第5話 開拓は止まり絶望が迫る
シエナを軍に無事に届けたスサノオは、地球から約100光年先の宇宙空間にジャンプアウトした。周辺に星が見当たらない空間を進むスサノオの艦橋では、真希がリラックスした状態で宇宙空間を眺めていた。
「さて…生存者も届けたし、食料の補充もできた。引き続きライラーに向かうか」
『傭兵団と名乗って宜しかったのですか…?』
「まぁな…今の時代珍しくないだろうし、民間船です! と言うよりマシだと思う」
『確かに…武装を積んでいますからね』
水を飲みながら、真希はステラに独立傭兵を名乗った理由を伝えた。
現在の宇宙は、ゾンビパンデミックにより非常に不安定である。それ故に民間人や元軍人が武装し、傭兵になる者も珍しくもない。だからこそ、真希は独立傭兵と名乗ることにしたのだ。
『……計算完了。長距離空間跳躍を行います。カウントダウン開始』
オルタの報告と共にスサノオが増速し、真希は空間跳躍に備える。
『跳躍』
スサノオは空間跳躍を開始し、一気に空間跳躍前の空間から10000光年先の場所に跳躍する。そこは星間物質は少し濃く、銀河の中心に近づいていることが分かる。
『跳躍完了。船体に異常なし、機関再起動、冷却開始』
跳躍後、スサノオはバランスを崩して傾くが、スラスターで姿勢を整え直した。
「………跳躍にもようやく慣れてきた…」
真希は、自身が次元共振で酔わなくなってきたことに、内心喜んだ。その時だった。
―ドゴォンッ!!
鈍い音が鳴るのと同時に、艦内が大きく揺れ、スサノオが横に回転を始めて制御が効かなくなる。
「な、なんだ!?」
緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く中、まきは肘掛に捕まり揺れに耐える。
『浮遊隕石が衝突した模様です。衝撃により、左舷後部補機が停止。念の為に備え隔壁を閉鎖します』
スラスターでスサノオの姿勢を元に戻しながら、オルタが報告を行う。
「ジャンプアウト直後に隕石か…こればかりは仕方ないな…オルタ詳細な被害報告は?」
『少々お待ちを………確認が取れました。左舷補機が衝撃により停止、点検が必要となっています。また、隕石と衝突した装甲に損傷を確認。何処かの惑星に停泊し、修理を推奨致します』
「そうだな…ステラ、近場に降りれそうな惑星はあるか?」
『検索を開始……ヒット。本艦9時方向、ここから約200億キロメートル先に、バルドル星系第三惑星、開拓の惑星『フリングホルニ』があります。そこであれば、修理することが可能かと』
「分かった。オルタ! 進路変更、目標フリングホルニ!」
『了解。進路変更、惑星フリングホルニ』
スサノオは艦首を回頭し、フリングホルニに目指して動き始めた。
「……ふぁ〜…俺は寝る。修理が終わっても寝ていたら、起こしてくれ」
『了解しました。ゆっくりお休み下さい』
大きめの欠伸をした真希は、操縦桿に帽子を乗せると、オルタに色々と任せて用意されている寝室で寝ることにした。そして、それから十数時間後、フリングホルニの巨大なカルデラに作られた人工貯水湖ケーニヒスH湖。そこにスサノオは着水し、作業用ロボで修理を行っていた。
「…んっ、あー…着いてたか…」
たっぷりとベットで寝た真希は、欠伸をしながらベットから出て、朝の支度を始める。数分で支度を済ませると、真希は艦橋に上がった。
「それでオルタ。状況はどうだ?」
『はい。補機は点検並びに再起動が完了。現在は損傷を受けた装甲を交換している最中です』
「そうか。あとどれぐらい掛かる?」
『もう間もなくで終わるとのことです』
「そうか…ならそれまでゆっくり『SOS信号を受信! SOS信号を受信!』
修理作業の進捗をオルタから聞いた真希の元に、SOS信号が届く。
