第4話「シャンプー」
従者用の離れは意外と快適だった。小さいながらも清潔な部屋で一夜を過ごした佐藤は、朝一番でアーネストに呼び出された。
「で、異世界の医療について聞かせてもらおうか」
書斎でアーネストが期待に満ちた表情で問いかける。
「はい! えっと……風邪には葛根湯とか……」
「葛根湯?」
「漢方薬というもので……」
「成分は? 調合法は?」
「それは……」
佐藤は焦った。医学知識など、Web小説で読んだ程度しかない。
(なんとかしないと……そうだ!)
「あの、シャンプーというものはご存じありませんか?」
「シャンプー?」
「髪を洗う薬です! 灰と油を使って……」
アーネストは面白くなさそうに手を振った。
「髪の汚れなら簡単な清浄魔法で落ちる。他に何か?」
「いえ、その……」
「暇つぶしに付き合うつもりはない」
アーネストは立ち上がり、部屋を出て行った。
そこへマリエルが顔を覗かせる。
「シャンプーって、本当に髪がきれいになるの?」
「はい! 試してみますか?」
マリエルが入ってきた後ろから、鎧を着た女性が現れた。長い金髪を後ろで束ねている。
「お嬢様、それは危険です」
「でも、セシリア……」
「この者にお嬢様の入浴姿を見せるわけにはまいりません」
「服を着たまま髪を洗うなら……」
「濡れた服が透けます。それに……」セシリアは佐藤を睨みつけた。「この者には下心があります」
「そんな!」
「昨日の馬車での会話を忘れたのですか? ハーレムを期待していた不届き者です」
マリエルは残念そうな表情を浮かべた。
「じゃあ、セシリアが試してみたら?」
「……承知しました」
セシリアは剣を抜かないよう気をつけながら、シャンプーを受け取った。
「こうして、泡立てて……」
佐藤の説明通りに髪を洗い始めたセシリア。突然、彼女の表情が歪んだ。
「っ! 目が! 目が痛い!」
「目を閉じてください!」
「ふざけるな!」セシリアは剣を抜いた。「私の視界を封じて、お嬢様に何をする気だ!」
「違います! シャンプーが目に入ると痛いだけで……」
「言い訳を!」
セシリアの剣先が佐藤の喉元に突きつけられる。片目を必死に擦りながら、もう片方の目で佐藤を睨みつけている。
「くすくす」
二人の滑稽な光景を見て、マリエルが笑い出した。
「お嬢様?」
「ごめんなさい、でも……」マリエルは涙を拭いながら笑う。「セシリアの髪、泡だらけなのに、必死な顔して……」
セシリアは真っ赤な顔で剣を収めた。
「こ、これは職務です!」
「はい、はい。でも、その泡、早く流さないと髪が痛むんじゃない?」
慌てて髪を洗い流すセシリア。佐藤は複雑な表情で二人を見つめた。
(なんで、こう、何をやっても裏目に出るんだろう……)
異世界転生モノでは、現代の知識で重宝がられるはずだったのに。シャンプーですら、疑心暗鬼を生むだけだった。
セシリアの目は真っ赤になり、佐藤への敵意は倍増した。マリエルは相変わらず楽しそうに笑っている。
これが異世界の現実なのか——佐藤は深いため息をついた。