第6話「転生」
夜中の叩き起こされた。
「佐藤様、お目覚めください!」
メイドの慌ただしい声に飛び起きると、そこにはアーネストが立っていた。普段の穏やかな表情は消え、深い悲しみに満ちた顔をしている。
「マリエルの容態が急変しました」
嘘だろう。昨日まで元気だったはずなのに。
研究室へ続く廊下を歩きながら、アーネストは静かに語り始めた。
「実は、マリエルは不治の病を患っていました。医療魔法を研究していたのも、娘を救うためでした」
「でも、この前まで……」
「症状を抑える魔法があるのです。でも、もう効かなくなってしまった」アーネストの声が震えた。「余命は、あと数時間です」
研究室に入ると、そこにはベッドで横たわるマリエルの姿があった。普段の健康的な肌の色は消え、蒼白い顔をしている。セシリアが傍らで手を握り、目に涙を浮かべていた。
「私の前世の知識で、何か……」
言いかけて、佐藤は自分の無力さを痛感した。医学の知識もない。薬の作り方も知らない。シャンプーや料理すら、まともに作れなかったではないか。
「申し訳ありません。私の前世の知識は、何の役にも立ちません」
アーネストは首を振った。
「いいえ。あなたがここにいてくれるだけで……」
その時、マリエルが目を開いた。
「佐藤、さん……」
か細い声に、佐藤は駆け寄った。
「人は、死んだら、どうなるの?」
マリエルの問いに、部屋が静まり返る。佐藤はマリエルの小さな手を優しく握った。
「別の世界に生まれ変わるんです」
「本当?」
「はい。私がそうだったように」佐藤は微笑んだ。「最初は戸惑うことばかり。失敗もいっぱいします。でも、優しい人たちと出会って、楽しい生活が待っているんです」
「そう……」マリエルも小さく微笑んだ。「私も、また、誰かに、会えるのね」
「きっと素敵な出会いがありますよ」
「佐藤さんみたいに、失敗ばかりしちゃ、だめですよ?」
最後まで茶目っ気のある子だった。
「はい。私の失敗談を反面教師にしてください」
マリエルは静かに目を閉じた。その表情は、安らかだった。
部屋の空気が変わったのを、全員が感じ取った。アーネストが震える手でマリエルの頬に触れ、そっと目を閉じた。セシリアは堰を切ったように泣き崩れる。
佐藤は虚無感に襲われた。結局、自分の前世の知識は何の役にも立たなかった。料理も、医学も、科学も、この世界では通用しない。
でも、唯一——。
「ありがとう」アーネストが佐藤の肩に手を置いた。「最期に、希望を与えてくれて」
前世からの知識ではなく、「転生者」という経験だけが、マリエルの心を安らかにすることができた。
窓の外で夜明けの光が差し始めていた。マリエルは、きっと今頃、新しい世界で目覚めているのだろう。そう思うと、少しだけ心が温かくなった。
それは佐藤が、この異世界で初めて誰かの役に立てた瞬間だった。




