真実と虚偽
特技。
これは大小に関わらず、必ず1人にひとつ以上はあるものである。
例えばそれは歌であったり、絵であったり。はたまたそれは学問であったり、武術であったり。etc......。
そしてこの俺、アイザックにも特技というものがある。いや、この世界では特技と言うよりスキルと言った方があっているだろう。
そう。このスキルこそ──
「──おい! そこの兄ちゃん達!」
「痛っ!?」
とんでもない力で肩を叩かれた。振り返ると丸太のような太い手足に、バキバキに割れた腹筋。2メートルはあろうかという体躯の上裸の大男が立っていた。
「仲間を探してるんだって? だったら俺を連れて行け! そこいらのゴロツキとは訳が違うぜ!」
誰だこいつは。いきなりぶん殴ってくるとか頭湧いてんのか。そこいらのゴロツキと何が違うんだ。
「おい。いきなりなんだよ! 盗み聞きとはいい趣味してんじゃねぇか!」
「おっと、すまねぇな! 盗み聞きするつもりじゃなかったんだがな。俺も仲間を探してたとこだったんだ! 申し訳ねぇ!」
いちいち声も動きもでかいが、すぐ謝れるあたり何だか悪い奴ではなさそうだ。
「盛り上がっている所大変申し訳ありませんが、あなたは?」
とても警戒している様子のセルカが尋ねる。
「おっと、またまたすまねぇな! 俺としたことがまだ名前を言ってなかったな。俺はゲイツってんだ! よろしくな! がはは!!」
「ありがとうございます。よろしくするかどうかは置いておいて、ゲイツさん。とりあえずお話をお伺いしてもよろしいですか?」
セルカさん。確かにこいつもいきなりだったけどその扱いは流石に可哀想じゃない? あと、肩に回してる手をそろそろ離していただけませんかね? ゲイツさん?
「おうよ! 話ならいくらでもするぜ!」
やっぱこいつ良い奴だ。絶対。あと肩に回した手をそろそろ離してほしい......。
「ではあそこの席で話しましょう」
セルカが指を指すのはさっきライムと話をした席。
「あいよ!」
「あのゲイツさん、そろそろ肩に回した手をですね......」
「え?」
「え?」
このマッチョの男、ゲイツはつい先日までパーティーを組んでいたとの事。通常、冒険者というのは街の外やダンジョンへ出向く場合3~5人程度の編成を組む。これをパーティーと呼んでいるのだ。
ゲイツのパーティーはほとんどがベテランで、負けなしだったそう。
しかし、ある時1匹の魔物に遭遇した。
ゲイツ達はドラゴンにすら遅れをとらない実力を持つ熟練の冒険者だったそうだ。だがその強さが、慢心を生んだ。最初はただのスライムだと思い油断していた。だが、その正体は触れたものを一瞬で溶かすスライム界最強の魔物。これが通った場所は毒霧が発生すること、そしてスライムの王と称されるその強さから冠された名は──ポイズンロード。
ゲイツのパーティーは、彼含めて4人いた。油断していたとはいえ熟練の冒険者。初撃は前衛のタンクが重傷を負っただけという幸運とも呼べるものだった。本来ならその時点で退くべきだったのだろうが、ゲイツ達は無謀にも立ち向かった。自分たちなら絶対大丈夫という自信、否、過信があったのだろう。結果は惨敗。ゲイツを残し、他の仲間は既にポイズンロードにやられたそうだ。
「ポイズンロード......」
「そんな危険なものがこの辺りに?」
「ああ、俺達がやられたところはここから西に行くと放浪者の谷っつう商人崩れが集まる町があるんだが、その近くの街道だったな」
ここからそう遠くない場所だ。この街に来るのも時間の問題だな。
「なるほど、よくわかりました。申し訳ございませんが、少々席を外してもよろしいでしょうか?」
「ん? お、おう、構わねぇぜ」
「アイザック様。こちらへ」
不思議そうに見つめるマッチョの視線を背後に感じながらセルカに連れられ、酒場の端っこまできた。
「ここなら聞こえないとは思いますが、先ほどのこともありますので念のため」
そう言うと彼女の整えられた黒髪が翡翠色に淡く光り、優しい風が俺とセルカを覆う。
