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9/11

前日!生徒会総選挙

それは選挙前日の朝のこと。


「瑠布の()四井瑠希( しい るき )です!よろしくどうぞ、先輩っ!」


そう言って明らかにスカートを穿いた後輩は、芥津門と握手した。


「なるほど」


わざわざ保管室に来てくれたものだし、気の利いたことは言えないのでとりあえず頷いてみせた。今ここには芥津門しかいないのが悔やまれる。


「何か探しているのか?」

「いえ。更間先輩が相談を勧めてくれました。あまり多くの人に知られたくはないんです」


なぜ勧めたんだろうか。相談とか得意ではないんだが。


「…他に何か言っていたりしたか?正直得意じゃないんだが…えっと、あまり、助言とかタメになることは言えないぞ」

「あーいいですいいです!かるーく聞いて欲しいだけなので!」


まぁ、軽くなら平気だろうと芥津門は思っていだが、で出しがこのあり様だった。


「元々ぼくはスカートとか好きなんです。でも男子は男子、女子は女子の服を着ないといけないでしょう?女子にはスラックスがありますけど、好きな服を着れないぼくに瑠布は気を遣ってくれたんです」


(多様性の波…これが現代)


「でも、それじゃいけないなと。双子の癖して兄ぶるわけではないですが、ぼくが瑠布が我慢する理由にはなってはいけないなと」


「だから提案しまして、制服を交換…というか瑠布と立場を交換していたんです。結局バレて怒られましたし、喧嘩もしましたし、更によびだしも喰らいましたけど」


なるほどと合点がいった。どうりで、ストラップを探していたときに職員室にいたはずだ。そして、なんて大胆なことをする。それはどんなダイバーシティといえども怒られてしまうだろう。


「それでどうしたんだ」


まだ本題を話している訳ではなさそうなので、芥津門は続きを促す。瑠希はニットカーディガンの裾を指先で持って不安げに言った。


「…ぼくが…というか主に瑠布が…いじめ()()()()で」


嘘ではない。だいぶお茶目みたいだが、嘘はつかないだろう。ストラップもわざわざ拾って届けてくれようとしていたし、良い子のオーラが出てる。


(いじめか、懐かしい)


というかで出しを聞く限り、あり得そうだった。


(本当に私に相談することか?)


正直それこそ更間か、竺宇あたりに相談した方がよっぽど良いと思った。

しかしその更間が自分に話を回してきたのだから、最後まで聞くべきだろうと思い、口を噤む。


「雰囲気、雰囲気なんです!全体的になんか、付け込める弱味を探しているような、からかいたいっていう目線です。まだ害されてはないんですけど…瑠布、今校内ですっごく目立っているから」

「あぁ…」

「休み時間にわらわら寄ってきて、すごい質問してくるし…」


出る杭は打たれる。突出している才能は言わずもがな、目立つ個性もそうだ。

男装女子、女装男子。さぞからかい甲斐があるだろう。それが生徒会長に一年生で立候補しているともなれば、〈調子づいた人〉として見られてしまう。そうやって、クラスの一部で決議を取れたとき、いじめは始まる。


嫌な人が居るものだ。


「演説前にに、何かが起こってしまうかもしれないということか」

「そうです!不安で不安で…でもそれだけなんです!何も起こってないから先生にも相談できなくて」


瑠希は心配事を理解してくれて嬉しかったのか、その場でバネにでも乗ったかのように跳ねる。


「私はあまり、一年生を受け持つ教師を知らない。去年関わった教科担当と担任ぐらいしか分かっていないが…たとえ害があっても、教師への相談はあまり期待しない方がいい」

「どうしてです?」


「私が去年、実際にいじめられていたとき相談しても、取り合ってくれなかったからだ」


「え…?」


芥津門はできるだけ平坦に自分の経験を伝えた。自分でも分かっている変な見た目や、早めに更間や竺宇に相談していたので、2人の力により早期解決ができたが、それがなかったら教師も最後まで何もしなかっただろう。


瑠希は少し顔色が悪くなった。そんな学校だと思っていなかったのだろう。


陽光学校は周囲からの評判がいい高校だ。家柄良く、頭が良く、品行方正な者が入学している、という看板を下げている。

一部例外はあるが、基本そうなる。芥津門も頭と品は良くないが家が一応良いとこだ。


「…まぁ、相手が悪かったというのもある」


加害者の家が大きければ大きいほど、教師は口出しをしなくなる。芥津門のときは理事長の孫だったから、当然の如くダメだった。


「じゃ、じゃあどうすれば!?」

「生徒会長になれば、いじめは受けにくい…と思う。基本多忙だから顔を合わせる機会が減る。それに、更間の後輩が役員をしているから、相当勇気のある人じゃない限り、ちょっかいを出さない」

