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天才が婚約者に

 天才と呼ばれる私の婚約者が初めて魔法を使ったのは、なんと二歳。

 それも偶然発動したものではなく、確実に魔法の何たるかを理解した上で、邸の庭園一帯に水魔法で水遣りをしたそう。

 それからは、ふわぁとあくびをして思いついた魔法が、魔法協会を騒然とさせるような超上級魔法だったり。

 興味本位でつい、なんて言って、山一つを浮かせてみせたり。

 試し打ちで夜空に特大花火を五十連発あげてみたり。

 魔力量計測用の巨大魔法石を木っ端微塵にしたのに、本人からすればちょっとしか魔力を使ってなかったり。

 魔法の得意不得意を聞かれて、そもそも使えない魔法がないから得意も不得意もないかな、なんて、とんでもない答えを返したり。


 数々の功績と圧倒的な実力で、世界からも天才と認められるお方。

 そのお方こそ、私の婚約者である、テルネッド・エデルガー公爵様。


 現在二十三歳になる彼は、二十歳で公爵当主を引き継いだ。

 古くから魔法研究といえばエデルガー公爵家と言われるほど、魔法に関する研究者や教育者を多く輩出している家系であり、テルネッド様はその中でも歴代最高の魔法使いと呼ばれている。

 そしてその実力は数多の場で求められており、自身も卒業生であり、私が今通っている魔法学園の特別講師、王家魔法騎士団の特別顧問、魔法協会の役員、隣国との共同魔法研究所の特別指導員と、その他にも様々な役職と肩書をお持ちのすごいお方。


 知識も発想も非凡。生み出す魔法は他者の追随を許さない。

 彼が創り出した魔法は簡単なものから超上級のものまで。超上級に至っては、彼以外に発動出来る人は、ほぼいないとされる。

 その優れすぎた才能により、国民だけでなく世界中にファンがいて、一部では彼を崇拝する組織まであると噂される、テルネッド様。


 おまけに彼はその魔法の才能のみならず、天が二物も三物も与えたと言われるほど、とんでもない美形である。

 お顔立ちはまさに眉目秀麗。背は男性の中で平均ぐらいだが、スラリと伸びた手足と抜群のスタイルがより一層彼を華麗に魅せる。

 エデルガー公爵家に代々引き継がれている銀色の髪を腰まで伸ばし、澄み切った空色の瞳を持つ。そのどちらの色も、多くの国民が憧れる色となっているのだ。

 物腰柔らかで常に笑顔を絶やさず、歩いていても座っていても話していても黙っていても、とにかく老若男女すべての人類から愛され、見惚れられる男。


 それが、テルネッド・エデルガー公爵様なのだ。


 そのモテエピソードは私という婚約者がいようとも留まるところを知らず。

 婚約して長いというのに、未だに東西南北ありとあらゆる土地のご令嬢方から縁談の釣書を大量に送られてきている。

 それを毎回見せられ感想を求められても、すごいですね、としか私は返せない。そして、テルネッド様も、そうなのかな? とだけ言って、返事は全て執事に丸投げしている。

 きっとその釣書の中には、彼の目に止まろうと最高のお化粧に最高のドレスを着た姿絵を載せているご令嬢も多いだろう。何度か中身が見えてしまったことがあったが、ひぇっと悲鳴が上がるほどの美人が釣書の中で笑っていたこともあった。

 しかしテルネッド様はそれを見ても特に反応することなく、普段通りに執事に渡していた。たぶん彼は、美しいご自身の顔を毎日見ることによって、美人を見る目が肥えてしまったのだろうと結論付けた。



 そんなすごいお方の婚約者である私は、テルネッド様の正反対をいく、何をとっても平凡でしかなかった伯爵令嬢。

 貴族としてはよくいる薄い茶色の髪に、深い緑色の瞳。魔力量は、その人の瞳の色が薄かったり澄んでいたりするほど高いと言われている。なので深緑の私の場合、魔力量を測定したらぎりぎり中の下に入るぐらいだった。


 テルネッド様と私は五歳の差があり、家格としても実力としても分不相応なのに、なぜ、この婚約が通ったのかと言うと……それは我が領にある魔法石の鉱山が最たる理由となる。

 魔法石とは、魔法をかけるとその効果を増幅させたり継続使用できるようになる特殊な石のこと。生活の必需品でもあり、大きさによってはかなり高額にもなる魔法石が眠る鉱山の中でも、国内最大級の鉱山を有するのが我がシャルム領。


