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転々!ストラップ(下:前編)

(いや、待てよ)

竺宇は保管室に向かおうとした足を止めた。

(鞄の中にスマホがあるかもしれない)

竺宇は昔馴染みたちから、何か行動を起こすときは必ず連絡するように言われている。昔連絡をしなかったことで相手をかなり困らせたことがあるからだ。

もうすでに保管室の代理管理者として連絡なしにその業務を放棄してしまっているが、できるのであればしたほうがいい。

鞄は教室にあった。

(まず先にそっちだな…幸い遠くない)

今は本館一階職員室。二階が三年の教室がある階だ。階段を登ればすぐに着く。


善は急げで竺宇が自分の教室の前に着くと、後ろから聞き慣れた声に話しかけられた。

「部長!」

「ん?」

声をかけてきたのは美術部員の二年生だった。

走っていたのか息があがっている。彼の体力がそこまで尽きている原因は、抱えている布の被ったキャンバスにもあるだろう。

「あー、すいません、急にお声がけして…。実は今日中に聞いておきたいことがあって」

眼鏡の位置を直して本題に入る。竺宇と交流のある人物なので、彼があまり相槌を打たないことを知っていた。

「この絵のことなんですけど、アドバイスを貰いたくて———」

最近竺宇は自分の作品にかかりきりだ。部活中も自分の部屋に引き篭もっている。本人がどう思うかはともかく、後輩は先輩の制作をアドバイスを貰うために中断する勇気はなかった。だからこうして探していた。竺宇もそれをわかっていたから止めない。


竺宇は意外と後輩思いだ。ひとまず、絵に集中するためにも手に持っていたうさぎのストラップを窓際に置いておいた。

「ここの———」

「…これは———」

二人とも絵が好きだ。描くのも見るのも。

思わず熱中してしまう。癖で足取りは美術室の方へ向かう。そこには道具も資料も大量にあって、言葉で表現するのが苦手な竺宇にとって、廊下よりもそこは教えるのに向いている。


