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鎮座!こけし (下)

「ところで、私は古戊留が落としたこけしのどれもが、直立していたことを疑問に思っているんだが、何か心当たりはあるか?」

「物理はちょっとなぁ〜」

古戊留は唸って天井を見上げた。

「とりあえず、羽野のこけしも俺のこけしも俺が落としちゃっただけだよ。落としたときとか覚えてないからな〜」

そうだろうなとは思っていたが、案の定何もわからないないようだ。

「てか、どこにあったの」

「羽野のこけしは第二校舎ニ階の廊下。古戊留のこけしは第二校舎三階のこの部屋の前だ」

「うっそ、()()()()()()()()()()()

「———やっぱりか」

頭を抱えたくなる。

「芥津門、どういうことだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

今まで保管室にものを取りに来た人の全員、ものを落とすまで、忘れるまでの経緯を覚えていない。当たり前かもしれないが、異質なのは古戊留のようにその場所を通ったことすら忘れてしまう。

「…なにその怪奇現象」

「妖精学校の名は伊達じゃないってことだ」

だからこそ面白い。もっといろんな人の話を聞かなければ。そしたらなにかわかるかもしれない。

それは時間のかかることで———暇つぶしには丁度いい。


「やっぱ、妖精。いるんじゃん?」

そう言ったのは古戊留だ。

「ファンタジーだな。いるわけないだろ」

否定するのは羽野。

「でもこけしの直立は中々なくね」

「偶然はあるだろ」

「まだ妖精のイタズラの方がしっくりくるぞ」

「もっと妖精って直接的なイタズラすんんじゃないの?そんな誰にも見られないようなことしないんじゃない」

古戊留は論理を構築するのに時間をかける。

「え、じゃあ、ほら、目立たせて撒き餌みたいに持ち主来るかなーって」

「来たらどうすんだよ」

「攫う?」

「事件だわ!!」

羽野は立ち上がり大声を出した。ツッコミどころのある、古戊留の考えに耐え切れなかったのだろう。

ちなみに生徒の行方不明事件は聞いたことがない。

「うおっ、お前ツッコミできたのかよ…もっとユーモアのない奴かと…」

「失礼!」

「ドンマイ、気にすることないぞ…ふふっ」

「お前もな!?」

少しノリに乗ってきた。

「にしても感嘆符が多いな。音量下げて」

さながらホームアシスタントに言うように。

「ボリュームの調整どこでできんの?リモコン反応しないんだけど」

机に置いてあった未分類の忘れものの数々から、誰かのリモコンを手に取りそう言った。

「ねぇ二人でボケないでくんない!?息をピッタリ合わせるな!!」

まさか羽野はボケるためだけに二人が結託するとは思っていなかった。急に忙しい。

「そんな全力でツッコミして疲れねぇ?」

「休め。疲れているんだろう」

「急に正気に戻るなよ!!」

二人して調子の乗りすぎたのは申し訳なかったので、まだ開けていないペットボトルを差し出す。

「あ''ーーーーもう、誰のせいだよ…ここぞとばかりにふざけやがって…」

呆れ顔でそう言う羽野は少し嬉しそうだった。


「まぁ、談義に水を差すようで悪いが、私は妖精の存在についてはどうでもいい」

「「え」」

「落としものの数減らそうとしてなかったっけ」

羽野は芥津門が最初の方に言ったことを覚えていた。

芥津門は頷いて肯定する。

もし妖精がいるのだとしたら、この学校の落としものは減らない。原因をなくすには妖精を潰すか和解するかしかないからだ。

「忘れもの洞察部としては目標達成できなくなる由々しき事態だが、私は正直暇を潰せればそれでいい」

目標だって一応定めたものだ。達成できたら嬉しいし、達成できるように努力はしているが。

「妖精の仕業だろうが私はものを拾って、持ち主と経緯を夢想する。それが楽しいからこの活動をしているんだ」


◾️


「芥津門サン、芥津門サン」

一通り話したいことは話したあと、古戊留は半笑いで手招きをする。馬鹿にされているようだが、彼が元々ヘラヘラしているだけだとわかった今は怖くない。

「巻き込んでごめんよ〜」

手を合わせて謝る仕草をした。

動きが軽薄なだけで悪い人ではない。

「いいよ。気にしていない」

古戊留は笑いで返事をして、スマホを取り出して何かを見た。

「って!ヤベもうこんな時間じゃん!ちょ俺、病院行ってくる」

「お姉さん入院してんだっけ」

「そ、もう行くわ。読んでる漫画の新刊出たから買ってこいって言われてんだよね」

バタバタと急いで席を立って外に出るかと思ったら、カバンを取り忘れたのに気づき、素早く戻って椅子をしまわないまま、外へ駆けて行った。もちろん、持っていた撮影用の道具はこけし諸共置き去りだ。