「あ!なんかお家柄が良い人たちなんですか!?」

「いや、ゴリゴリの体育会系だからだ。正義感溢れる筋肉が会長を守るだろう」


更間は役員の選定をしっかりと行っていた印象がある。本人がスポーツマンなため多少人員は偏っているが、筋肉以外も居る。実害のない今、睨みを効かせたところで、さらにからかいの要素を増やすだけ。よって彼らの力に頼れるのは、会長になってからだ。近くにおり、ある程度の関わりがあるというのが大きい。その状況がいじめの抑制になる。


一見するととても怖いが、全員が賢く優しい。更間の方針もあり、いじめは絶対に許さないだろう。


「去年更間が言っていたんだ。『いじめのない学校を作ることができてなくてごめん』って。たかが生徒会長が言っていたんだ」


そんなことが言える人の後任。


「私も責任のある席だというのは良く知っている。その候補がちょっかいをかけられるなんて、たまったもんじゃない。協力する」

「ありがとうございます!明日、瑠布の周囲を見張ってて下さい!」


瑠希は満面の笑みで芥津門の手を握った。あまりの勢いに芥津門も握り返したが、彼が元気よく去った後からじわじわと疑問が出てきた。


「何で前日の相談なんだ…?」


◾️


『瑠布の大事な日に風邪を引くなんて!ぼかぁなんて弱い人間なんだ!!』

「思い止まって良かったぞ」


この日は生徒会総選挙。双子としてはこんな日に家にいるだなんて悔しいだろうが、40℃の熱はあるのでじっとしてて欲しい。最初行こうとしていたみたいだが、母親に止められたようだった。


「私は瑠布の周囲を見ていればいいんだな?」

『お願いします!』

「お大事に」


『あ!瑠布———!』


彼らは羽野と交流を持ち始めたようで、芥津門の連絡先も漏れていた。いつもより少し遅く来たが学校に人はまだ少ない。廊下で鼻声で滑舌の甘くなった瑠布と電話をした。本当に具合が悪いようなのですぐに電話を切り、三年生のクラスへ向かっていた。


「あ、椎ちゃん!おはよう!」

「更間…!いよいよだな」

「テスト勉強の調子はどう?」


生徒会総選挙当日。実は期末テストの最終日でもある。一時限、二時限、三時限とテストをし四限目に選挙をやるのだ。

もちろん、芥津門はテストよりも選挙の方に関心がある。


朝、芥津門は用があって更間のクラスまで訪ねていた。彼女は朝早くに来ているため、教室は他に誰もいない。美術室に篭っているであろう、竺宇の荷物のみ辛うじて置いてあるぐらいで、がらんとしている。


更間は朝のルーティンとばりに教室内の掃除をしていた。


「テストとか、そういうのはいいんだ」

「よくないよー」

「でも今回は自信がある。教えてくれる人が増えたからな」


最初は羽野に頼り切りだったが、野浦や凉名と関わることが増え、彼女達にも教えを乞うことができるようになった。本当に助かっている。毎回羽野だけに頼るのは気が引けていたところだった。


なお、更間と竺宇は頭はいいが教えるのは下手なので勉強面で頼るという選択肢はない。


「ね、椎ちゃん。学校楽しい?」


突然、そんなことを聞かれた。あまりにも急な質問だったので、芥津門は戸惑う。しかし答えはひとつだけだ。戸惑いはしたが、答えるまでにそう時間はかからない。


「うん。楽しくなってきた」

「良かった」


更間も芥津門と同じように微笑み、頷いた。どうやらこの答えに満足したようだ。


どうやらこれ以外に向こうが聞く事はないらしい。芥津門は昨日から疑問に思っていたことを、更間の聞いてみることにした。


「更間は何で瑠希が前日にこの相談をしようとしたのか聞いたか?邪魔されないようにっていうなら、準備期間が一番危ないと思うんだが」

「あ、それはね簡単だよ!」


「彼女、基本冷静だけど、ちょっと緊張しいなんだよね。当日なんか起きたら、多分大慌てしちゃう。冷静にカバーできる人はちょっとでも多いほうが良いでしょ?」


人の緊張なんてどうにもならない。更間の考えに芥津門は頷いた。


「それに害が及ぶとすれば、本人にじゃなくて“もの”に対してだから」


なぜだとも思ったが、想像してみれば簡単だろう。いじめの始まりは大体ものへの干渉から始まる。隠す、汚す、壊すでこの学校ならとくに誤魔化しの効きやすい分野になる。


「まだ、本人達になら良かったかもね。彼女達は柔道の選手で、強いから。自己防衛できるし」


更間はスポーツの方面でなお馳せる人だから、その彼女が言うなら本当に強いのだろう。なぜ一年生である瑠布が生徒会長へ立候補したのか、少し気になっていたが、もしかしたら更間に憧れを抱いているのかも知れなかった。