「何処からだ?」
『本艦6時方向にあるフリングホルニ首都コロの近郊部からです』
「分かった。修理切り上げ! スサノオ発進準備!」
『了解。全作業員に通達。修理をキリの良い所で切り上げ、艦内に退避。繰り返す、修理をキリの良い所で切り上げ、総員艦内に退避せよ!』
周囲に向けてアラームが鳴り、作業をしていたロボ達は、開けたままにしているハッチから、作業道具と共に次々とスサノオの艦内へと入っていく。
『全作業用ロボの格納並びに、スサノオ発進準備全て完了』
「よし…抜錨、スサノオ発進!」
操縦桿に掛けたままにしていた帽子を被った真希は、スサノオをSOS信号が発信されている場所に向かわせた。
〇
開拓惑星フリングホルニ首都コロの近郊。そこには、着陸してから何十年も放置されている貿易船があった。ゾンビパンデミックから逃げ切った生存者は、その船を鉄柵やバリゲートで囲い、艦内で生活していた。しかし、その生活は長くは続かず、今コロニーの周囲は、完全にゾンビに囲われてしまい、生存者は少ない物資で籠城を強いられていた。餓死するのが先か、ゾンビに噛まれて屍として彷徨うのが先か…
「ねぇ瑛介、もうやめようよ! そんなことしても時間と電力の無駄だよ!」
「うるさいエミル! やって見なきゃ分からないだろ!」
貿易船の艦橋にて、2人の子供が言い争っていた。1人は9歳の少女エミルで、もう1人は通信機を弄ってSOSを発信している9歳の少年瑛介。2人はこの船に残っている生存者だ。
「喧嘩はダメデース! 2人ともいい子にしなければ、サンタさんが来ませんヨー?」
「「ナディアお姉ちゃん!」」
争っている2人の元に金髪の白人美女が現れ、喧嘩を仲裁する。
彼女の名はナディア・グレナン。このコロニーに唯一の10代後半の女性だ。
「さあ、ご飯の時間デース! 皆の所に行きましょうネ!」
「「うん!」」
2人の意識を喧嘩内容から逸らしながら、ナディアは2人を連れて貿易船内にある食堂へと向かった。
食堂には既に幼児を含めた5人の子供達が、老婆3人に世話されながら食事しており、何個かの缶詰を手に持った老爺1人が居た。
「ほんじゃあ、儂は戻る」
「はい。しっかり頼みますよ」
「分かっておるわ」
缶詰を抱えて老翁は食堂室から出て行った。
先程の老翁は、今唯一この船に残っている戦闘ができる者の一人で、今回食堂室に来たのは、見張りとして監視についている者達の飯を取りに来たのだ。
「では、私は少し席を外しマース。皆いい子にしてするのですヨー?」
「「「「「「はーい!」」」」」」
ナディアのことを慕っている子供達は、元気のよい返事を返し、それを聞いたナディアは笑顔を浮かべながら、食堂室から出て行った。
「………私もまだまだデスネー」
誰も居ない雨漏りがしている部屋に入ったナディアは、しゃがみ込み自分の弱さに落胆する。
子供達の前では、元気よく振る舞い、頼れるお姉ちゃんのナディアだが、その精神はこのような劣悪な環境によって日に日に削られており、少しずつ限界に近づいていた。
「…マミー…パピィ…」
甘えられる存在が既に居ないナディアは、涙を浮かべながら亡き両親との楽しかった思い出を思い出す。
「………会いたいネー…」
家族との写真が入ったロケットペンダントを取り出し、中の写真を見つめながらナディアはポロポロと大粒の涙を流す。
彼女の脳内の片隅には、いっその事脳を打ち抜いて楽になろという考えが度々よぎっているが、今はまだ子供達のために生きるという意志の方が強いため、思いとどまっている。
「…………よし! まだまだ頑張るネー!」
一通り泣き終えたナディアは、自身の頬を両手で叩いて気合を入れ直すと、前に進むために立ち上がり、通路へと出る。
――カンカンカンカンカンカン!!
