第3話「ハーレム展開」
日が傾きはじめ、馬車の窓から差し込む光が赤みを帯びてきた。アーネストとマリエルは居眠りをしている。
「あの、ロイドさん」佐藤は小声で話しかけた。「アーネストさんって、どんな方なんですか?」
「ああ、この地方の領主だ。医療魔法の研究者としても有名でな」
「お嬢様は?」
「マリエル様は第一夫人との間のお子様だ。第二夫人は三年前に病死された」
佐藤の目が急に輝きだした。
(やっぱり一夫多妻制か! 異世界転生モノではお約束の設定!)
「へへへ」思わず下品な笑いが漏れる。
「なんだ、その気持ち悪い笑いは」ロイドが眉をひそめた。
「いえいえ! その、一夫多妻制っていいですよね!」
「はあ?」
「だって、一人の男が複数の女性と……」
「お前の世界は一夫一妻制なのか?」ロイドが羨ましそうな目で佐藤を見た。
「え?」
「いいなあ。その方が絶対にいいぞ」
「なんでですか? 一夫多妻の方が……」
ロイドは大きなため息をついた。
「考えてみろ。男女の数は同じなんだぞ?」
「あ」
「そう、『あ』だ。モテる奴には天国かもしれんが、モテない奴には地獄だ」
「でも、異世界転生した主人公なら……」
「はっ!」ロイドが高笑いを上げた。「お前が?」
佐藤は自分の姿を思い返した。スライムに服を溶かされ、埃まみれのマントを着た、パッとしない28歳。
「ぐ……」
「現実を見ろ。一夫多妻制は、身分も財力もある極一部の男だけのものだ。それに……」
ロイドは意味ありげな表情で続けた。
「女性の方も馬鹿じゃない。自分の立場が不利になるような結婚なんてしないさ」
「それは……」
ふと、背筋が凍る視線を感じた。目を向けると、いつの間にか目を覚ましていたアーネストとマリエルが、冷ややかな目で佐藤を見つめていた。
「ロイド」アーネストが静かな声で言った。
「はい」
「屋敷に着いたら、この者は従者用の離れに泊めるように」
「かしこまりました」
マリエルは軽蔑するような目で佐藤を一瞥すると、優雅にあくびをして、再び目を閉じた。
(これは……フラグどころか、地雷を踏んだ?)
佐藤は自分の夢想の愚かさを痛感した。異世界だからといって、女性が都合よく振る舞ってくれるわけではない。それどころか……。
「ちなみに」ロイドが意地悪く囁いた。「この世界の女性は、下心丸出しの男を見抜くのが得意でな」
佐藤は深くため息をついた。異世界転生モノで読んだハーレム展開が、いかに非現実的な幻想だったかを思い知らされた瞬間だった。