窓際に放置されたストラップは、拾い主がどんどん離れているのを見ていた。


だが幸いにも新たな拾い主が見つかりそうだった。

黒髪のバチバチピアスの二年生の男子生徒が、ストラップを手に取って廊下の向こうにいる竺宇に声をかけていた。

無論、竺宇は気付かない。


◾️


「む」

スマホの着信だ。今度は電話ではなく、チャットの方。相手は竺宇だった。


『保管室に戻る。落としものを持っている』


一五分前まで持っていた、うさぎのストラップの写真も一緒に送られてきた。

「やっと見つかったか…」

「大変だった…」

「にしてもラッキー。よくすれ違わなかったな」

「そうだな。一体どこにあったんだろうか」

ストラップを失くしてから、職員室前で芥津門は羽野と合流し失くしたものを探しつつ、とある人物達に道案内をしていた。


「先輩方、ここまで案内してくれてありがとうございます」

「助かりました!この学校の建築デザイナーにクレーム出したいですよ、ホント」


一年の双子だ。片方は男子生徒の制服、もう片方は女子生徒の制服を着ている。制服の違いがなければ見分けがつかないほど顔がそっくりだった。

「はぁ、にしても先生に見つかるなんて」

「職員室前だからな。遭遇もするだろう」

女の片割れは少しオーバーリアクションで、頭を抱えた。双子は職員室に来たはいいが、先生に説教されて、知らない出口から出てきてしまったらしい。

「職員室に出入り口がいくつかあると分かりにくいよなぁ」

羽野もしみじみと思う。きっと経験があるのだろう。芥津門もある。新入生の恒例イベントだ。

「ストラップもどこかに失くしちゃったしな…」

男の片割れは辟易した表情でそんなことを言う。

「え?今なんて」

羽野は耳を疑った。

「あぁ、自分たち、うさぎのストラップを持ってたんです。誰かのやつを拾って、職員室前のボックスに届けようかと。決して怒られに来たわけじゃないですよ」

「そ、それって、結構くたびれたやつか?大きめの?」

「そうですよ。もしかして持っていたり…!?」

「いや、失くした」

「わお」

「で、今さっき見つかった」

芥津門はチャット上の写真を見せる。

「これです。自分達が持っていたのは」

「ん〜、ホントだ!」

「世間は狭いな」

まさかストラップを拾っていた人に会うとは思わなかった。それは双子も思っていたようで、この偶然に喜び、ニコニコしている。

「つ、釣られる…」

あまりに眩しい笑みなので、芥津門の口角も徐々に上がっていった。

「いやぁ、先輩方!なんだか運命あたりを感じちゃいます!」

「まさか物が数人の手に渡るなんて、そして出会うなんて…」

比較的冷静かと思われた男の片割れも少し興奮気味だった。普通そこまで興奮するだろうか。

(占いとか好きそうだな。タロットカードを学んでいそうだ)

偏見である。

「でも、この学校だしな。二人二人に渡ることだってあるんじゃ…」

「うん。前にも何度かあったぞ」

羽野は少々批判的だった。実際、芥津門もそういった経験が過去に何度かあるので、珍しいがないことはない事例になる。

だが、そんな態度もすぐに改めざるを得なくなった。


「そうだな〜狭いな〜」

双子の他にもう一人、スマホの画面を覗いていた。

「これ俺も一回拾ったわ」

ヤンキー風味の感じる男子生徒は、朗らかな笑顔を見せた。

「久しぶりじゃん。芥津門サン」

「古戊留…?」

確かに久しぶりだった。当然だが、こけしの一件から会っていない。

「疎!?」

芥津門よりも定期的に会うであろう羽野が驚く。

「よー。二人がいたから話かけちった。で、なんの話してたん?」

芥津門は思案する。古戊留と何やらわだかまりが残る羽野に会話を任せていいものかと。だが、古戊留は羽野に話しかけていた。ここで芥津門が出張るのも違うだろう。

(どうしようか)

羽野も何か悩んでいるようだった。普段なら普通に応答できるだろうが、独白した後急に遭遇したために、その普段をまだ取り戻せていなかった。合流して道案内をしている時もずっと考えていたのだろう。

(私が答えていいのか?)

ちらりと羽野を見る。駄目そうだったら助け舟を出そうかと思ったが、言葉を出そうと口を開いているところだった。

なら邪魔はいけない。

(羽野に任せてよう)

「あー…これ拾ったってのは本当か?」

「ホント」

「用事ある?」

「さっき終わったとこ」

(喋ってる…)

当然喋るだろう。

ぎこちなさに芥津門がハラハラしていた。きっと古戊留も変な空気感に気付いているだろうから、2人のうちどちらかが動けば解決しそうなものではあった。

「双子はどうだ?」

「用事ありません!」

心なしかワクワクしているようだ。

(好奇心旺盛。…部活に勧誘したら入ってくれないかな)

