第2話 スサノオ発進
『現在797号艦は艤装中です。このペースで行けば、11月の中旬こ程で完成致します』
案内ロボは797号艦の現状を伝えながら、真希の隣に移動してきた。
「…なら、俺は3ヶ月間ここに潜伏するということ…?」
『はい。ですがご安心ください。ここにはゾンビは居ませんし、工場都市、宙艦造船所、秘匿船渠の順でバリケード及び警備ロボを配置し、防御ラインを形成しております。小規模程度のゾンビの群れならば、撃退することが可能です』
「そうか…それなら安全か…態々ありがとう」
『滅相もございません。英明様が認めたお方です。守るために最善を尽くすのは当たり前です』
「…鉄谷さんをこの手で殺したとしてもか?」
『勿論です。ステラからの情報共有で、貴方様が英明様から頼まれて殺ったと星命重工に所属する全てのロボが知っております。そして、全員が貴方様を恨んでおりません。もし恨んでしまうと、それは我々を救って頂いた英明様の恩を仇で返してしまいます』
「……なら、俺も恩を全力で返さないとな」
『そうですね。共に返していきましょう』
艤装作業を見届けながら、1人と1機は共に英明からの恩を返すと誓った。
『そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私は英明様の秘書をやっておりました自立型ロボの『オルタ』と申します』
「山明真希だ。これからよろしく頼む」
『はい。よろしくお願いします』
自己紹介を済ませ、真希は人間の普通の手で、オルタは機械の手で握手を交わす。
『それでは次に行きましょう。オルタ、後は頼みます』
『お任せ下さい』
『それでは、私の指示通りに動いてください』
「分かった。オルタ、色々とありがとう」
『そう言ってもらえて光栄です』
オルタに礼を言った後、真希は部屋を出てステラの指示通り従って施設内を移動する。
『これより貴方には、宇宙艦について学んだり、操作トレーニングを行ってもらいます。幾ら自動操作ができるとはいえ、緊急時は人に操作してもらわなければなりません』
「……一応操作できるぞ? こう見えて、連邦軍の新兵だったし、うちの家系軍人の家系だったから、そういうのは詳しいぞ?」
『えっ…』
真希からの回答が予想外だったのか、ステラは驚いたようで、声を漏らす。
「でもまぁ、腕が訛っているのは確かだな。ゾンビパンデミック以降、太陽系内航行すらやってなかったから、丁度いい」
『では、初心者ではないので、中級者トレーニングからやって行きましょう。それがクリアできれば、トレーニングのレベルを上げていきます』
「分かった。それで頼む」
廊下を歩きながら会話をした真希とステラは、そのまま施設内にある星命重工製の訓練用仮想空間内宇宙船を使うため、専用のトレーニング室へと向かった。
そして、797号艦の艤装が終わる3ヶ月間、真希はステラ指導の元、宇宙船や航宙機、航宙艇などの操舵練習、身体造りの筋トレ、宇宙空間内部での活動練習などを行うことになる。
〇
真希が呉にやって来てから約3ヶ月後。797号艦が武装の搭載している中、真希はオルタに連れられて、船渠に隣接している軍需工場区画にやって来ていた。
『忙しい中申し訳ございません。どうしても真希様に判断して頂く必要がありまして…』
そう言って、オルタが真希を連れてきたのは1つの巨大な倉庫だった。
「航宙機倉庫…?」
倉庫の壁に立てかけられている札に掲げられている文字を見た真希は、呟きながらオルタが開けた大きな扉から、中へと入る。
「…これ、全部…航宙機?」
中に入ると、倉庫内には完成した宇宙専用の航空機が大量に並んでいた。
『はい。手前にありますのが、星命重工製の80式空間遠隔戦闘攻撃機『烈風』、奥にありますのが84式空間遠隔迎撃機『雷電』です。本日はこれらの航宙機を797号艦に搭載するかどうかの相談のため、ここまでお連れしたのです』
オルタは倉庫内にある電気を付け、中にある航宙機を照明で明るく照らした。
80式空間遠隔戦闘攻撃機『烈風』。米企業『スタージェット』と星命重工が共同開発した無人戦闘攻撃機であり、スタージェットでは『ファントムV』、星命重工では『烈風』と呼ばれている。そして、84式空間遠隔迎撃機『雷電』。星命重工が開発した無人迎撃機である。以下に2機の諸元。
80式空間遠隔戦闘攻撃機『烈風』
全長…10m
機関…核パルスエンジン《SSJ-82》
主兵装20mm電磁機銃2門
