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素敵な卒業式でした

 寝不足ながらエデルガー先生との距離の近さに戸惑いと心臓の高鳴りと、とにかく内心忙しない私だったが、しばらくすると卒業生の入場が始まった。私は先生にエスコートされ、会場へと足を踏み入れる。

 先生のエスコートはまるでいつもされているかのように私にぴったりと寄り添ってくれるものだった。また一つ、エデルガー先生の素晴らしさを知った。

 しかし席に座ってから、なかなか先生は私から離れようとしなかった。にこにことしながら私を見る先生に、私は首を傾げる。


「……あの?」

「ん?」

「来賓入場に行かなくていいのですか?」


 そう聞いた私に、エデルガー先生は少しだけ眉を下げた。

 あれ……なんか……落ち込んだ?


「……そうだった。うん、行くよ。また終わったら迎えに来るから」

「あ……はい。分かりました。ありがとうございます」


 本当に寂しそうに手を振られて……その表情にも行動にも、私は困惑するしかなかった。

 しかも先生がいなくなってから、なぜか彼を行かせた私が悪者になったみたいに周囲から睨まれてしまう。

 いや、そりゃ完全に悪者に近いだろうけど。あの、エデルガー先生の婚約者の座に居座り続けて。厚かましくも卒業式にエスコートまでされて。それなのにドレスの色は彼の色が一つもなくて。

 嫉妬深い視線や怨念めいた視線。その中に混じる懐疑的な立場の私を見る、なんとも言えない視線。

 それらが突き刺さりながらも、来賓なのだからここにいてはいけないし、私にだって分からないのだからそんな目で見ないでくれと、それらの視線は無視すると決めた。

 式の始まりを待つ間、あくびを何度もしてしまった。寝不足だから頭が働かないのだ。だから彼の言動も、深くは考えないようにした。



 式は滞りなく進んだ。

 滞りはなかったが、エデルガー先生とフルール様絡みで何度も会場が湧いた。


 まず一度目が、エデルガー先生とフルール様の入場シーンだ。私を送り出してくれた先生は、一度外に出られ、再入場となった。

 本人はもう会場入りしたのだから席に座っていたんでいいと言っていたようだけれど、それでは来賓の方々が全員入場出来ませんと先生方から泣きつかれて、渋々外に出たのである。

 先生方も大変だなぁ。来年は私があれをやるのか、と考えて、いや来年は彼のエスコートはフルール様だけでいいから最初から外にいるか、とも思った。

 そうして、来賓入場。毎年けっこうゆったりと進むのに、今年はやけにさくさくと進み、エデルガー先生の後にフルール様が続いた。


 エデルガー先生の時も割れんばかりの拍手がされたけれど、それを上回るかもしれないほどの拍手を浴びたのがフルール様だった。

 彼女は来賓らしく、卒業生よりも目立たずお淑やかに……清楚なシルバーのレースドレスを着ていた。エデルガー先生からはエスコートをされてはいなかったが、歩く姿だけでも、格の違いを見せつけられているようだった。

 歩く姿勢、お辞儀をする仕草、座ってこちらに微笑む様……それら全てが完璧で、全てが美しかった。

 思わず見惚れてしまった者は、きっとこの会場に大勢いただろう。

 隣に座っているエデルガー先生ともお似合いすぎて、私はあまり直視出来なかった。



 そして二度目は、エデルガー先生からの来賓挨拶。

 来賓挨拶は来賓者がその場で立ち上がって行われるが、彼はまるで壇上にいるかのように輝いていた。


「今日というめでたき日に、卒業を迎えられる皆へ。君達は今、輝かしい未来に向けた希望や期待に満ち溢れていることだろう。君達が無事に私が出した課題の全てを達成し、この場にいることを嬉しく思う。若さ溢れる君達の意欲に私はいつも楽しませてもらった。ありがとう」


 苦労した課題のことを思い出して笑う子もいれば、既に泣きかけている子もいる。


「特に……今年の卒業生には熱心な学生が多く、私の指導にも熱が入った。それに応えてくれた君達は、間違いなく歴代でも好成績者の多い学年だったといえよう」


 エデルガー先生からの高い評価に、周りも私も純粋に喜んだ。ワッと短いながらも上がった歓声がやんだ後、それまで卒業生全体を見回しながら話をしていた彼の視線が、一点で止まった。


「それを証明する一つが、先日開催された魔法学術大会での受賞だ。私以来となる学生での受賞者が出たことは、この学園の卒業生としてとても誇らしかった。この場を借りて、その生徒には労いと感謝の言葉を。私は君を心から誇りに思う。ありがとう。いつも私を楽しませてくれて」


 その言葉は、真っ直ぐに私に向けられた。だって目が合って言われたのだ。私こそ、お礼を言いたい。エデルガー先生が鍛えてくれたからこその、あの結果なのだから。

 

