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優秀なメイド

 大森林の中心で魔王によって放たれる轟音が大気を震わせる。


 果ての大陸トゥーレア。

その中央に位置するフィアネル大森林に魔王城はある。

この森では多くの勇者を名乗るものが魔王に挑み、志し虚しく散っていった。

本来魔王というのは城の奥で待つものだが、この魔王は「それではつまらぬ」と自ら森へ出向き、我が城に攻め入らんとする者のことごとくを滅ぼしていた。


「貴方はお父様のような立派な魔王になるんですよ、アイザック」


 これは小さい頃、母上から耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。小さい頃の俺はその言葉を信じて疑わなかった。そして今まさにこの森で大暴れしているのが、俺。ではなく、俺の父にして歴代最強の魔王アイゼル。

そう、俺はこの魔王アイゼルの元に生まれ、既に17年間この城で過ごしている。

こっちでの生活も体に馴染んできた。なんせ向こうと同じ年月を既に過ごしてるわけだしな。

最初は慣れない生活に色々と苦戦したが、俺と歳の近いめちゃくちゃ優秀なメイドがいたおかげで何とかなっていた。

前世では、ニホンという国でコウコウセイとして生活をしていた。名前は確か......。

いや、今となってはそんなことはどうでもいい。

俺はとんでもなくやばい事実に直面してしまったのだ。というのもこの世界には前世の記憶があると魔力が極端に弱くなる、と言う都市伝説がある。つまるところ俺はそれだ。

次期魔王がクソ雑魚なんて誰にも言えるわけがない。魔族を統べる者が弱いなんて、そんなことが知れ渡ってしまったら魔族全体の護憲に関わるだろう。


「......って、どう考えても無理ゲーだろぉがぁ!! 何が魔王なのに魔法適正ゼロだよ!? ふっざけんな!! 俺の順風満帆ハーレム系異世界転生無双物語を返せクソ女神がぁ!!」


 思い出すのはあの時の少女。

女神かどうかは分からないがあの整った顔立ちや、俺を転生させたことから勝手に女神だということにしている。

あれから彼女は一度も姿を現していない。人を最弱魔王に転生させておいて後はほったらかしなんていったい何を考えてるんだあいつは。しかしまぁどんなに悪態をついたところで彼女が現れるわけじゃない。一旦忘れよう。


 ......コンコン。無駄にだだっ広い部屋にノックの音が響く。


「む? 誰だ」


声のトーンを落とし、魔王らしい声で尋ねる。魔王らしい声って何だろう。知らん。


「アイザック様、メイドのセルカです。現在の状況をお知らせに参りました」


「入れ」


「失礼致します」


扉を開けてひとりの少女が入ってくる。

肩まで程の長さで綺麗に整えられた黒髪が、メイド服とよく似合っている。

澄んだ碧い瞳の少女は凛とした表情で告げた。


「アイザック様。只今この城は勇者の侵攻により崩壊しつつあります。魔法適正ゼロのアイザック様ではとても敵う相手ではありません。私が案内いたしますのでここからお逃げください」


「いや、そうは言っても一応魔王候補なわけだし城を捨てて逃げるわけには行かないだろ」


そうだ。いくら弱いとはいえ魔王が城を捨てるわけにはいかない。


「しかし実際に弱いではないですか。アイザック様。あなたがここにいて出来ることはなんですか? 何もできず雑兵に無残にも殺されるのが関の山です。そんなのがここにいても仕方ないでしょう? 大人しく私と逃げてください」


「ひどい言われようだな......。って今そんなのって言ったろ! それに船長は船と共にって言うだろ? 俺も城と共にってな。フッ!」


僕はキメ顔でそう言った。


「意味がわかりません。それに貴方はまだ魔王ではないでしょう? ほら、行きますよ」


「いやでもっ──」


「──来なさい。」


絶対零度の瞳で睨まれた。これ以上は多分殺される。

セルカとは生まれた時からの付き合いで歳が近いこともあり、専属のメイドの様なものだ。

ちなみに俺が魔力適正0であることを知っているのは両親の他にはセルカだけだ。彼女のおかげでここまでなんとかやってこれている。そして怒るととても怖い。本当に怖い。


「はい......」


 手を引かれて城内を走る。女の子と手を繋いでこんなにドキドキしないことも中々ないだろう。いや、ドキドキはしている。だって握ってる力が尋常じゃない。


「痛い痛い痛い! 手! 痛い! 力強すぎ!」


「黙って走ってください。握り潰しますよ?」


「わかった! 黙る! 黙るから! もう少し力を抜いて! あっ! 今メキッていった! メキッて! 鳴っちゃいけない音が鳴った!」


もはや魔王らしい喋り方など忘れて痛みに耐えながら全力ダッシュをしている。魔王らしい喋り方ってなんだよ。知らん。


「そろそろ出口です。この先の森を抜けたら魔王アイゼル様の別邸があります。あそこまで行けばひとまずは大丈夫でしょう」


痛みで頭がいっぱいな俺とは違い、彼女はかなり冷静だった。あ、痛いのは俺だけなのか。つかこいつどんだけ馬鹿ぢか──メキッ......。


 何とか誰にも見つからずに魔王城を抜け、大森林から少し離れたところにある魔王の別邸へとたどり着いた。この屋敷はやはり魔王の別邸ということもあり、高級そうな家具で彩られている。しかしあまり使われていないのか、ところどころ埃をかぶっていて居心地はあまり良くない。


「いってぇ......なんつー力だよ......」


握られていた。いや、正しく言えば潰されていた手を振りながら文句を零す。


「魔力だけではなく、筋力も乏しいんですか? どれだけ残念になれば気が済むんですか?」


「いや、俺は悪くない。この世界が悪い」


というか俺をここに飛ばしてきたヤツが一番悪い。次会ったら絶対にぶん殴ってやる。


「またそのようなことを......。そろそろ魔王としての自覚をもっていただかないと。魔王軍の中にはアイザック様の実力を疑うものも出てきています」


「そう言われてもなぁ......」


魔王としてこの世に生まれたとこまでは良かったが、まさか魔力適正0だなんてな。

あーあ、どうすればいいんだろ......。

そんな事を考えていると、来客を知らせるベルが静かな屋敷内に鳴り響いた。


「私が出ます。アイザック様はここでおとなしく待っててください」


「はいよー。クソ雑魚ナメクジの魔王候補(笑)はここで待ってますよー」


不貞腐れたように返事をすると、セルカにすごく不愉快そうに睨まれた。


「にしてもマジで魔王城は大丈夫なのかなぁ。潰れたりしないよなぁ」


普段は魔王が無双しているので、城内は比較的安全なのだが、今日は城が崩壊寸前まで追い詰められている。それは、もしかしたら魔王軍の敗北を意味しているのかもしれない。


「今回の勇者は歴代最強だとか噂で聞いたけど、こっちだって歴代最強だしな。流石に負けはしないだろ」


「アイザック様」


 そこまで考えたところで、セルカが戻ってきた。

いつもは綺麗に整えられている黒髪が少し乱れていた。よほど急いで来たんだろう。


「たった今、城から逃れてきたものより報告がありました。心して聞いてください」


とても重く開かれた口から、信じたくもない事実が告げられる。


「私達のように早急に城から避難した数名を除き、魔王軍全軍全滅いたしました」


あらま、なんてお早いフラグ回収だこと。

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