天真爛漫な少女
強い仲間を探すため、セルカ考案の腕相撲大会が始まった。
「みなさーん!! 今から腕相撲大会をしまーす! 景品はなんと! この80万アイズ相当のブローチ! ここにいる女の子に腕相撲に勝つだけでもらえまーす! 力自慢の皆様! どうぞ、参加してくださーい!」
俺が声を張り上げて呼び込みすると、80万という言葉につられて人が集まってきた。その中の一人、屈強そうな男が前に出てきた。
「俺がやる! 80万は頂きだぜ!」
「どうぞ!」
俺はセルカの前に座らせてスタートに合図をとった。
「よーい、スタート!」
「うおおおおおおおお!」
男は声を上げて力んだが、一方セルカは涼しい顔でそれを受け止めていてぴくりとも動かない。俺だったらポッキリ腕が折れているだろう。
「そんなものですか?」
セルカがつまらなそうに呟いた瞬間、相手の男の腕が倒れた。周りの人間はまさかこんな華奢な女の子が筋骨隆々の大男に勝つなんて思ってもなかったらしく、辺りは静まり返った。しかし、それも一瞬。観衆は湧きに湧きまくった。この人どんだけ強いのよ。
それから数十名の挑戦者が頑張っていたが、ことごとくセルカに打ちのめされていた。
次で48......いや、49人目か。セルカは相変わらず涼しい顔をしている。よくあんなに腕相撲やって疲れないよな。
「たのしそー! 混ぜて混ぜてー!」
セルカが次の挑戦者はと言いかけた時、元気で活発そうな女の子が声を上げた。
見た限り10歳前後といった感じか。ボサボサで明るい栗色の短い髪に淡い橙色の瞳がよく似合っていて、天真爛漫というイメージがしっくりくる少女だ。
「......いいでしょう」
セルカは、一瞬悩んでから口を開いた。恐らく勝負になるかどうかを考えていたのだろう。
「えへへ。おねーさんかなり強いみたいだけど、ライムも結構強いよー?」
「あら、それは頑張らないといけませんね。よろしくお願いします、ライムさん」
「うん! よろしくね! あ、そうだ! ねーねー、これって魔法あり?」
「攻撃魔法でなければ構いませんよ」
セルカは子供をあやすように優しく微笑んだ。
「ふーん......自信満々だねぇ。後悔させてあげる」
「......〈力よ激れ〉」
ライムと名乗った少女が不敵な笑みを浮かべ何かを呟いた。観衆の声援にかき消されて俺にはなんて言ったのかはわからなかった。
「......っ!!」
腕を組んだ瞬間、セルカの表情が変わった。
訪れる静寂。それを切り裂いたのは俺の声だった。
「レディ......ファイッ!」
掛け声は俺の気分によって変わる。対戦相手が20人を超えた頃、俺は腕相撲に飽きて掛け声で遊んでいた。こういう掛け声って考えてみると色々あるもんなんだな。
試合が始まってすぐ、腕相撲の舞台が揺れた。
「やはりですか」
「気づいてたんだね、それにしてもすごい力......」
セルカは何かに気づいているようだが、俺には全く分からない。なにが起きているんだ?
「おい、セルカ。子供だからって手加減してたらこの大会の意味が......」
「アイザック様、少し黙っててください」
今のセルカにはいつもの余裕が全くない。この女の子は一体何者なのか。そんなことを考えている合間に勝負はついた。
「おねーさん、とーっても強かったね!」
勝者はライムと名乗る少女。
何が起こったのか分からず二度目の静寂が広場を包む中、皆が浮かべた疑問。
「あなたは一体何者なのですか......?」
「んー? ライムはライムだよ?」
セルカからブローチを渡され、満足げなライム。
「おにーさん! どう? ライム似合う?」
ブローチを胸元に当て、あどけない表情で笑う。
「あ、ああ。似合ってるぞ!」
突然話しかけられて思わず空返事をしてしまった。
「ライムさん、貴方にお聞きしたいことがあります。少しお時間よろしいですか?」
片付けを終えたセルカが戻ってきた。
「いーよ! ライムもおねーさんたちとお話ししたい!」
「それは良かった。では、あそこの酒場で話しましょう」
「りょーかい!」
タタッと酒場の方へライムが駆けていく。
「アイザック様。あの娘、何かあります。お気をつけください」
「おう、わかった」
セルカに勝ったんだ。訳ありじゃないはずがない。とにかくそれも含めて話をしよう。
「まだー? 早くー!」
「ごめんな! 今行くぞー!」
酒場の中はかなり広めだった。丸いテーブルに椅子が四つほど並べられていて、それが何セットもある。高い天井からぶら下がっているのは魔石だろうか。魔石は人が発する微弱な魔力に反応して明るく光るのでこういった人が集まるところではよく使われる。
「あそこの席にしましょうか」
セルカが奥の方の席を指差しながら言った。
たしかに奥の席の方が話しやすいだろう。
「さて、そろそろ演技はやめていただけますか?」
セルカは席に着くといきなりそんなことを言い出した。
「セルカ? いきなり何言ってんだ?」
「そうだよ! おねーさん! ライムは演技なんかしてないよ! ......って、心眼持ちの人をごまかせるわけないか」
自身を見据える碧い瞳に観念した様子のライム。セルカは心眼というものの真偽を見通す力を持っている。そのため多少の読心くらいならできる。
それにしてもあの腕相撲一回で心眼を見抜いたのか?この娘、本当に一体何者なんだ?