「実はね、前に椎ちゃん達に原稿用紙拾ってもらったじゃん?あれ、捨てられたんだ」

「瑠希はまだいじめられてないって…」


更間は静かに顔を横に振る。


「…先生はやっぱり動かないみたい。私一回、叱ってみたんだけど、効果ないね。あれ」


“叱ってみた”だなんてマイルドな表現を使っているが、絶対に激辛だろう。怒った更間が怖いことは良く知っている。


「加害者は一年生か?」

「うん。…言っちゃ悪いんだろうけどし、私の言えることでもないんだけど———」

「だけど?」


その先の言葉をドキドキ想像しながらも、厄介な言葉が続かないように祈っていた。

芥津門は神妙な顔持ちで話を聞く。


「あの子ら、端的に()()()()()()()()。話が本当に通じない。私あんな人達初めて見たよ…!」


なるほど最悪だ。シンプルに災厄だ。


「じくっちのことを最初、芸術家過ぎてよく分かんない宇宙人っぽいなーって思ってたけど違う!!私の見識が浅かった!」

「そ、そうか…」

「私が『一年のうちにそんなことしてちゃ、進路にどう響くか分からないよ』って優しい事言ったのに!?あーの子ら『大丈夫ですよ』って言ったの!」


更間は勢いよく机に突っ伏した。大きな音を立てて、長い机の上でボールペンが転がる。


「大丈夫じゃないから言ってんのよ!!」


(確かに会話が噛み合ってないな)


「いやーよくない。本当によろしくないよ…」


更間は珍しく弱気だった。しかし芥津門にできることは少ない。

今日だって、励ましを贈るためというより、自分の役目を果たすために会いにきただけに過ぎない。


「更間、私はこれを届けにクラスまできたんだ」


芥津門が手渡したのは硬いカードの、少しぎこちない証明写真が載った———


「…学生証、いつの間に。ありがと」


「私は更間達みたいに、事前に防ぐことなんてできないが、探しものならまた別だ。何かを失くしても、私は届けに行くよ」

「良かった。瑠布のものが失くなっていたら見つけてあげてね。椎ちゃんにしかできないからさ」


◾️


「うわあああああぁぁぁ!!!!」


四井瑠布は走っていた。彼女らしくもない大声を出しながら、もう一限のチャイムが鳴るところだと言うのに未だ通学路にいる。


全力で走る彼女の後ろには犬がいた。走っていた。


柴犬は笑ったように口を開きながら、目の前で怯えながら逃げる人間で遊んでいた。


「あああああああ!!」


流布は動物が大の苦手だ。


(…今日に限って遅れるとか信じられない…!流布も居ないのに!)


全力で走っている上に叫んでいるが、流布は息切れするそぶりを見せなかった。これならば一限目に少し起きれる程度で、クラスへ乗り込めるだろう。


目の前には十字路。瑠布の視界にはその先の陽光学校の本校舎が映っていた。


ただただ急ぐことに必死で、十字路で人にぶつかるとか、寝坊して確認が甘くなった開いているカバンの口から、原稿が飛び出すとか考えていなかった。


「きゃあ!」

「おう!?」


同じく急いでいた男子生徒にぶつかった。

()()()()は激しく舞うが、風が無いことが幸いして転んだ二人の間に散乱するだけだった。


「やべーごめんごめん〜。大丈夫そ?」


正面に居た男子生徒は、慌てて紙を集めた。模範的な着こなし———男子生徒の制服だが———をしてる瑠布と比べて、どう考えても外れた制服の着方をしていた。


「あ、てかポスターの人じゃん。生徒会長になりたい人が遅刻しててウケる」


黒髪の生徒は瑠布を指差した。実際その通りだ。

苦手なタイプの人のようなので、瑠布も謝罪をした後急いで紙を集め始めた。


本当に急いでいた。

遅刻したことにもそうだが、生徒会長に、あの更間のあとを継ごうとしているのにこんなことになっている。


「ま、そんな日も———」


たかが犬に怯えて、ままある兄の体調不良に動揺してしまっていた。疲れてなんていないが、自分の情けなさに悔しくなった。


「あれ…体調悪いん?」

「大丈夫です」


クラクラとする頭に歯軋りして、原稿用紙をまとめてカバンの中に入れた。


「…失礼します」

「え、あちょっと!」


(急がなきゃ…)


瑠布は全力で走る。人より運動能力の良い彼女に追いつける人は居ない。


「いやいやそれ、俺の原稿用紙!」


古戊留のこの声も聞こえない。


「俺の作文持ってってどーすんだ!!」

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