84式空間遠隔迎撃機『雷電』
全長…9.2m
機関…核パルスエンジン《カ型12号》
主兵装20mm電磁機銃2門
「…積んでいいのか?」
『はい。このままこの薄暗い場所でホコリを被るよりマシだと思いますし、彼らも一度も飛ばずに朽ちるより、飛んで破壊される方がマシだと思っていることでしょう』
「そうか…じゃあ、積めるだけ積んでくれ」
『かしこまりました。ではその通りに手配致します』
烈風と雷電の搭載することを決め、真希はそのまま倉庫を出た。
「…ん?」
ふと近場にある別の倉庫に目が行った真希は、倉庫の扉を閉めているオルタを置いて、気になった倉庫へと向かう。
「鍵は…空いてるな…」
鍵がかかっていないことを確認すると、真希は少し重たい倉庫の扉を開けた。
倉庫の中は窓が一切ないため真っ暗で、真希は扉から入ってくる光を元に明かりを付ける場所を探した。
「レバータイプ…相当前から使われている倉庫か」
明かりを付けれそうなレバーを見つけた真希は、少し錆び付いているレバーを下ろした。すると、音を立てて倉庫の奥から光が灯され、真希の目の前に銀色の大きなデルタ翼機があった。
『ここに居ましたか』
「オルタ…これは一体…」
航宙機倉庫の扉を閉めてきたオルタに真希はデルタ翼機を指さしながら質問をした。
『98式試製汎用型探査艇セテ92。797号艦やその同型艦に搭載するために開発されていた陸海空宙オールラウンダーの探査機です。しかし、ゾンビパンデミック発生により計画は中止、唯一作られたのがその試作機のみです』
埃をかぶっているセテ92について、オルタは真希に簡潔に話す。以下に諸元。
98式試製汎用型探査艇セテ92
全長…38.8m
人員…最大6名
主機…質量動力エンジン
補機…核融合式タービン:1基
《武装》
7.5cm連装粒子高角機関砲:1基
20mm電磁機銃:2基
「……これ使える…? 折角なら乗せたいんだけど…」
『了解致しました。ほぼ完成状態ですので、少し点検すれば動かすことができると思います』
少し考えた後に真希は、オルタに搭載できるかどうか聞き、オルタは可能だと話す。
「ありがとう。それじゃあ、797号艦に……」
『どうされましたか?』
真希が喋るのをやめ考え始めたため、オルタは不思議そうに尋ねた。
「いや、797号艦にちゃんとした名前を上げたいと思って…」
『グットアイデアです。是非考えてあげてください!』
「う~ん…」
顎に手を当て真希は暫く脳を回転させ考える。
「……よし、日本神話の英雄神須佐之男命から、空間機動戦艦スサノオっていうのはどうだ?」
『スサノオ…それは何故ですか…?』
真希が考えついた新造艦の艦名の意味を気になったステラが尋ねた。
「俺はあの船で、鉄谷さんのように色んな人を助けたいと思っている。だから船の名前を、勇ましくそして英雄らしさを関している物にしたいと考えてな。だからスサノオにしたんだ。ついでに、セテ92の名前は八咫烏なんてどうだ?」
『私はよろしいかと…オルタはどう思います…?』
『……はい。私もそれで良いと思いますよ。では、797号艦はスサノオ、セテ92は八咫烏と、それぞれ登録しておきます』
「ああ頼む。それじゃあ、俺は日課のトレーニングに行ってくる」
『畏まりました。後はお任せください…」
オルタの妙な間に真希は少し気になりつつ、後をオルタに任せてトレーニング室へと向かって行った。
〇
あれから三日後、真希はオルタから奇妙な報告を聞いていた。
「ゾンビ群の大移動…?」
『はい。八咫烏の再試験航行テスト中に、発見したとのことです。現在ゾンビ群は、兵庫県南部の海岸沿いに沿って進行中。速度は極めて遅いですが…このままですと一週間後にはここを通過します』
「……」
ゾンビの偶然とは言いにくい行動に、真希はとある可能性を思いついたが、情報不足ということもあり、心の内で否定し行動に出ることにした。
「ゾンビがここに来る前に、出港するか…進捗状況はどう?」
『現在、スサノオ完成度は99.8%…出港に問題はありません』
「よし、それじゃあ出港準備を始めてくれ。どれくらい掛かる…?」
『出港準備となりますと、艦載機の搭載、資材物資及び食料の集積搬入となりますと…最速で一週間くらいだと思われます』
「分かった。悪いけどすぐに始めてくれ」
『畏まりました』
嫌な予感を感じた真希は、スサノオの出港を早めることにした。