「What!? 何事ネー!?」
通路を出たナディアが食堂室に戻ろうとした時、いきなり鐘の音が周囲に鳴り響き、ナディアは急いで鐘の音が聞こえて来た監視場へと走って向かう。
「何があったのネー!」
「おお、ナディア嬢ちゃん! これで街の方を見てみろ!」
「ん?」
監視室に改造した甲板の艦首にナディアが付くと、戦力の老翁達が全員集まっており、そのうちの鍔広の帽子を被った一人が、双眼鏡をナディアに渡した。
「……」
双眼鏡を覗いて街の方を見たナディアは言葉を失う。
彼女が双眼鏡で見た景色、それは異形な姿をした巨人のような肉塊と、それに追従する万は余裕で越えていると思われる程の数のゾンビ群だった。
「…やるしかあるまいな」
「だな。ナディア、子供と婆さん達を連れて艦橋に閉じこもって居てくれ、アイツらを必ず片付けてやるからよ」
「だったら私も――」
「馬鹿者! お前まで来たら、あの子達を誰が守る!!」
「そうだ! ここは老人の儂らに任せんか!」
「……必ず生きてくださいネ!」
「勿論だ!」
「ほら、さっさと行け!」
ゾンビ達が迫りくる中、老翁達はナディアを説得して子供と老婆達と共に安全であろう場所に行かせた。
「……さて、最後の大仕事だ」
「儂らの命、奴らにやるか…」
「だな。だが、最愛の人と…」
「未来への希望はやらせん!」
「儂ら、人類の底力見せてやろう…!」
「「「「おぉーーー!!!」」」」
残った5人の老翁は、ナディアが船の中に入ったのを確認すると、それぞれ武器を持ち、更に隠していた爆弾をそれぞれが持ち、ゾンビ達を迎撃する準備を始めた。
一方、ナディアは子供と老婆達を艦橋まで上がらせ、力が程度ある子達と共に、通路や入口にバリケードを設置していた。
「瑛介! やめようよ!」
「うるさい!! やってみないと分からないだろ!」
ふとナディアが艦橋内を見てみると、そこでは再び瑛介とエミルが言い争いを始めていた。
どうやら、瑛介がまたSOSを発信したようだ。
「無駄だよ!」
「何が無駄だよ! 最後まで、最後まで…希望を失わずに…やってみないと……」
諦めているエミルに言われ、まだ諦めたくないと思っていた瑛介は、言い返す途中で現実が見えてきてボロボロと涙を流し始めて黙り込み、それを見ていた幼い子達も一斉に泣き始めた。
「だ、大丈夫デース! まだ私が今マース!」
子供達を落ち着かせるためにも、ナディアは胸を張って励ますが、今まで安心できる親が居ないという不安、この生活に対する不満、迫ってきている死への恐怖などの溜まりに溜まっていた感情を爆発させた子供達は泣き止まず。更に老婆達は、自分達がそれぞれ抱えている幼児を落ち着かせるので手一杯のため、子供の泣き声は止むことが難しかった。
「……」
その光景に、ナディアもまた心が折れそうになる。
艦橋でそのようなことが起きている中、ゾンビ達は容赦なく進み、第一波が貿易船に到達。老翁達が迎撃を開始したが、数が数のためバリケードの一部が突破され、ゾンビは貿易船に昇ろうと側面に張り付き始める。
「…はぁっ、はぁっ…はぁっ…」
ナディアは持っていたリボルバー型の光線銃MP19を震える手で取った。
(いっその事、もう楽に…でも子供達が…でも…でも……でも…っ!)
ナディアが引き金に指をかけ、自身の頭に銃口を向けようとしたその時だった。
――ヒュウゥ~~~~~ガンッ!ガンッ!ガンッ!!
何処からか空を裂くような音が聞こえてくると同時に、ゾンビの軍勢の真ん中あたりに空から何かが落ちてくると、その数秒後に轟音と共に大爆発を起こし、一瞬にして大量のゾンビを消し飛ばした。
「一体、何が…」
唐突な出来事に全員が愕然としていると、空を覆っていた巨大な雲を、噴射で吹き飛ばしながらスサノオが展開した無人機と共に威厳があるその姿を現した。
生存者全員は、スサノオに目線が釘付けになると同時に、来てくれた希望に全員が静かに胸を熱くしていた。