チュートリアル
大作をクリアし終えた俺は、大きな満足感とどこか心に穴があいたような気持ちとともに、見慣れたゲームストアを覗いていた。
……
ありとあらゆる選択肢を選んで自身の未来を切り拓いていく… これは暇を持て余してしまった、そんなあなた達に贈る第二の人生。
観察者:魔神ヴェルハ=レジスト
……
有名タイトルが並ぶ中、自らを『魔神』などと名乗る無名製作者がリリースした、無名のゲーム。長々とした説明は特になく、さっきの二文と製作者の名前のみ。正直言って胡散臭いそれは、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「タイトルは… ヴェルハの観察帳」
どんなに終わってても、暇つぶしにはなるだろう。購入画面に移り支払いを済ませると、いつもとはUIの違う、ひとつのダイアログが出た。
「以下のテキストを声に出して読み上げてください?」
怪しさを感じながらも一文字一文字読み上げていく。最後の一文字まで読み終えると足元に禍々しい魔法陣が現れた。息が白くなって声が震え出した頃、魔法陣から氷の槍が降って、俺を貫いた。
「第二の人生… ってこういうことだったのか!!」
俺は最期にそう叫んだ。
――――――
薄暗いところで、俺は立っていた。まるで城へと続く石畳のような、そんな地面の上にいた。奥に灯りが点々としているのが見える。灯りを目指して歩いた。
数十段ある階段を上ってやっと、灯りが近くに見えた。普段ならもうへたり込んでいるだろう距離と段数を歩いてきたが、不思議と疲れを感じることはなかった。
玉座。例えるならばそうだろうか。大きな椅子がひとつ、灯りが灯る道の向こうに置いてある。
「ヴェルハの観察帳へようこそ。大峰翼殿」
玉座に近づいたとき、後ろから低い男の声がした。
「お前が、魔神ヴェルハなのか?」
「如何にも。我が『ヴェルハの観察帳』観察者の魔神、ヴェルハ=レジストである。」
魔神と名乗った男は俺が問うと玉座に座って、そう答えた。黒い翼をはためかせて、布の塊を身体に纏って、無駄にかっこつけて。
「一体これはどういうことなんだ! テキストを読んだらなんか死んだんだが!」
「暇を持て余してたのだろう? 異世界で新しい人生を歩むとなったら暇じゃなくなるだろう?」
「異世界転生… ってわけか?」
「人間界の用語で言うならばそれで合っている。ほかに何か訊きたいことはあるか?」
「…」
魔神曰く、あの『ヴェルハの観察帳』が出現する人間には一定の基準が設けられているらしい。暇を持て余して仕方がない俺みたいな奴が基準に引っかかるそうだ。細かい基準は「話したら長くなってしかたがない」とはぐらかされた。だがヴェルハは一つだけ断言した。これまでにこの空間に来た者は俺以外には誰もいないと。
少し考えていると、魔神は俺を見て言い放った。
「まずはキャラクターメイクとやらをするぞ」
「へ?」
「…ゲームには必要不可欠なものだと教わったのだが」
魔神は頭をかしげる。幼女ならかわいかっただろうけど、お前がやったらただの痛い奴だぞ。
そんなことを思いながら魔神を観察していた時、目の前に画面のようなものが出現した。俺を殺したあのダイアログと同じUIのようだ。宝箱、剣、防具、本… いろいろなアイコンが並んでいる。一つ選択してみると、ステータスと表示された。これはメニューのウィンドウだったようだ。
「まるでゲームみたいじゃないか!」
「本当にゲームとやらを作ろうとしてみたのだが、どうもうまくいかなくてな。新しく創った世界にその要素を取り入れてみることにしたのだ… その画面を閉じて、我を見るのだ」
どう閉じるのかよくわからなかったが、なんとなく閉じると念じたら画面が閉じた。言われたとおりに魔神を見ると、メニューのようなものが現れた。
―――
【魔神ヴェルハ】
➝キャラクターメイク
(選択不可)
(選択不可)
(選択不可)
―――
「メニューみたいなのが現れたのだが」
「ああ。その中にあるキャラクターメイクを開くのだ」
キャラクターメイクに視線を合わせると、ダイアログが出現した。
―――
【キャラクターメイク】
キャラクターメイクを開始しますか?
➝はい
いいえ
『キャラクターメイクを開始します』
―――
はいを選択すると、ヴェルハが何かを話し出した。俺が読まされた自爆魔法と似たような感じがする。
「――、かの者に新たな視点を」
【サクリファイス・クリエイト】
視界が暗転した。やけに身体が軽く感じる。やがて暗転していた視界が元に戻り、俺は何が起こったのかを理解した。
「幽体離脱~、なんちゃって」
ヴェルハが呟くと、視界にはひとつのウィンドウと、見覚えのある一人の男が現れた。
「…俺?」
「正確に言うと『否』だ。これはお主によく似たハリボテだ。ウィンドウをいじって、お主だけのキャラクターを創るのだ」
「へえ…」
ウィンドウの『頭』カテゴリーを選択すると、髪型、鼻、ほくろ… 両手両足では収まりきらないほどのパーツ選択画面に移る。余りに種類が多いが、何故か目と耳をいじるところがない。
「なんで耳とか目は無いんだ?」
「説明しよう」
ヴェルハは、キャラメイクのしかたを教えてくれた。目や耳などの種族によって種類が限定される部分は、種族を選択した後に決めることができるらしい。
「とりあえず、種族一覧を開いてどんなものがあるのか見てみよう…」
人間、獣人、魚人、鳥人… なんか多くないか?
