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演説!生徒会総選挙

色々———芥津門がテストの解答用紙を半分埋めていなかったり、羽野が炭酸を飲もうとしたら顔にかかったり、野浦が提出物のノートを家に忘れていたりと、本当に色々あった1日だった。厄日なのかもしれない。


そんなことを瑠布は芥津門から世間話で聞いていた。

生徒会総選挙、開始10分前のことだ。


「…それは大変でしたね」

「すまない。面白い話が私にはできないんだ」


体育館の舞台袖で芥津門、瑠布、更間は談笑していた。瑠希からの情報によると瑠布は緊張しやすい。緊張をほぐすために、少しでも話そうと芥津門は考えた。


だが残念。芥津門にトークスキルはない。

いつから自分を過大評価していたのだろうか。


(猛省すべきだな)


しかし愛すべき陽キャたる、あの友人達を呼ぶのも憚られる。何せ全校生徒はすでにこの体育館で着席しているのだ。


芥津門は勝手にちょっと抜け出してきている。


(羽野に海向に杏糸…助けて…おや)


「…原稿用紙、どうしたんだ?ぐしゃぐしゃじゃないか」


「あぁ、朝に人とぶつかって落としてしまいまして」

「どこで?」

「校内じゃないですよ、学校近くの十字路で」


学校近くの十字路、あそこは少女漫画の製造場なのか、急いでいる男女がよくぶつかることで有名だ。他にもそんな噂に沿った、怪談のような話もあるが芥津門が知っているのはそんな現実味のない話ではない。


いややっぱり、現実味はないっちゃない。


知っているのは、そこでは()()()()()()()()という話だった。


「ちゃんと自分のか?入れ替わってたりしないか?」


「はは、大丈夫ですよ。確認しましたし。ほら———『走れメロスを読んで』古戊留疎———ん?」


◾️


確認、重要。

ということで芥津門は羽野のクラスの方へずんずんと歩いていた。幸か不幸か、開始10分前なので多くのクラスが体育館へと集まっていた。


続々と入り、各クラス2列で並んでいく。


(えっと、2年…C組)


こけしの時とは違い、どのクラスの所属かを知っているのが多いかった。大体のあたりをつけ、すでに座っている生徒の顔を確認して回る。


知らない生徒と目が合うのが嫌なところだが、大声をあげるわけにもいかないので我慢するしかないだろう。


「あ、羽野」

「芥津門?ここC組だぞ」


羽野は偉いことに早く来ているようで、この早い順の列の一番前で座っていた。


「古戊留!古戊留を見なかったか!?」

「見てない…というかサボるって言ってたけど」

「サボり…」


羽野の回答に芥津門は項垂れた。瑠布は原稿の内容を覚えているから平気と言っていたが、緊張に弱いタイプというのは知っている。台本なんて手元にあるだけで安心感が違うだろう。


「いつもと同じなら、教室近くの空き教室に居ると思うけど…」

「ありがとう!」


芥津門にしては珍しく、そこそこに速い走りを見せた。いつもの鈍足を知っている羽野は驚きのあまり、その急ぐ理由を聞きそびれた。


「何だったんだ…?」


急いで体育館の外へ向かおうとしたが、やはり今日は運が悪い。


「芥津門さん、もう演説が始まりますよ。クラスの方へ行って座って下さい」


担任に捕まってしまった。しかも彼女は怒っている。これは逃げられないだろうと思った。勘ではない、長年の経験だ。


それでも芥津門は探さなければならない。


「いや、人を…あの、立候補者の原稿を探していまして…すぐに戻るので、通してください」

「原稿?」

「失くしたみたいで」

「…今からでは間に合わないでしょう」


担任は腕時計を見て冷静に言った。

あと5分程度で演説は始まる。本来は見ないことが前提なので、わざわざ失くした原稿を探す時間を与えられることはないだろう。


「芥津門さんが四井さんのために動いているのは分かりました。ですが、時間的にもうどうにもなりません。四井さんを信じましょう」


信じるというのは無責任だ。

しかし正しい。変じゃない。


「でも…!」


普段話さない担任との対話に必死になっていると、ガラ、と担任の真後ろの扉の開く音がした。


「ちょ、先生そこちょっといいっすか」


体育館の入り口の閉まった扉から見覚えのある顔が生えてきた。


古戊留だ。


◾️


わたしはなんてダメな奴なんだ。

朝から犬を怖がって学校に遅れかけ、人にぶつかった挙句に原稿を取り違えて持ってきた。しかも確認が甘いから先輩にも迷惑をかけた。


「椎ちゃん!」

「更間、これ原稿、古戊留が持ってきてくれた。瑠布は?」

「先輩…ありがとうございます」

「礼なら今朝ぶつかった相手に言ってくれ。じゃあ私はクラスに戻って演説を聞くよ」


芥津門は良い人だった。とにかく変わり者の先輩だったが、善意で変なことができる良い人だ。瑠希や更間が頼るのも理解できると思った。


対して、わたしはなんてダメな奴なんだろう。


劣等感と落ち着きのない心臓が瑠布の頭を掻き乱していた。だから、今朝と同じように、逃げるように頭を下げて壇上へ近づいた。


◾️


前生徒会長、更間の話も終わり、司会者はこう続けた。


「それでは、立候補者の演説をお聴きください」


いよいよ瑠布の出番だ。

舞台袖から瑠布はゆっくりと出てきた。手にはしっかりと原稿が握られている。


キーン、という音が鳴り———

———瑠布の動きは止まった。


(何かアクシデントが?…ここからじゃ何も手助けできないぞ?)