「そして卒業する全ての生徒諸君。私は君達のさらなる飛躍と幸せを心から願っている」


 そう告げてエデルガー先生が天井へと手をかざし、創生魔法を唱えた。


 先生がその魔法を発動させたことで、会場中にフラワーシャワーが降り注ぎ、室内なのに虹が出た。

 しかも足元に散った花はキラキラと光った後に消え、ああ、もったいない、と思えば卒業生全員の手元に花が一輪出現したのだ。その花は消えることなく、全員があまりの感動に声も出さずに、手元の花を大事に抱きしめた。


 ここで、一つだけ私と周囲で違ったことがある。皆の手元に残ったのは赤色の花で、花言葉が『希望』や『前進』といったものだったのに対し、私の手元には同じ赤色だが種類の違う花が残った。そしてその花の花言葉は、『出逢えた喜び』だ。

 これは昔……公爵家でのお茶会の帰りに、従者のマイクさんが私がエデルガー先生の婚約者になってから、公爵家の庭園に植えるようになったのだと教えてくれた花だった。


 出逢えた、喜び。


 私も心から感じています。あなたがいなければ、私は凡人のままだったのだから。

 花を抱きしめて、私は泣いた。皆も泣いていたから、目立ってはいなかったと思うけど、涙は長いこと止まらなかった。

 私は俯いて泣き、エデルガー先生が私をどんな目で見ていたのかは確認出来なかった。



 そして三度目。これはフルール様の来賓挨拶でのことだった。

 皆がエデルガー先生の花の贈り物で一泣きして落ち着いてから、フルール様は優しげな声で私達卒業生へと語りかけた。


「卒業、おめでとうございます。皆が毎日、将来のため、夢のためにと努力していた姿に刺激をもらっていました。そんな皆には、私からもお礼を言いたいです。未熟者の私の授業にも、意欲的に取り組んでくれてありがとう」


 スッと頭を下げ、静かに上げる。

 無駄のないその所作は美しく優雅だ。


「皆の中には私のように結婚せずに働く人もいるでしょう。実は私、結婚は早めに、なんて父から急かされている毎日です」


 十八歳で結婚できるこの国では、婚約者が決まっていることも多く、結婚年齢の平均は十八歳から二十二歳と言われている。

 二十三歳で結婚もしておらず、婚約者もいないという彼女をご両親が心配するのも仕方ないのかもしれない。


「私はこれまで皆の成長を見守っていくことがとても楽しくて、毎日が幸せだと思っていました。しかし最近、そろそろ結婚も意識しなければいけないかな、とも思うようになったのです。新しい門出を前に瞳を輝かせる皆を見て、感化されたのかもしれませんね」


 彼女は少し困ったように眉を下げて笑うと、ちらりと隣に座っているエデルガー先生に視線を送った。ほんの一瞬。でもそれで、十分だったのかもしれない。


「幸せは自分が決めて、自分で掴むものです。迷った時は、皆が幸せだと思う道を選び、突き進んてください。その先に幸せがあり、きっとそれは歳を重ねるごとに形を変えていきます。その変化を恐れないで。あなたの隣にいる友人、恋人、家族を信じてあなたが幸せだと思う人生を送ってください。私はそれを、心から応援しています」


 その言葉で挨拶を終えたフルール様は、エデルガー先生が私達にくださった花を枯れないようにするための防護魔法をかけ、お辞儀をした。

 拍手喝采、とはまさにこのことだった。

 鳴り止まない拍手に照れたように微笑んだフルール様は、まるで銀色を身に纏った女神かのように美しかった。その隣に座る銀髪の美青年と目を合わせて笑い合う。

 エデルガー先生が何かをフルール様に話しかけた。それにフルール様も笑いながら答える。


 美しすぎて、ため息が出るようなワンシーンだ。


 拍手をする手が震えても。

 視界が涙の膜で歪んでも。

 彼らの間に割って入ることは、秀才では無理なのだと分かっていても。


 これが最後だと思えば、エデルガー先生からは視線を外せなかった。彼の紡ぐ言葉が私に向けられなくても……これでいいんだと思えた。これが、あるべき姿、だったのだ。


 私達の間には、今のように縮められない距離が存在しているんだ。

 

 ふと……エデルガー先生が、私の方を向いた。

 そしてまた、真っ直ぐに、視線を向けてもらえて……私は無意識に微笑んでいた。涙はボロボロと溢れて、鼻だってすすっていて、相当に不細工な顔になっていたと思う。

 それでも少しでも彼の記憶の中に残る私は、笑っている私でいたかった。

 エデルガー先生は泣いている私をじっと見つめ……私に応えてくれるかのように、微笑み返してくれた。


 おめでとう。


 声は届かなかったけれど、口の動きでその言葉が私だけに贈られたことが分かった。



 絶対に、私はこの日を忘れない。

 一生、目に焼き付けていようと優しく微笑むエデルガー先生から目を離さず……贈られた言葉も、心に刻み込んで。


「……好き、です……テルネッド、様…………」


 口元を抑えて呟いた言葉は、拍手の音に掻き消された。


 あなたに出逢えた喜びを。

 私は絶対に、忘れはしない。

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