羽野耀成と古戊留疎
「俺もあんなふうに人を笑ったことがあるよ。はたから見たらダサいのな」
夕暮れの屋上で、古戊留は柵に寄っかかって話し出した。いや、もう話終わった。今のはあくまで自身の過去の話を話した後のまとめに過ぎない。
彼が過去にいじめをしていたこと。
親がヒステリックで、暴力の絶えない家庭で育っていたこと。
その影響で古戊留と、その姉の価値観も歪んでいたこと。
躾と称した姉からの暴行に抵抗しようとしたところ、誤って姉の目を潰してしまい、病院送りにしてしまったこと。
それが中学時代に起き、昔からその家庭環境を知っていた羽野は、もっと自分に何かできたのではないかと後悔をしているということ。
そして当事者が気にせず、その友達が気にし過ぎたことで関係が今の今まで拗れていたようだ。
ダイジェストにするとこうだが、全体的にベビィである。
芥津門椎はずっと聞いていた。
(私お邪魔じゃないか?)
そう思いながらも聞いていた。
左の古戊留、右に羽野がいる状態でじっと佇む。何を隠そう、羽野に緩衝材としていて欲しいと言われたのだ。
(にしても、いじめっ子だったか)
柵の下の校庭を見て、過去がフラッシュバックした。やられた方はたまったもんじゃない。
「不良がちょっと良いことしたらみんな見直すどさ、ずっと真面目にやってきた人はどうなんだって話、あるじゃん」
「…ああ」
「俺も、自分のこと偉いと思ってた。過去なんてもう無かったことにできるって思ってた」
いじめたことと、姉のことも含むのだろうが、いじめられっ子の芥津門は古戊留のことがいまいち理解できない。
羽野を見ても、彼は表情を固くして相槌を打つのみだった。
「でも違うんだな。ずっと頑張ってる人がいた」
古戊留はオレンジ色の空を見上げる。
思い出すのは震えながらも壇上に立った、新生徒会長のことだ。
「やり直しが効かないのが大変だよ。善行はめんどいし、正直誰かがやってくれって思うし…だからさぁ!羽野!お前やっぱおかしいよ?なんでずっと俺の家庭環境引きずってんだよ!」
「着地点そこかよ!」
これの関しては、芥津門も強く古戊留の意見に賛成する。
2人からの責めるような目に、羽野は観念して渋々話し出す。
「だって、やらなきゃいけないって思うじゃん…」
純粋な答えに古戊留は面食らった。こんな考えを自然にできる人が自分の周りにいたとは驚きだ。さっきの不良理論で行けば、羽野も芥津門も確実に真面目な人なのだろう。
遠い存在だ。
「お前がそんな気にしなくたって、俺は大丈夫だって…」
羽野は明らかに納得していない。
…
静かで、少し気まずい。
芥津門は古戊留と羽野が仲直りすればそれでいいのだが。しかしこれではどうにもならない。意を決して口を開いた。そういえば古戊留の過去を聞いてからのことを話していなかったと。
「とりあえず———古戊留、原稿用紙を届けてくれてありがとう。私は、瑠布は、確かに助かった。見て見ぬふりもできるけど、それをしなかった古戊留は悪くないと思う」
芥津門はいじめっ子を肯定するような真似はしたくない。たとえ今違かったとしても、手放しに感謝したくないと思ってしまう。それこそ過去の自分のためにも、芥津門は古戊留を肯定してはいけない。
しかし、忘れもの洞察部として、失くしたものを届けにくる行為は称賛したい。
「…それだけは、悪くない」
恐らく、いつもの3倍ぐらいむすっとした顔だっただろうし、着眼点が2人と違うのも知っている。だが、2人ともそれを笑うことはなかった。
「……ゴメン」
「?なぜ古戊留が謝るんだ」
「…分かんね」
「まぁいい。私は帰るぞ。じゃあな」
芥津門は珍しく時間を気にしていた。そう言うとこれまた珍しくすぐに帰っていく。
「あそうだ。羽野!」
と思いきや、錆びた扉から芥津門は顔を出した。
「保管室にもう来なくても良いからな。私のことは気にしないでくれ」
「え!?」
その先の言葉は聞きたくない。だからすぐにガコン、という音で締め出した。
「なんでそうなんだよ…」
「羽野、お前絶対行けよ?」
「言われなくてもな」
「…」
「…」
夕日が綺麗だ。影はどんどん伸びている。風は程よく、夜の寒さがくるにはまだ早い。
絶好の、下校のタイミング。
「羽野、帰ろう」
古戊留は地面に置いてあった自分の鞄と羽野の鞄をとり、差し出した。
「そうだな、疎」
羽野はそれを受け取って、扉へ向かって歩き始める。もちろん、古戊留もそれに着いて行った。
もうこの件について話すことはないだろう。蒸し返すのは野暮だ。暗黙の了解で、そういうことになっている。だから2人はもうただの友達だ。
たとえ古戊留が羽野たちを遠い存在と思い、羨んでももう遅い。だから蒸し返さずに、悪くないことをする。
たとえ羽野が古戊留の状況に同情して、後悔してももう遅い。だから蒸し返さずに、『大丈夫』を信じる。
少しだけ、この大人の対応は偉いと思った。
不良も真面目もそう思った。