別に部活の設立を諦めたわけではないので、勧誘の算段をつけていた。

「芥津門」

羽野が一応許可を取るために声をかける。

「保管室に呼べば良い」

許可を取る必要なんてないが、真面目な羽野はついしてしまうのだろうと思い許可を出した。

「て、ことで。忘れもの保管室に集まってもらっても良い?」

「いいよー」

「はい」

予想通りの快諾だ。


正直、忘れもの洞察部としての芥津門の役目はもう終わっている。


うさぎのストラップがなくなった原因はボールチェーンが壊れていたこと。

あとは全て“この学園の妖精”だろう。


これ以上はわからないので意味がない。

だが疑問はある。

「———みんないつ拾ったんだろうな?」

双子に負けず劣らずの好奇心がある羽野は、ここにいる全員が思っていることを言った。

竺宇、羽野、双子、古戊留。朝から放課後までに4人の手に渡っていた。芥津門でも中々ここまで渡り歩くストラップは見たことがない。

ここまで人が揃っているのであれば、時系列を整理するのもまた一興だろう。スマホで時間を確認すると、今は六時を過ぎたあたり。


もう少しだけ暇つぶしをしよう。

芥津門は念の為、野浦に今の状況を伝えておいた。


◾️


「…僕が思っていたよりも随分人が多い」

芥津門、羽野、古戊留、双子は保管室へ集まった。総勢六人。この部屋にそこまで人が集まることは初めてなので、芥津門は少しソワソワしていた。

「ここにいる私を除く人は全員、そのストラップを拾ったそうだ。そしてもう一人増える」

『えへ、どうもー。今回の依頼主的な野浦です!』

芥津門は机の上にスマホを立てかけた。そこに映っているのは、和風な部屋にいる野浦だった。制服ではなく目が痛くなるビビットなジャージを着ている。

「もうスマホ触れないって話聞いたんだが?」

『それがねー羽野、急に親がお世話になってる書道家の先生が訪ねに来て、接待するために今外出してんの』

「なるほど。鬼の居ぬ間に…ってことか」

『椎ちゃんからいろいろあったって感じのこと聞いたから、よくわかんなかったし気になるし、直接聞こうかと思ってね。それでビデオ通話だよ』

野浦はじっと画面の向こうを見た。こちらも人数の多さに少々戸惑っているようだ。

『…聞いてはいたけど多いなぁ』

「初めまして、野浦先輩?」

『あ、二人が後輩ツインズだね!。顔そっくりでかわい〜。お名前は?』

「わたしは———」

(男の方一人称“わたし”なのか)

「ちょっと待って!ぼくらの名前はまだ秘密で、ね!」

そう言って片割れの口を手で思いっきり押さえる。もごもごと何か言っているようだが、無視していた。とても力強い。

(女の方は“ぼく”か…)

こんがらがりそうだった。

『秘密なの?』

「えへ、近々わかりますよ!」

双子には何か特別な予定があるようだった。ほとんどが疑問を浮かべていたが、唯一竺宇だけ少し反応していた。だがその場は深く触れずにそのまま流す。


「そうか。じゃあ本題に入ろう。前提としてこのうさぎのストラップはこの竺宇が朝に失くしたものだ」

机の上に横になっているうさぎを指さして、芥津門は話を切り出した。

「竺宇楼斗だ。初めまして」

すんとした顔でそう挨拶した。壇上で賞状を受け取る時と同じ無表情だ。

しかし、表情ではわからないが彼は今、かなり落ち込んでいる。

なるべく騒ぎにならないように動いていたはずなのに、ここまでの人数が関わることになってしまったのは竺宇が原因だ。責任感はあるため落ち込んでいる。追加で連絡した後に、芥津門と生徒会長にため息を吐かれたというのも原因の一部ではあるが。

「三年A組の机の上に置かれていたのを、ここに届けようとしたが忘れてしまった」

「朝の話らしい」

芥津門が補足をする。

「まずは双子、二人はいつ拾ったんだ?」

それには男の片割れが答えてくれた。基本的には説明系が彼の役割なんだろう。

「お昼です。廊下で拾いました。場所は…すいません。ちょっと地理を把握できてなくて」

「あ、でも渡り廊下の近くでした!ちょっと長めです」

女の片割れが補足情報をくれた歩いていたのは。窓も扉もない廊下だったらしい。曲がり角を曲がると渡り廊下があったそうだ。

「渡り廊下?」

「あぁ、そういえばそうでした。…校舎の窓からちょっと体育館も見えましたよ。何かの建物の影に隠れてましたけど」

頭を軽く押さえて、その時の風景を思い出すように答える。

『体育館と長い渡り廊下の近く…第三校舎かな』

野浦はそう結論づけたが、竺宇が口を開く。

「言っているのはセンターだろう」

『センターなんて場所ありましたっけ?』

「本館と第二校舎の辺り廊下の途中に道がある。一階が図書室だ」

『あぁ!』

野浦は納得した。確かにそこに図書室がある。その上体育館との対角線上に食堂と寮があったはずなので、窓から見た体育館は一部分だけ見える形になるだろう。

「渡り廊下は長いから廊下と勘違いしている。…紙に書いたほうがいい」

なんだかんだ竺宇は三年生なので学校の地理は他よりも把握できている。ズボンのポケットから白い紙とペンを取り出して、サラサラと書き出した。上着から定規を取り出して綺麗に描いていく。

