を降らせて広範囲の爆発を引き起こした。
「スサノオは、このままSOS発信源に向けて突き進め! 烈風は残存するゾンビの殲滅及び足止めを行なえ!」
雲の中から出たスサノオは、SOS発信源の民間船へと向かって行き、烈風はゾンビを倒すために各機が自由に迎撃に出る。
『ここのようです』
「オルタ。ここで滞空できるか?」
『勿論です』
SOS発信源の民間船に辿り着いたスサノオをオルタは、同じ方向に艦首が向くようにすると、スラスターを使って姿勢を整えた後、多目的発射器から格納式になっている錨を下ろして、その場で滞空し始める。
『生存者を確認。船の艦橋に11人、艦首付近に5人居ます』
「よし、艦首の方は自動運行にさせた八咫烏を向かわせろ。艦橋の方は作業用ロボにジェットパックを装備させ、救助に当らせろ。その間、俺らは時間を稼ぐぞ!」
『了解致しました』
滞空しているスサノオの側面ハッチが複数開き、そこからジェットパック装備のヨサク率いる作業用ロボ達が出てくると、艦橋に居る生存者の救出のために向かう。更に飛行甲板ハッチも開き、無人の八咫烏がそこから発艦、上手い具合にバランスを取りながら、甲板に居る生存者の元へと向かった。
「奇跡だ…」
「ああ、これでアイツらが助かる…!」
「生を受けて数十年…ここまで嬉しいことは無い…!」
八咫烏が本来はコンテナを乗せるように広く取られた甲板に着陸しようとする中、老翁達は自分達のことではなく、ナディアや子供、老婆達が助かることに歓喜していた。一方の艦橋では、
「ねぇ、私達助かるの!?」
「ええそうよ…助けに来てくれたのよ…」
「ほら見ろ! 無駄じゃなかった!!」
先程まで泣いていた子供達が、嬉しそうな笑みを浮かべて助かることにはしゃいでおり、老婆達は感激のあまり涙を零していた。
「……サンキューネー、来てくれて…」
今日まで苦しい思いをしながら生きて来た意味ができ、感無量となったナディアは、スサノオを見ながら礼を述べた。そして、スサノオから降下してきた作業用ロボが、艦橋から直接外に出れる分厚い扉の前に辿り着いた。
『こりゃ、酷く錆びついてるだぁ…おい! 大鳳、おめぇの出番だべぇ!』
『ハイ。大将』
扉をこじ開けようとしたヨサクだったが、すぐに錆びついていることに気付き、重装歩兵のようにゴツい作業用ロボの大鳳を呼び出して、大鳳は右手の人差し指からガスバーナーのような青く大きな炎を出し、ハッチの蝶番を切断し始めた。
『外セマシタ』
『おっしゃあ! 全員さっさと運ぶべ!』
作業用ロボ達は、艦橋から出て来た子供達を1、2人ほど抱えてスサノオへ運んでいく。
甲板では船にゾンビを上がらせないために、老翁達が八咫烏を背にして戦ってくれているのもあって、作業用ロボ達は安全にかつ冷静にスサノオまで運ぶことができた。
『さあ、お嬢さんが最後だべ』
「私は軽浮遊シューズを履いてるので、手だけ握って貰えたら良いデス!」
『分かったべ。ほれ…!』
履いている軽浮遊シューズの浮遊機能を発動させたナディアは、ヨサクに連れられてスサノオへと向かって行く。
「それで…You達の船は、なんて言うのデスカー?」
『空間機動戦艦スサノオだべ。人類の希望になる船だぁー!』
「スサノオ…」
空中を飛びながら、ナディアは自分達を助けてくれた船の名を呟きながら、スサノオを見つめた。
「よーし、俺達も撤退だ! 爆弾を放り込んで乗り込め!」
ナディアがスサノオに乗り込むのを見た鍔広の帽子を被った老翁が、他の者達に撤退を伝える。
老翁達は自爆用に持っていた爆弾を起動すると、そのまま下に張り付いているゾンビに向けて投げつけ、八咫烏に乗り込む。爆弾が次々と炸裂する中、老翁達が乗り込んだ八咫烏は浮上を始め、スサノオの後部飛行甲板へ向かう。
『…全生存者の収容確認。いつでも行けま――ドゴンッ!!