「これで私たちの声がこの風の外に漏れることはありません」
「エレメンタリアの力か。けどなんでこんなことするんだ? そんなにゲイツが信用できないのか? 俺にはいい奴に見えたけど」
エレメンタリア。それがセルカの種族名。火、水、風、土の精霊の内一つを体に宿し、それと同じ属性の魔法を詠唱せずに扱うことができる。俺らの周りを覆っている風は、セルカに宿る風の精霊の力だ。ちなみにこいつの馬鹿力は本人曰くエレメンタリアとしての力らしい。
「アイザック様は私の瞳のことはご存知ですよね?」
「ん? ああ、心眼のことだろ? 相手の心が読めるっていう」
ついさっきライムのことを見抜いたのもこの碧い瞳によるものだったはずだ。
「はい。ですが私のはあくまで精霊の力を通して嘘か本当かを見分けるだけで心眼とは別物です。私達エレメンタリアは魔法が力の源なので種族がバレて魔法に対策をされてしまったら敗北は必然となってしまいます。ですからあえて心眼と称しているのです。ちなみに本物の心眼を持っている方は相手が何を考えているか一言一句わかるそうですよ。先代のアイゼル様もお持ちだったみたいですね」
「え? そうなの? ライムのこと見抜いてたり、俺の考えてることをよく当ててるからてっきり心の中を読めるのかと思ってた。てか、親父そんな能力あったのかよ」
心の中でクソ親父とか言ってたら半殺しにされてたな。反抗期なくて良かった。
「ライムさんについては偽りの感情が見えましたので。あとは話術と勘です。それとアイザック様が考えておられることは精霊の力を使わずとも、17年もお側でお世話させていただいておりますので普通にわかります」
普通にわかっちゃうんだ。メイドっていうかお母さんじゃん。いつもありがとう、お母さん。
「お母さんじゃないです。」
エスパーじゃねぇか。
「そんなことよりあのゲイツという方についてですが話している間ずっと真実と虚偽の両方の感情が見えました。おそらく嘘はついていないけれど騙す気満々、と言ったところでしょうか」
マジかよ。めちゃめちゃいいやつだと思ってたのに。
「ですが、逆に考えれば話自体は本当ということかもしれません。ポイズンロードを倒せれば名声もあがりますし、もしポイズンロードと交渉が出来て魔王軍に加われば頼もしい即戦力になります。まぁ、後者の方はあまり期待できませんが。あとはやはり彼が私達を騙そうとしている理由も気になりますね。魔王軍に恨みを持つ者かもしれませんし、ここは彼の事も警戒しつつ共に放浪者の谷へ向かってみるのもいいかもしれませんね」
スライム相手に交渉の余地があるとは思えないが、早速世間からの評価を変えるチャンスが巡ってきたわけだ。
「そうだな、とりあえず話に乗ってみるか。ちょっと騙すみたいで気がひけるけど」
「まったく、貴方という方はお優しいのは結構ですが、少し警戒心が無さ過ぎると思います」
もっと他人を疑ってくださいとセルカに釘を刺されながら席へ戻ると、マッチョがニヤニヤしながら待っていた。ニヤニヤしてるマッチョってすげぇ怖いな。
「さっきも思ったが、にいちゃん達まるで夫婦みたいな距離感だな。羨ましいぜ」
「──ふっ!?」
がははと笑うゲイツに対して、顔を真っ赤にしながら驚いた表情で固まっているセルカ。おーい、と声をかけても反応がない。え、俺と夫婦に間違われるのそんなに嫌なの? 泣いちゃうよ?
「がっははは!! やっぱ面白れぇなあんたら!! 嬢ちゃんの方は満更でもねぇみたいだが、にいちゃんヘタレっぽいのに意外とやるな!! がはは!」
おい、ふざけるな誰がヘタレだ。それに軽率に満更でもないとかいうなよ、勘違いしちゃうだろ! だが残念だったな。俺は訓練されたヘタレだからこんなことで勘違いなんてしないんだ。ってお前誘導上手いな、自分がヘタレだって認めちゃったよ。一本取られたなちくしょう。
「バカ言うな、こいつはただの優秀なメイドだよ。それよりもさっきの話の続きをしようか」
俺は必死に平静を装いながら向かいに座ってニヤついているゲイツに切り出した。俺の後ろではセルカがまだ固まっていた。