「…渡り廊下やっぱり長いな」

「それ」

やはり第二校舎と本館の渡り廊下だけ異常な長さだ。

「ヤバい構造ですね。デザイナーは学校使ったことないんでしょうか」

正式な校内マップも存在しないので、一年生は初めてみる校舎全体だろう。といっても、グラウンドあたりは省かれて、あくまでも今回必要そうな建物しか描かれていなかった。私立らしく広大な土地面積だということがよくわかる。

「元々、どこに行こうとしてたんだ?」

「校内を探検していたので、特にこれといった目標はありませんでした。ぐるっと一周してみようかと。本当はすぐに落としものボックス…?に届けようとしたんですけど、色々あって忘れちゃってて。結局放課後に」

「そうですよ!職員室のボックスに届けようとしたら先生に捕まっちゃって!」

「そこ後に私たちと会ったんだな」

芥津門は2人が職員室前で迷っていた時の姿を思い出す。手にはストラップなんて持っていなかった。

「気づいたときにはストラップをなくしてましたね…」

双子が落としたところを思い出そうとしているが、難しいようだった。


「双子が拾ったのは昼頃って言ってたよな。でも先輩が落としてるのは朝だろ?その間は誰か拾ってないか?」

羽野の言葉に全員周りを見渡すが、誰も拾っていないようだった。

「俺は放課後に拾ったよ。といってもけっこう…4時半とか、そのあたり。三年の階の窓際にあった」

古戊留がメモ上の本校舎をトントンと叩く。叩いているのは第二校舎へと続く渡り廊下の近くで、三年の教室の階であるならそこは三年A組の前になる。

『4時半かぁ、アタシが保管室にいる時ぐらいかな。時計あんまり見てないからわかんないけど』

「拾ったあと、美術室に届けた。これ見つけたときにちょうど竺宇センパイがいたからさ〜。センパイのものかな〜って。声かけたんですけどねぇ」

「…」

肝心の竺宇はじっと古戊留を見ていた。

古戊留も竺宇を見つめ返す。

双方無表情なのが不思議な空気感を作り出していた。何か色々考えていたのかやっと口を開く。そして閉じる。

「竺宇、今は証言タイムだ」

そう言われてやっともう一度口を開いた。


「…1回目は朝に、2回目は放課後に失くしている」


竺宇は少し俯いて答えた。全員の視線が唯一の最高学年である彼に集まった。

「…僕は2回失くしている。失くしてから探してたんだ。職員室前で見つけた」

「「「「「……」」」」」

黙るしかなかった。

「話しかけられた記憶はない。ただ…心当たりはある。キャンバスを持って、誰かと話していなかったか?」

「あー!そりゃもう。お話に夢中ってカンジでしたよ」

『先輩…でも、最終的に持ってるってことは、探してくれてたんですよね!?た、助かりましたよほんと!』

野浦はフォローに回り出した。

「双子が落とした場所に関しても心当たりがある。職員室近くの廊下にあった。僕が拾った。…スマホを探しに一旦教室へ戻ったんだ」

結局見つかり、芥津門に連絡しようとしたと言う。

「教室の前…」

つまりは三年A組。

その場所は二度話題に上がっていた。一番最初の始まりの場所であり———古戊留がストラップを拾ったと言う場所だ。


「なるほど…私たちは5時過ぎてから美術室で見つけたんだ。そうだったよな」

「合ってる。大体そのぐらいだった。…職員室前、近くは通ってるな」

芥津門が職員室に向かうついでに近くまでついて行ったので、そこで落とした可能性はあった。

大方の証言は集まった。あとは整理するだけだ。


◾️


「芥津門、整理できるか?」

羽野はメモをとっていたが、自分で整理することは諦めて芥津門に託す。こけしの一件から芥津門の謎の記憶力の良さは知っていたが、一応メモも渡した。

(私より字が上手い)