「…見事に忘れて行ったな」

「馬鹿だ。さっきまでこけしの話してたのに」


◾️


「芥津門は帰らないのか?もう五時になるぞ」

「帰らない。いつも八時ぐらいに学校を出るんだ」

「運動部じゃないんだから…」

そこで思い出す。クラスの女子が言っていた話。

確か芥津門の苗字は一回変わっている。もしかして家庭環境があまり良くないのだろうか。苗字が変わった後に、色々家庭内トラブルが起こるのはドラマでもよくある話だ。

「まだやることはあるんだ。羽野も見ただろう、奥の踊り場のホコリの溜まり具合を。あそこは掃除しないとな。それに落としものだって今日分のものを回収しきれてないんだ」

尾行していてできなかったのは事実だが、言い訳くさく聞こえるのは気のせいだろうか。

「春だし日は延びてるけど一人は危ないぞ」

「あぁ、一人じゃない。昔からの知り合いが一緒に帰ってくれているんだ」

芥津門はそのことか、という反応をする。

昔からの知り合いを友人と言わないところに、芥津門の変さが滲み出ていた。

「なんだ。それなら平気か」

羽野は席を立ち、カバンを持った。もうすぐここを離れるが、今日は劇的な一日だった気がする。そうでなければ今までが退屈過ぎたのだろう。

「俺ももう帰るよ。邪魔したな」

「気にすることはない。さっきも言った通り、いい暇つぶしになった」

芥津門は毎日ここにいるのだろうかとふと思う。少なくとも去年は誰もいなかったはずだ。

「あ、そうだ。芥津門『忘れもの洞察部』なんだって?」

「そうだ。部員になるか?」

「ならないけど」

「正気なようで安心した」

「もっと活動内容に自信持てよ」

「と言っても毎日落としもの・忘れものを拾ってはその経緯を考えているだけだからな。所詮私の暇つぶしの道楽だ。正式な部にしたいと思うが、まだ時代が追いついていないしな」

「時代の問題じゃないだろ」

「そんなことはない」

「……あのさぁ」

羽野は続ける。


「俺もたまにここ来ていい?」


「ついに正気を…」

「失ってねぇよ」

「やること割とあるんだろ?手伝うって話」

芥津門は黙っているが、まだ納得しきれていないようだ。

「羽野は…陽キャだろう?」

「急になんだ。まあ、分類的にはそうだけど」

少なくとも今まで授業内や課外活動でのグループ決めに困ったことはなかったし、体育の授業でも大声で応援を受けることが多かった。

「そして私は陰キャだ。ボッチで、校内で噂になる程度には変なやつだ」

不思議な結びのネクタイを指先で弄ぶ。

羽野は噂についてなにも知らなかったが、知らないと言ったらそれはそれで嘘くさい。とりあえず知っている体で頷いた。


「私が近くにいて、羽野の評判は悪くならないか?」


きっと芥津門には経験があるのだろう。

真っ直ぐ人の目を見て、自分の思っていることを素直に伝えるその姿はやはり変だった。急に一人で行動しようとするのも、変なところで思っていることを伝えないのも、周りからイジられるには十分な理由だろう。

芥津門のことを何も知らない羽野に言えることはこれしかなかった。


「俺の評判はその程度で悪くならない。今まで積み上げてきた俺の人望を舐めるな」


「うす…」

芥津門は納得せざるを得ない。彼女もまた羽野のことを何も知らないからだ。彼の今までを否定するわけにはいかない。

「じゃそういうことで。芥津門、よろしく」

扉を開けて最後にそう言う。その後になんとなく窓の外を見た。窓から夕陽が入ってくる。部屋はオレンジに染まり、柄にもなく空が綺麗だと思った。

少し目線を下にずらす。


「もちろんだ。羽野、いつでも歓迎しよう」


偉そうに腕を組んで椅子に座る彼女はとても嬉しそうだった。

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