「おおっと!」
八咫烏が無事格納され、オルタがその報告を真希に伝えていた時、スサノオに何かがぶつかり、船体が少し揺れる。
『ゾンビ群後方、特殊変異体を確認。先程の攻撃は、変異体が原因のようです』
「…なんか怒ってる?」
『いえ…』
「……そ、そうか…よし機関始動、錨上げ!」
少し不機嫌そうに報告するオルタに、真希は気を取り直して次の行動に出る。
その間、異形の変異体は集めて固めた岩をスサノオに投げるが、先程とは違い動いているため、当たることはなかった。
「折角だ。あの変異体にやり返す! 主砲発射よーい!」
『照準、自動追尾準備完了』
「……撃ぇー!」
いつもより早く終わった準備に真希は、オルタが指示を出す前に既に終わらせていたことを薄々気づきながら、主砲発射を下令する。発射された光線は、普段以上の速さで変異体に向かって飛んで行き、土煙を立てながら一瞬にして変異体を周辺のゾンビ共々消し去った。
(……チャージもしてたな…)
威力が増している点から、オルタが命令前に主砲にエネルギーを送っていたことにも気づいた真希は、オルタを敵に回してはいけない、そう心に誓った。
「このまま現空域から離脱。離脱後に烈風を格納する!」
『了解。両舷増速、現空域から離脱します』
メインノズルからプラズマを勢いよく放出し、スサノオはゾンビが居ない場所へと向かって行った。
〇
「あーあ…折角作ったのに、跡形もなくやられた…結構時間かかったんだけどなー」
惑星フリングホルニ首都コロ。その中央に聳え立つ大きなビル、惑星地域統制塔コロセンターの最上階にある惑星代表執務室。その部屋にある巨大な窓ガラスから、丸眼鏡を掛けた男が、双眼鏡を覗いてゾンビの変異体が居た所を見ていた。
「全く、あの船は一体何だったんだ? 連邦政府はこの星を見捨てたし…となると民間、もしくは傭兵艦か…?」
自身の記憶にない船、スサノオに男は少し困惑しつつ、デスクの上に置いてあった自身のノートパソコンを開いて調べ始めるが、
「無いな…」
そこにスサノオのデータは無かった。
「……まぁいいでしょ。奴がどのような目的で動いているか分かりませんでしたし、再び邪魔しに来た時に対抗策を考えることにしましょう」
丸眼鏡を指でクイッと押して掛け直し、男はノートパソコンを閉じた。
「この星にはもう用はありません。撤退します」
『『畏まりました…』』
量産型の粒子式小銃をそれぞれ装備している護衛ロボと共に、男は部屋から出ていき、屋上に停泊させている中型の航宙艇に乗り込む。
「…さて、次の惑星は…そうですね……ペトロ星系の惑星ユダにしよう。あそこは、複数ある実験星の中で、C計画の進捗が特に良いですからね」
『了解』
航宙艇に乗り込んだ男は、その船に搭載されているAIに次の場所を伝え、航宙艇はゆっくりと垂直に離陸を始める。
「必ず…必ず期待にお答え致します。我が救世主様…!」
宇宙空間へと進んでいく航宙艇の中、ノートパソコンで計画の進捗を確認している男は、頬を高揚させて自身が忠誠を誓っている者のことを思った。
〇
烈風の収容と点検及び軽い修理を終わらせたスサノオは、惑星フリングホルニから離れるために、宇宙空間を航行していた。
「…儂らの手で開拓した星が…こうもあっさり終わるとはなぁ…」
「……」
スサノオの食堂室、そこにある大型モニターで小さくなっていくフリングホルニを見ながら、老翁の1人が呟き、その言葉に他の老人達はただ黙ってお茶や珈琲などを飲んでいた。
「ホーラ! ケチャップが変なところに着いてますヨー!」
「だって、久々の暖かくて美味しいご飯だもん!」
「おいしいー!」
老人達が気を落としている中、子供達はナディアの世話を見てもらいながら、久々の暖かく出来たてのご飯を腹一杯に食べていた。
「丁度補充したばかりだったから良かったよ。後、ナディアだったけ? 君も食べてくれよ」