少しむっとしながらも、せっかくなのでそれを見ながら話し出す。

「そうだな、じゃあこのストラップの今日のタイムスケジュールは———」


「本来の持ち主が失くし、なんらかの理由で三年の先輩の机の上に置かれ———」


「竺宇が保管室に持って行こうとするものの、センター近くの渡り廊下でそのまま落として———」


「それを昼に双子達が拾い、保管。放課後に職員室前のボックスに届けようとして、職員室前で落として———」


「探しに来た竺宇がそれを見つけて、スマホを探しに自分の教室まで来たところ、会話に夢中になり窓際に置き忘れ———」


「古戊留が見つけて、美術室に届けに行き———」


「入れ違いの形で竺宇は再度ストラップを探しに本館へ…そして私たちが美術室でストラップを見つけて、また職員室前で落として———」


「本館で探してた竺宇がそれを見つけて、今に至るって感じか?」


「多分そうだな」

羽野は頷いた。他4人もそれぞれ納得したような表情を見せる。

もっと細かくするのであれば、昼に芥津門が竺宇に保管室の代理を任せたことや、双子が教師にこっぴどく怒られていたことや、古戊留が部活の先輩から呼び出されて三年の階にいたことや、野浦が凉名の代わりに保管室へ来て探していたことなどが間に入る。

「…紆余曲折が凄いな」

「中でも2回落としてる人は竺宇だけだ。気を付けて欲しい」

「次は忘れない」

羽野は直感的に“これ今後もやらかすな”と思った。だが、双子も野浦も古戊留も同じようなことを思っている。

さすがに先輩にそのようなことは直接言えるわけがなく、ただみんなで黙りこくった。同調は口が裂けてもできない。

それがせめてもの慈悲というやつだろう。次に口を開いたのは野浦だった。


◾️


『いや〜!それにしてもすっごい助かっちゃったよ!アタシだけじゃ絶対見つかんなかったと思うし。ありがと!』

野浦は画面の向こうで礼儀正しくしっかりと頭を下げた。育ちの良さと性格の良さが滲み出るお礼だ。

『後輩ツインズも、先輩も、古戊留もありがとね!』

「「いえいえ」」

「全然平気ー」

古戊留は手に持っていたスマホを覗いて、立ち上がる。

「俺、もー帰るわ」

「また病院か?」

こけしの時もそうだが、彼は頻繁に姉のお見舞いに行っているようだった。失礼だが、やはり見た目にそぐわないと芥津門は思う。

「そそ、じゃーね。野浦サンも見つかって良かったね〜。さいなら〜」

挨拶もほどほどに、ささっと出てガラガラと扉を閉めた。

「…」

羽野はそれを見届けると、背もたれに背中を預けだした。よく見ていなかったが、今まで背筋を正していたのだろう。思春期とは大変なものだ。

(…ふむ)

この場には表情が分かりにくいと言われる人が芥津門以外にも1人いる(竺宇)が、古戊留もまた同系統の人間のように感じた。

(なんというか、人に興味がなさそうだ。機械のよう…とはさすがに無礼だが、お見舞いも習慣だからやっているという感じがする)

要は何を考えているのかわからない。

(…羽野が古戊留に緊張感を抱くのも、過去のこと以外にこれが原因としてあるかもしれない)

自分の割といい線いっていそうな洞察にうんうん、と頷く。多分洞察よりも考察の方が適しているが、洞察の方が響がかっこいい。

そして野浦にある提案をしようと口を開いた時、扉がまた勢いよく開いた。

「羽野!」

古戊留だ。

「うわっ!?」

ガタッと椅子から立ち上がり、その勢いで足を椅子に引っ掛けて転びかける。幸いにも近くにあった机を掴み、大転倒とはならなかった。

双子が驚いた顔で見ている。もちろん芥津門も驚いた。

(なんて繊細ボーイなんだ…)

「大丈夫…大丈夫…」

ゆっくりと、風船のように立ち直った。

「えー、羽野って老人っぽいな。ダイジョブそ?」

「いや…平気。それよりどうしたんだ?」


「一緒に帰らね?」


お、と芥津門は思った。それと同時に、今か、とも思った。

「えーーーっと」

(ええい、こっちを見るな。本当に繊細だな)

