溝鼠の矜持
いつから俺はいるのだろうか
何か暖かいものに包まれていたような気がするが、それが何なのか覚えていない
俺は気づいたときには1人だった
はじめからそうだったのか、それとも誰かといたのかはわからない
知らない国の知らない街の知らない場所に俺はいた
そして、自分の名前すら知らないのだから
次の記憶は、知らない女の人に手を掴まれてどこかに連れられている記憶だ
その手はとても暖かく、心地が良かったのでとくに嫌ではなかった
その女の人が止まると俺も止まった
その先に男の人がいた
二人は何か話しているようだったが、内容は覚えていない
覚えているのは、
二人が家族になったことだ
母は魔術や勉強、料理など色んなことをおしえてくれた
そのどれもが特別好きということもなかったが、俺が新しいことを覚えると喜んで暮れたので全く苦ではなかった
父は剣や戦い方を教えてくれた
剣はあまり向いていなかったが、お前は器用だからと父は言ってくれて、剣意外のことも教えてくれた
一番得意だったのは武器を使わない武術だったことを父に申し訳なく思ったが、出来ることが多いのはいいことだと言ってくれた
俺は二人に人間にしてもらったのだ
二人に拾ってもらえなければ、野垂れ死にしていたの間違いない
仮に生き残る事ができたとしても残飯などを漁って生きていると言えないようなその日暮らしをしていただろう
だから二人には感謝している
いつ頃だろうか
二人と俺はちがうと感じるようになったのは、俺には魔術の才能がない、正確には魔力が一般的に劣っている
俺には血統がない、父のような王族の血を引くこともなければ、きっと碌な血が流れていない
俺にはなにもないのだ
何もない俺を二人が満たしてくれる、補ってくれる
二人には大義があった
本来なら俺の面倒など見ている場合でなかった
だから、俺は二人の役に立つならば命なんてどうでもよかった。王の身代わりになれるならそれで良かったんだ
なのにどうして二人は死んでしまったのだろうか
どうして俺が生きているのだろうか
あの男が言っていた
俺のために自分の命を身代わりにしたのだと
二人には大義があったのだ、二人は特別な存在なのだから
俺なんかのために死ぬことなんてすべきではなかったのに
生き残った俺、何もない俺
二人の跡をついで成し遂げることなど、俺に出来るはずがない
すべきことは、はっきりしていた二人の意志を、大義を成し遂げることが出来る人間へと託すことだ
そのためなら何でもする
二人からもらった名前を捨てることも
他人を騙すことも、人を殺すことも
そしてそれが大切な人を裏切ることだとしても
ただそんな俺に幸運が舞い降りる
彼女に出会ったことだ
彼女なら成し遂げるだけの力があるのに、俺は彼女に託すことが出来なかった
何も知らない彼女にはそのままでいてほしいと思ってしまった
それが叶わぬことは、分かっていた
彼女ほどの力ならいつかきっと巻き込まれる
だから、彼女にも出来る限りのことをしよう
俺には出来ることも時間もあと残り少ない
王のために出来る限りの場を整えよう
そこまですれば二人に報いことが出来るはずだ
きっと俺の命はこのためにあるのだから




