星に願いを(三十と一夜の短篇第84回)
夜。暗闇に星が舞った。
ぽぉんぽぉんと幾度か跳ねた星は、ちいさな洋館の窓辺にころり。
にじむような星の光に、部屋のなかで横になっていた少女が目を開けた。
「だあれ?」
幼さに似合わない静かな声に、星はこたえるようにまたたく。
「ら、ら……らいあー?」
鈴のようなその音色が、少女の耳には「らいあー」と聞こえたらしい。
ふふ、と吐息をこぼした少女は細めた目で星を見た。
「ライアー、うそつき。すてきな名前ね」
笑いの形にした目をそのまま閉じて、少女は色の失せたくちであえぐ。
「……ねえ、ライアー。うそをついてほしいの。代わりに、わたしの身体をつかって、いい、から……」
言い終えるのと同時に長く細く息を吐いて、それきり。
少女は深く、暗く静かなところへ沈んでいった。彼女自身の身体も届かない、遠いところへ。
残されたのは空っぽになった少女の身体と、星がひとつ。
星はふと、ぽぉんと跳ねた。
跳ねて、宙を舞い、落ちたところは少女の胸。
空っぽの身体に星がすっぽりはまった。
☆☆☆
翌朝、星は朝日を浴びてぱちりと目を覚ます。
少女の身体でむくりと起きあがり、跳ねるようにベッドを降りた。
家族は喜んだ。
少女がとても元気になったのだ、と。
医者は驚いた。
少女が回復したことは奇跡だ、と。
学校は歓迎した。
教師に言われるままクラスメイトたちは少女を受け入れ、ほほえみあった。
けれど、ただひとり。
少女の奇跡に顔をしかめるクラスメイトがいた。
「マミちゃん」
少女といちばんの仲良しだった子。
少女の胸に残る思いで、星はそのことを知っていた。
なのに、少女が学校に戻ったその日は笑顔を見せていたマミちゃんは、しだいに表情をくもらせていく。
そうしてある日の放課後に、マミちゃんは少女の手首をつかんで駆け出した。
夕暮れの町はずれ。
少女の手を離したマミちゃんは、少女をにらみつける。
「ねえ、あの子をどこにやったの」
「ここにいるよ」
星は少女の手を持ち上げ、少女の胸を指さした。
「ちがう!」
マミちゃんはかぶりを振って叫ぶ。
「ちがう! 見た目はそうだけど、でも、ちがう。あの子はそんなにきれいに笑わない!」
言われて、星は顔に手をやった。
やさしくやわらかな微笑がそこにある。けれど、たしかにあの少女は猫のように目を細めて笑っていた。
真似てみようとするけれど、どうにもむずかしい。
「ほら」
マミちゃんが少女をにらみつける。
「できないんでしょ。だってあんたはあの子じゃあ!」
星は少女の指でマミちゃんのくちびるに触れて、ことばをさえぎった。
「言わないで。聞いてしまったら、もうここにいられない。あの子の願いを叶えられない」
つん、と胸元を指した少女の手を見つめて、マミちゃんはくちびるをかみしめる。
「……なんて、願ったの。あの子は」
「嘘をついて、と。『私はずっと元気でいます』という嘘」
少女は願いを言葉にする前に沈んでいってしまったけれど、胸に残った願いを星はきちんと拾っていた。
拾って、叶えるために抱えていた。
「ばかだね」
マミちゃんが笑う。
誰に向けたのかもわからない言葉を理解するのはむずかしくて、星は少女の首をかしげさせた。
「その嘘、いつまで続けるつもり?」
今度は答えられる質問だ、と星は少女の手で胸に触れる。
「ここに残っている願いが、ちいさくなって消えるまで」
「そう……いいよ」
きょとりと瞬く少女をよそに、マミちゃんは視線をやわらげた。
「しょうもない嘘に、つきあったげる」
それはつまり、少女の願いを叶えていられるということ。
星はうれしくってまたたいた。
鈴のような音色が響いて、少女の顔をほころばせる。
向かい合っていたマミちゃんは、その顔を見てぽろり、しずくをこぼした。
「ほんと、ばかげてる」
笑うマミちゃんの頬でしずくがはじけて、夕闇にきらめく。
それはまるで一番星。
星は仲間を見つけたことがうれしくって、またたいた。
ライラ、ライラとまたたいた。