芥津門に助けを求めても意味がないと思ったのか、今度は野浦の方をチラリと見る。

『あ、いいよいいよ!もうストラップは探し終えたし!』

当然野浦は羽野の心情のことなど知らない。満面の笑みで“帰っていいよ”と言っている。

芥津門は迷った。本能的にはもう一緒に帰らせた方が良いような気がしている。

「…良いじゃないか。さようなら」

少々強引な別れの言葉を放った竺宇も、多分同じようなことを感じ取ったのだろう。彼も事情を何も知らない筈だが、その感受性の高さから何らかを察した。

「先輩!?」

「羽野、どっち」

そう言われて再度芥津門を見た。

(羽野は見た目と違って子供っぽいな)

そう思いながら扉へ向けて指を刺す。

(もうここまできたら行ってしまえ)

羽野は目を強く瞑って言葉を絞り出した。

「うん…そうだな。久しぶりに、一緒に帰ろうか」

「やったー」

軽く手を振って羽野達は出て行った。

(…やはり古戊留がよくわからないな。この一連の流れの羽野はかなり感情が表情に出ていたが、古戊留は不快な表情も、気まずい表情もせず、ただ答えを待っていた)

ここまで見せられると2人の過去も気になってきた頃だった。


◾️


「僕は一旦出るよ。今日は右多(うだ)も一緒に帰れると言っていた」

ということは竺宇は彼女に声をかけに行ってくれるということだろう。彼は言葉が絶妙に足りないことが多い。

更間(さらま)が?生徒会長総選挙の準備があるんじゃないのか?」

毎日毎日忙しくしている彼女は三年生であり、現生徒会長であり、芥津門の昔馴染みだ。

三年生であるにもかかわらず生徒会長なのは、異常だ。しかし彼女は有能なので成り立ってしまう。色々事情はあるが、今は急ピッチで新たな生徒会長を仕立て上げようとしていると聞いた。

「息抜きだ」

「なるほど」

そうして竺宇も出て行った。


◾️


「じゃあ、ぼく達ももう帰りますね!」

「はい。色々スッキリしました」

双子もそろそろ帰るようだ。6人いたにもかかわらず、ほんの数分で芥津門と野浦が取り残されるようになった。

『不思議な双子ちゃんだったね』

やはり野浦もそう思っていたようだ。服装から“男”と“女”の双子かと思っていたが。今はもうよくわからなくなっている。

(…あの2人について考えてみたいが、あまりにもわからなすぎるな…)

芥津門の大好きな洞察(偏見)もできやしない。

そこでふと思い出す。

「…双子に”忘れもの洞察部“へ勧誘するのを忘れていた…」

『他に所属してる人っているの?』

「私のみだ」

『…頑張って!』

(またどこかで会えればいいんだが)

好奇心の強い2人なら入ってくれるような気がしていた。他に部活や委員会の活動で忙しくしてなかったらの話だが。


◾️


『じゃあ椎ちゃん!改めてありがと!…あとはごめんだけど凉名に届けて———』

野浦はまた深く頭を下げた。

「あ、野浦。そのことだが、明日自分で届けに行った方がいい」

芥津門はある種の確信を持っている。

考えついた時はあまり自信がなかったが、羽野を見て確信を持った。()()()()のためには無理にでも接触させた方がいい。

「え?」

『いやでも早く届けたいし…』

「スマホが触れるなら連絡ができるだろう?」

『そうだけど…』

少し目を伏せて、指先をいじりだす。

(あぁやっぱり。私と、同じだ)


野浦は凉名に対して遠慮を持っている。

へたるまで身に付けるような、ウサギのストラップをあげた凉名の友人に気後れしている。

「野浦がきっかけで見つかったんだ。もう少し親友ヅラをした方が良いんじゃないか」

『椎ちゃん…』

本人も自覚していることなのだろう。それを指摘されたことに驚きつつも、これからの行動を悩んでいた。

芥津門はあと一押しするだけだ。


「野浦が届けた方がいい」

名前しか知らない凉名という人も、野浦との友情が他の人に移っているわけではないだろう。

何せ移る理由がない。

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