「有難くいただきマース!」
同じ食堂室に居る真希は、ナディア同様子供達の面倒を見ていた。そしてその光景を見た老人達は、
「……まあ、未来への種を守れただけ、良しとするか…」
「だな」
「はい…」
「うむ」
気持ちを切り替え、暖かい目で愛おしい光景を見ることにした。
それから数十分後、満腹になるまで美味しいご飯を食べて、ゾンビの心配がない場所に来たことにより、子供達は眠たくなり始め、全員がナディアと老婆達、そしてロボに案内されて、ベットがある場所に寝に行ったため、食堂室には老翁達と真希だけが残った。
「……坊主、改めて儂らを…子供達を助けてくれたことに礼を言う…!」
「困った時はお互い様ですよ…」
人数分の暖かいお茶が入ったコップをテーブルの上に置いている状態で、老翁達は頭を下げて真希に礼を述べる。
「それで、これからどうするつもりだ」
「皆さんを何処かのコロニーか、連邦軍に保護してもらうつもりです。自分が行こうとしている場所は、大変危険な場所なので…」
「……惑星ライラーか?」
「…鋭いですね」
スサノオの最終目的地を何のヒントもない状態で言い当てられ、真希はお茶を啜りながら老翁を褒める。
「ということは、お前もこのゾンビパンデミックの裏に、何かあるということに気づいているのか…」
「もしかして、貴方々も…?」
「勿論だ。何しろフリングホルニは、開拓惑星だ。人の集落は首都のコロ以外ない。それなのに、ゾンビの数は増えていたし、ゾンビパンデミック当初に居なかったはずの変異体までが現れた。これだけ不審な点があるのに、自然発生でくくる方がおかしいというものよ…」
ゾンビパンデミックの裏に何か陰謀が填めいているというのを理解している老翁達の話を聞き、真希は同じ考えが自分だけではなかったため、安心感を覚えた。
「儂らがもっと若ければ、お前さんについて行くと言ったが…儂らも歳だ。ついて行くことは出来ん…」
「大丈夫です。元々孤軍奮闘のつもりで出撃したので…それより今は、お身体を労わってください」
「すまんな。では、お言葉に甘えて少し寝かしてもらおう…」
「はい。ごゆるりと…」
老翁達は自分達の身体も休めるため、食堂室から出た。そして、食堂室の扉の前で盗み聞きをしていたナディアに、
「…お前の人生だ。お前が決めるが良い……」
とすれ違いざまにアドバイスを送り、ロボに案内されて寝れる場所へと向かった。
「私の…やりたいこと……」
アドバイスを送られたナディアは、その場で自分がやりたいことを考え始める。
(このまま安全な場所に行く…? なんか違うネー…一人で旅? それも違うネー……私は…私は……私を救ってくれたあの人に…)
ナディアはドアの隙間から、移り変わる宇宙の景色を画面で見ながら、茶を飲んでいる真希を見つめる。
それから数時間後、スサノオは連邦軍の補給艦D-346と居合わせ、その補給艦にフリングホルニの生存者達を保護してもらうことになった。
「本当にありがとうございました……」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「スサノオもありがとー!」
「くれぐれも気をつけて行くのだぞ…」
「儂らの分も頑張ってくれ」
「はい! また何処かで!」
真希は仮設通路で生存者達と別れの挨拶を済ませ、そのまま艦橋に戻った。
『補給艦D-346から打電。貴艦の武運を祈るとのことです』
「こちらからも、貴艦の無事なる航行を祈ると打電……よし、機関最大…超長距離空間跳躍に入れ!」
D-346と接舷していたスサノオは、スラスターで間を開けた後、最大戦速で宇宙空間を進み始める。
『跳躍』
ある程度速度を出したスサノオは空間跳躍を行い、次なる場所へと向かった。
「……若いっていいのぉ〜…」
スサノオが居た方向を見ながら、鍔広の帽子を指で押し上げて視界を確保していた老翁は、1人そう呟いた。