いったん『人間』を選択。画面が変化し、人間についての説明が出てきた。
―――
【人間】
一般的な種族。職業補正で色んな戦い方ができるのが特徴。
成長率 小~大 ※ランダム
魔法適正 全属性
―――
「小~大の後の、ランダムってどういうことなんだ?」
「人間という種族選択時に、抽選で選ばれる。要するにガチャだ。魔法適正は種族によってさまざまだ」
「うへえ… なんか闇を見た気分…」
他の種族も見てみよう。種族によって成長率や魔法適正が変わるらしいからな。全部見てから決めよう。
かなりの時間が経って、やっと全部を見終えた。わからないものがあったときにすぐヴェルハに尋ねていたため、非常に時間がかかってしまった。
「どの種族にするかは決まったか?」
「ああ。俺は… これにする!」
―――
【魔族】
戦争によって消滅した種族。固有魔法と一般魔法を使いこなす、魔法のエキスパート。
成長率(物理) 極小
成長率(魔法) 大
魔法適正 光属性以外
【魔族】に決定しますか?
➝はい
いいえ
『種族が【魔族】に決定されました』
―――
「ふむ。キャラクターメイクが終わったらまた呼ぶがよい」
なんとなくヴェルハが満足そうだ。まあ魔神、だもんなこいつ。なんか此奴が先輩みたいになってしまった。
目と耳が開放されているのを確認して、キャラメイクをした。
キャラメイクを終了しますか、のダイアログではいを押して、俺はヴェルハのいる玉座のほうを向いたが、あの大男は居なかった。玉座には布の塊を纏った大男ではなく、ボンキュッボンの布量が少ないお姉さんがあくびをして座っていた。
「ヴェルハはどこに行ったんだ? それと貴女は?」
「ああ、我が魔神ヴェルハだ。余りに長いから暇つぶしをしていた」
「そうか… ってお前がヴェルハだったのか! キャラメイクは終わったぞ」
「どうなったんだ? ってフフッ… そうか。では転生の儀を行う。こちらへ来い」
おい今お前笑ったな!?
転生の儀… 本当に俺、異世界転生するのか。というか俺あんな衣装で生きていくの? 成人男性がドヤって着てたら絶対厨二だと思われるんだけど…
まあ服くらい着替えられるだろう! ゲームの立ち絵じゃないんだし。
―――
【魔神ヴェルハ】
(キャラクターメイクは完了しました)
(選択不可)
(選択不可)
➝転生の儀
―――
自動でヴェルハのメニューが出現し、転生の儀が選択された。ヴェルハは大男に戻ると玉座を立ち、俺の胸に手を当てた。魔法陣がヴェルハの手元に現れて光を発する。
「固有魔法【魔法創造】をお主に授ける… これは使い方によってはお主を助け、使い方によってはお主を呪うだろう」
―――
『固有魔法【クオリア】を習得しました』
【転生の儀】
以下のテキストを声を出して読み上げてください。
かつての身を生贄にして、新しい身体へ転生する。かつては消滅した種族として、経験を積み重ねてゆく。これは我の願いにして、世界の願い。覆すことのできないその全ての名は、【ライフチェンジ・リバース】
―――
見覚えのあるダイアログが、また俺に詠唱しろと言ってくる。
忌々しい光。俺を一回殺した光。それとはまた違うひとつの光が空間を包み込む。
「第二の人生、楽しんでこいよ」
「もちろんだ! 後お前さっき笑ったの気づいてるからな!!」
「バレたか」
てへって顔をするヴェルハは俺に手を振った。光が強くなってきた。
余りの眩しさに、俺は目を手で覆って目を閉じる。
再び目を開けたときには、あの石畳も、灯りも、魔神もいない、のどかそうな丘陵の上で俺は立っていた。
―――
『チュートリアルをクリアしました』
『各種機能が開放されました。メニューで詳細を確認できます』
『ログインボーナスを受け取りました。アイテムウィンドウにて確認できます』
『称号を手に入れました:第一魔族』
―――
けたたましいメッセージウィンドウたちと一緒に。
キャラ紹介 +おまけ
『大峰 翼』(オオミネ ツバサ)
主人公。生きるがままに生きていたらニートになっていた。
ゲームを漁ってはプレイし、クリアしたらまたゲームを漁る日々を送っていたところ、見つけた謎のゲーム『ヴェルハの観察帳』のダイアログを読み上げたことによって魔法が発動し、無惨な死を遂げることになった。死んだ先で出会った魔神ヴェルハが作った、『ゲームの要素が入った世界』でかつては消滅した種族である魔族として、二回目の人生を歩むことになる。
『魔神ヴェルハ』(ヴェルハ=レジスト)
男の姿だと布塊を纏う大男、女の姿だと布が少ないボンキュッボンのお姉さんになる、変人。
ゲームを作る才はあまりなかった為、世界にゲームの要素を組み込んだ、暇人。
力の無駄遣いの才だけはある。
―――
【おまけ ヴェルハの観察帳購入時のダイアログ】
以下のテキストを声に出して読み上げてください。
貫き血肉を世界へ捧げる、氷の牢獄。魔神ヴェルハの魔力を媒介にして、わが身を捧げる。これは魔神ヴェルハの願いにして、世界の願い。覆すことのできないそれの名は…
【クリスタル・カルチェレ】
―――
要約
転生させて俺が作った世界に送りつけてやるぜ!! 暇人のお前にはピッタリな末路だな!!! by魔神ヴェルハ=レジスト