「〈解除〉」
呟いた瞬間、ライムの姿が変わった。
「ケモ耳っ!?」
ライムの頭からは猫のような耳が生え、さらにはふわふわの尻尾が生えていた。
「その姿、やはりキャットピープルですか」
キャットピープル。獣人種の一種で接近戦に優れ、身体強化魔法の使い手。また、中には人間の姿になることができる者もいるという。
「だから、セルカに腕相撲で勝てたのか!」
「はい。身体強化魔法で彼女らの右に出る者はいませんから。いくら私でも勝てな......っ!」
そこで睨むのはおかしくないですか?セルカさん。ご自分で仰ったんじゃないですか。
「そろそろ本題に入ってもらってもいいかな?」
俺らの茶番に痺れを切らしたライムが仕切り直す。
「失礼いたしました。では、単刀直入に伺います。ライムさん、私達の仲間となっていただけませんか?」
「仲間? お友達ってこと? いいよ! ライムおねーさんみたいな人好きだし!」
ライムは頭の上の耳をぴょこぴょこさせたり、尻尾を左右に揺らしている。めちゃくちゃモフりたい。あのふわっふわな尻尾を抱きしめたい。そんな衝動をグッと堪えて話を続ける。
「なあセルカ、ちゃんと話しといたほうがいいんじゃないか?」
「アイザック様。物事には順序というものがございます。すこし静かにしていてください」
セルカなりに何か考えがあるのだろう。俺は大人しく座っていることにした。あー、モフりたいなぁ。あの尻尾。
「何かあったの? ライムに出来ることならなんでもするよ!」
「お心遣いありがとうございます。そうですね、長くなるので掻い摘んでお話しいたします。」
「私達は大きな戦いをしていました。その苛烈を極める戦いは私達の仲間を全て奪い去ってしまいました。ですが、なんとか戦火を逃れた私とアイザック様は再び立ち上がる為に仲間を集めると決めたのです!」
「そーだったんだ......それは辛かったね......。でももう大丈夫! なんたってこのライムが仲間になるんだからね!」
セルカの演劇じみた語りに感銘を受けたのか橙色の瞳を輝かせ、胸をぽんと叩く仕草を見せるライム。
「本当ですか!? ではご協力いただけるのですね! 我々魔王軍に!」
「......魔王?」
木製の椅子が軋む音が響いた。普段は賑わっているはずの酒場だが、今はなぜだか人が少ない。まだ明るいからだろうか。
「私としたことが申し遅れました。現魔王軍軍団長にして魔王軍メイド長もとい、魔王様お世話係のセルカでございます。そしてこちらが次期魔王のアイザック様でございます」
「俺の紹介雑じゃない!? あとお前そんな肩書きないだろ」
軍がなくなった今、言ったもん勝ちです。とこちらに楽しそうな笑顔で答える。実際咎める人も居ないので本当に言ったもん勝ちではある。
「んー、ごめんやっぱむり」
「......え?」
先程まで一緒に盛り上がっていたライムだったが、彼女の太陽のように明るい性格を否定するような、そしてどこか諦めるような冷たい瞳を向けていた。突然の拒絶に動揺を隠しきることができなかった。
「り、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
セルカは橙色の瞳を見つめ、慎重に尋ねる。
「......私はね、魔王が嫌い。憎い。名前を聞くだけで嗚咽がする程に。だから協力はできない」
途端、ライムからドス黒い何かが溢れ出した。それは魔力か、妖気か、それとも別の何かなのか、俺には知るよしもない。
「ま、待てよ! 突然どうしたんだよ! なんでそんなに魔王を嫌って──」
「──なんでだって!? 魔王が私達にしたことを考えればそんなことっ!! ......とにかく貴方達に協力は出来ない」
「魔王がしたこと......?」
「アイザック様。ライムさんも何か事情があるのですね。分かりました。諦めます」
何かを察したのか悲しそうな瞳でライムを見つめるセルカ。
「おねーさんのことは嫌いじゃないんだけどごめんね。じゃあ帰るね。あ、これ本当にもらっていいんだよね?」
「ええ、差し上げます」
「やったー! 実は結構気に入ってたんだよね〜。一目惚れって感じ!」
別人のようになったのは一瞬のことで、すぐに天真爛漫な少女は戻ってきた。
「お気に召されたようで何よりです」
「それじゃ、素敵なお仲間見つかるといいね!」
また人の姿に化けて酒場から出ていくライム。人と獣、そして表と裏。二つの顔と姿をもつその少女の背中からは、先程のドス黒い何かはもう出ていない。
「アイザック様。本当の魔王様を知っている私たちにはとても信じられないとは思いますが、魔王というものは噂だけが広がり、世間では悪の王なのです。私も今の今までそんな噂は信じてはいませんでした。ですがここまでとは。この先の仲間集めは困難を極めるかもしれませんね」
前魔王アイゼルは他人に関心がなく、外交などの一切を行っていなかった。ただ己の強さのみを磨き、部下も連れずにたった1人で城への侵略者と戦うのみだった。また魔王城周辺の森から出ることはなかった為、魔王が悪行を成すことなどなくこの噂も2人を含め魔王軍のもので信じているものなどいなかった。
「セルカにしては珍しく弱気だな。確かに世間からのイメージにはショックだが、あくまでそれはイメージだ。親父が何かしたわけじゃないんだ。俺が、俺達がその噂を覆すくらい正しいことをすればその過程で仲間になってくれるやつもいるかもしれないし、魔王軍の本当の意味での再建になるんじゃないか?」
そうだ、これまで何を成したかじゃない。これから何を成すかだ。世間からの評価なんてその後からいくらでもついてくる。
「ふふっ。そうですね。改めて私は貴方についてきて良かったです。アイザック様」
そう言って笑うセルカの碧い瞳はいつもより楽しそうでそして今までで一番優しいような気がした。