第5話「カレーライス」
市場は活気に満ちていた。佐藤は露店を回りながら、目を輝かせていた。
「米がある! ターメリックに、クミン、コリアンダー……これならカレーが作れる!」
佐藤は財布の中身を確認した。アーネストから支給された生活費は、質素に暮らせば十分な額だ。
「よーし、異世界でカレーライスを作るぞ!」
異世界転生モノでは、カレーライスは鉄板の展開だった。誰もが美味しいと言って、一気に広まるはずだ。
「佐藤さん、何を買ってるの?」
振り返ると、マリエルとセシリアが立っている。
「お嬢様、今日は市場の視察ですよ」
「でも、セシリア。佐藤さん、なんだかすごく楽しそう」
佐藤は得意げに説明した。
「カレーライスという、とっても美味しい料理を作ります! ご馳走させていただきますよ」
セシリアは怪訝な顔をしたが、マリエルは「面白そう」と目を輝かせた。
夕方、佐藤は張り切って調理を始めた。
「米を研いで……って、なんか硬いな」
米は想像以上に硬く、水に浸しても変化が少ない。
「まあいいか。スパイスを炒めて……よし!」
出来上がったカレーライスは、見た目は及第点だった。
「できました! 召し上がってください!」
マリエルは興味津々で一口。そして、困ったような表情を浮かべた。
「あの……これが美味しいものなんですか?」
「え?」
佐藤も一口食べて、絶望した。米は芯が残って硬く、スパイスの配合は完全に失敗していた。香りは強いのに旨味がなく、ただ辛いだけの味。
「申し訳ありません……」
「いえ、佐藤さんの故郷ではこれが美味しいんですよね? きっと、私たちの味覚が……」
マリエルは優しく言おうとしたが、その時、料理長が部屋に入ってきた。
「失礼します。この匂いは?」
事情を説明すると、料理長は頷いた。
「なるほど。米は最近、南方から入ってきた穀物です。まだ原種に近く、品種改良は始まったばかり。香辛料も同様で、適切な配合は研究中です」
「それじゃあ、私の知ってるカレーライスは……」
「数百年、いや千年単位で改良された食材と、代々受け継がれてきた技術の結晶なのでしょう」
佐藤は愕然とした。カレーライスは、品種改良された米と、何世代もの料理人が研究したスパイスの配合があって、初めて美味しくなる料理だったのだ。
「私の世界では、誰でも美味しく作れると思ってました……」
「それは、誰かが苦労して地ならしをした後の話でしょう」
料理長の言葉に、マリエルが小さく笑った。
「でも、佐藤さんがご馳走だと思ってた料理を食べられて、良かったです」
その優しい言葉が、より一層佐藤の心に突き刺さった。異世界に持ち込める「知識」とは、本当は何なのか。ただレシピを知っているだけでは、美味しい料理は作れないのだ。
「次は……」
「次は私たちの料理を覚えてみては?」料理長が提案した。「基本から始めれば、きっと上手くいきますよ」
佐藤は深くため息をついた。異世界転生者だからといって、簡単に物事を成し遂げられるわけではない。それは料理に限らず、全てに言えることなのかもしれない。