原稿は見つけた。更間は緊張にさえ勝てれば大丈夫だと言っていた。しかし瑠布は動かない。ただただカチカチと、静かな時間が過ぎていった。


芥津門はぴくっと足を動かした。体育館は元々静かだったが、更に深くなったようにも思う。


くす


(今誰か笑ったな)


「あ…」

壇上で瑠布はそう溢した。


くすくす


くすくす くすくす くすくす


(一体誰だ?)


芥津門は普段絶対にしない行動にも今は積極的だ。更間が後継者に悩んでいたことも、瑠布がこの学校の問題に対して深刻に受け止めてくれていることも知っている。2人はこの日のために必死に努力をしていた。


(許せない)


珍しく、ハッキリと怒っていた。

声の元を見るために後ろを向こうとするが、何せ全校生徒が集まっている。中々芥津門の席から見るのは難しかった。


すると、


「え」


あぁ舞った。原稿用紙が、壇上で。


芥津門は確かにこの現場を見た。彼女だけじゃない、全校生徒が確かにその現場を見た。


「私、一回こういうことやってみたかったんです。ですが最後の最後でできて、案外気分が良い」


更間は派手に自ら原稿用紙を散らした後に、爽やかな声でそう言った。


当然ながら体育館は静寂に包まれる。唖然、まさにその通りだ。今この状況以外に当てはまる言葉はこれぐらいになるだろう。


「前生徒会長の分際で派手なことをしてしまい、申し訳こざいません。ですがこの雰囲気は大変頂けない」


いつもの学校全体の集会のときだとか、式での挨拶だとか、そんないつも通りの礼儀正しい生徒会長の姿で言った。


「立候補者を嘲るなど言語道断。恥を知れ」


まるで首に刀をかけられたかのような緊張感。冬の夜ように冷えた空気。しかし先ほどの、人が徐々にくすくすと笑い出すような空気よりは遥かにマシだ。少なくとも芥津門はそう思った。


この冷徹な元生徒会長の視線は、特定の誰かに向けられている。


(これは一番最初に笑った人を見てるな)


男性だか女性だかは知らないが、今頃震え上がっていることだろう。


「私は貴方がたの名前も普段の行いも知っているし、今ここで言うこともできる。ですが言いません。それは必要以上の制裁であり、集会で特定の生徒を晒し上げたともなれば問題になります。周囲はともかく、学校全体での貴方がたの匿名性は守られるでしょう」


芥津門は思い出した。彼女が武道の家元の出身だということを。


先祖が侍だったことからずっと前の時代から剣道の強さが有名だったが、時代が進むごとに様々な要素が取り入れられたそうだ。弓道、柔道、合気道、エトセトラ…とにかく武道を習っている人が多い家だ。どうりで更間にも気迫がある。


ただずっとふわふわしている人ではないのだ。

そうでなければ3()()()()()()()などやっていない。


「ですが、立候補者たちは違う。皆さんの前で、壇上に立って、声を張って、自分を常に曝け出している。それを匿名性の守られた貴方がたが笑う?一体どういう了見でしょうか」


「黙って、よく考えながらお聞きください。今から勇気ある立候補者が、貴方がたに向けて演説をして差し上げるので」


◾️


「…ごめん、空気冷やした。できる?」


更間はマイクの電源を切り、小声で言った。

恐らく喋れるかどうか、ということを聞いたのではないだろう。瑠布の目は決意に満ち溢れていた。

ついでに涙も溢れていた。


「できます。涙声でも、喋ります。わたしはあなたの後継者になりたいんです。わたしを、みんなに認めさせなきゃいけない」


涙を拭い、咳払いをした。震える手でマイクの電源を付けた。


(わたしは、あなたの背をずっと見てきたんです)


瑠布は、というより四井家は、更間家と昔から繋がりのある家だった。もちろん武道繋がりだ。互いの家の者がよく練習試合をしている。更間家はオールラウンダーなスポーツマンの家だが、四井の家は違う。


柔道一筋。むしろそれ以外の道は禁止されている。


側から見れば不自由で、偏って見れば恵まれていると評価される家。

幸運にも瑠布と瑠希は恵まれていると感じていた。練習はキツイが必ずモノになり、試合では誰にだって勝てる。


時間も忘れて休日だって練習し続けていた。天才なんてこの世に居ない、この世に居るのは秀才だけなのだと、幼いながら数々の選手と相対してそう理解していた。


だからずっと努力し続け、勝てていた。


瑠布は更間と試合をして負けた。中学生になった4月の時だった。絶対的な柔道に対しての自信と、伸びた鼻は正面から叩っ斬られたのだ。

公式戦ではない、しかし絶望的な悔しさを味わって———更間を心から尊敬した。


更間の家はオールラウンダーの超人が集まる。彼女が習っているのは柔道だけではない。にも関わらず、自分を打ち負かしたのだ。


一体どれだけの努力をしてきたのだろうと思った。


彼女がどこかの大会で優勝したとか、誰に勝っただという話を聞くたびに、両親に呆れられるぐらいに目を輝かせた。

中学生は簡単に人に憧れ、成ろうとしたがる。瑠布もその1人だ。


だから今、彼女の背を追ってこの場に居る。


「安心して、貴方はできるから」

「はい…!」


やはり更間は格好良い。


(ぜんぶ、わたしのミスなんだ!ぜんぶ、わたしが取り戻せ!)


「…お騒がせして申し訳ございません。改めまして、わたしは生徒会会長立候補者、今年度入学させていただいた四井瑠布です。一年生の癖して何を、と思うかも知れません。ですが、あなたがたに、これからの陽光学校のことを話させてください」


◾️


演説が成功したかどうかは、この万雷のような拍手を聞けば分かるだろう。


無事、四井瑠布は一年生にして生徒会長となった。

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