それから更に一週間の時が流れる。その間スサノオの出港準備は順調に進み、またゾンビの群勢も順調に呉に迫って来ていた。そして、2998年11月20日。午前6時前。空は雲一つない快晴で、少しずつ夜が明けかけていた。
「ステラ。出港状況はどうだ?」
例の秘匿船渠内を見れる部屋から、スサノオを見ながら真希はステラに質問をした。
『現在、進捗状況は82.4%ですが、出撃は一応可能とのことです』
「そうか…そう言えば、オルタの姿が昨日から見当たらないけど? 何かあったの?」
ふとオルタのことが気になり、そのことをステラに聞くとステラは、
『オルタは現在、貴方様のサポートをしたいということで、ボディを捨てスサノオの艦運行管理AIにデータを移行ました。そして現在は、スサノオの仕組みについて解析中です』
当たり前のことかのようなトーンで話し、真希は勿論、
「へぁっ!?」
変な声を出して驚いた。
「…なんでそこまで…」
『それはオルタ自身お聞きください』
「あっはい」
そんな会話をしていると、施設内に緊急事態を知らせるサイレンが鳴り始める。
『…警備ロボから報告。第1防衛ラインにゾンビの郡勢が到達。自動迎撃システムが迎撃を開始したとのことです』
「思ったより早く来たな…スサノオ発進用意!」
『了解。空間機動戦艦スサノオ、発進準備開始します』
危惧されていたゾンビの襲来が来たため、真希は部屋を出てスサノオの艦橋へと向かった。
スサノオの艦橋は艦長席らしき席の前に3人分の席があり、更に艦長席にはスサノオの操縦機が用意されていた。
『ゾンビの一部が第1防衛ラインを突破。第2防衛ラインにて交戦中』
「……オルタ! 機関始動!」
『了解。第七世代型質量動力炉及び、核融合式タービン始動』
艦長席に座った真希は操縦機を握り締め、艦運行管理AIになったオルタに命じて機関を始動させた。オルタは真希の指示通りにスサノオの機関を動かし、スサノオの第7世代大型質量動力炉の三連装フライホイールの回転音が鳴り響く。
「……父さん、行ってくる…!」
オルタがスサノオの出撃用意を進めている中、真希はバックから連邦軍の軍帽を取り出すと、一言掛けてその帽子を深く被った。
『銀河間通信システム、複合型電探90号、全方位式複合電探88号、重力管制システム及び、全システム並びに艦内全機構異常なし。核融合式タービン正常値へ』
『ゾンビ、最終防衛ラインに到達。更に第一防衛ラインは完全に崩壊致しました』
『出撃進捗状況現在89.2%。全作業用ロボに打電。総員スペアボディに意識を移行。ゾンビ到達の時間を稼げ』
スサノオの出撃準備が着々と進む中、ゾンビは想像以上の速度で迫りくる。
『質量動力炉正常値へ…メイン回路接続点火。スサノオ発進準備完了。全作業ロボ、帰投せよ』
ロボ達が時間を稼いでくれたおかげで、スサノオは発進準備を完了させた。
「電磁防壁艦首に集中展開…抜錨、スサノオ発進!!」
門が開くまでの時間を待つことができないと考えた真希は、スサノオの艦首を重点的にバリアを展開させ、垂直に浮かび上がると、メインノズルからプラズマを炎のように勢いよく吹かせ、門を打ち破って船渠から出て行った。そしてスサノオは、その船体を太陽の光で光らせながら、空へと飛び上がり大気圏を突き抜けて宇宙空間へと進み始めた。
「…間一髪だったな」
艦橋の天井にあるモニターで、船渠内の監視カメラの映像を映しながら真希は呟き、それと同時に彼の中にあった憶測が確信へと変わった。
『はい。それで、これからどちらに向かわれる予定ですか?』
「…たった今決まった。最終目的地は、終わりの始まりの地、惑星ライラーだ」
『了解しました。スサノオ艦運用管理AI『オルタ』に伝達。空間機動戦艦スサノオの最終目的地をヨグトース銀河クルウルウ恒星系第1惑星『ライラー』に指定』
『承認致しました。最終目的地を惑星『ライラー』に設定。最適進路を計算……完了致しました。予想到着日は、2999年12月7日予定です』
ステラを通して真希から命令を出されたオルタは、大気圏を突破したスサノオの艦首方向を調整し、最大戦速で地球を背にして離れていく。
「…オルタ、地球を見せてくれ」
『了解致しました』
真希はパネルに離れていく地球の姿を映してもらい、太陽に照らされて青く輝いている母星を席から立ち上がって見つめる。
「俺は必ず帰ってくる…それまでしばしの別れだ。母なる星地球…!」
人類が居なくなった地球に、真希は自分にも言い聞かせるように帰ってくると誓い、地球に向けて敬礼をした。