 お気付きでしょうが、この婚約は典型的な政略結婚でしかないのである。


 婚約が決まったのは彼が十三歳、私が八歳の時。

 しかし私は、この婚約が決まる前から彼に強い憧れを抱いていた。幼い頃から愛読書がエデルガー家出身の方々が書かれた魔法書であった私は、そのエデルガー家でも特に才能があると言われるテルネッド様にお会いしてみたいと常々思っていた。

 それが偶然にも、テルネッド様がお父上である閣下と共に我が領の鉱山を視察に来ていただいたことがあった。

 そこで、少し離れたところからそのお姿を拝見して、ストンと穴に落ちるように一目惚れをした。呼吸も瞬きもやめて、じっと彼を見つめていた。彼以外、何も目に入らなかった。

 そして彼の数多の功績を聞けば聞くほど、憧れも尊敬も強くなっていった。そんなお相手が婚約者となればもう、舞い上がるほかない。


 父から話を聞いた時は、興奮して二日間、眠れなかった。

 初対面を果たす前日は、どうせ眠れないだろうからと昼過ぎからベッドに横になり、目を瞑っているように命じられた。


 そして迎えた婚約者同士の初対面。

 幼い私の恋心は、出会ってものの数分で打ち砕かれることになる。

 それというのも、お互いに自己紹介をした後の彼の第一声が……


「まだ子供だね」


だったのだ。


 そりゃあ八歳ですもの。子供ですよ。それに十三歳もまだ子供でしょうよ!

 なんてことは言えませんけど。


 しかもその後に告げられた極めつけの言葉が……


「婚約者と言われても実感が湧かないなぁ。あ、そういえば、今恋人がいるんだった。えーっと……彼女はどうすればいいかな?」

「……どう?」

「別れた方がいいのかな?」

「テルネッド様! それはお別れするのが婚約者の方に対して誠実な態度であるかと思います!」


 困惑して言葉を失った私に、エデルガー公爵家の従者であるマイクさんが慌てて彼を止めていた。

 二人の会話で分かったことは、どうやらテルネッド様は、学園への入学直後から告白されまくり、断るのも面倒になったので、中でも一番の魔法の才があると思ったお方と付き合うことにしたのだとか。

 おかげで告白されるのが減ったと笑うテルネッド様と、顔を青くしながら私へと謝罪されるマイクさん。

 複数人と付き合っていなかったことだけが救いだったと思いたい。 


「じゃあ、別れたらいいんだね? いいよ、分かった」

「くれぐれも、婚約者様のお立場を悪くするような物言いはされませんように!」

「分かった分かった。えーっと……それじゃあソラニアは、私にどうしてほしいかな?」

「……どうして、ほしい?」

「婚約者としてどういう行動を取るのが良いか私は分からないから、ソラニアが望むようにしよう。君は、私にどんな婚約者になってほしい?」


 どんな……どんな?

 真っ直ぐに見つめられる空色の瞳は、迷いなく私を射抜く。子供ながら、ここで発した言葉が今後の自分達を左右するのだということだけは理解した。


 ……ここで、私は恋心をきっぱりすっぱり捨てるべきだったのかもしれない。

 しかし愚かにも、幼い私は砕けた恋心を必死に掻き集め、繋ぎ合わせ、ヒビの入ったそれを大事に大事に心にしまうことにしたのだ。



「……手を、抜かないでほしいです」



 これは、憧れ故の発言だったのかもしれないけれど。


「私は、テルネッド様に、認められたいです」


 彼に認められる人間になりたい。認められるぐらい親密になれたら。この恋心が報われる日が来るかもしれないと、愚かにも夢見てしまった。


「テルネッド様に認められるような人間になるために、テルネッド様には手を抜かずに、接してほしいです」


 婚約者に手を抜くとは?

 今思えば意味の分からない発言だったけれど、テルネッド様は、うーんと考えるようにして私の言いたいことを理解しようとしてくれた。


「手を抜かず……か。それは魔法に関して? 人として手を抜かない……とは、どういうことになるのかな?」

「あ……えっと、魔法に関して、まずは……認められたいです」

「うん。いいよ。分かった」

「ありがとうございます……?」


 本当にこれでいいのか、という疑問が頭の中をぐるぐると回るが、この時の私には正常な判断が出来るはずがない。

 あの、憧れてやまないテルネッド様が私を見てくれているということに浮かれ上がった八歳児だ。かわいらしいと思ってほしい。


「他にはないかい? ほら、従者が言ったように、他に恋人を作ることは婚約者として望ましくないとか。ご令嬢方とは話をしてほしくない、とか?」


 そんな。

 そんな独り占めみたいなこと。


「……お」

「お?」

「恐れ多くて……そんな、ことは……」

「そう? 何でも言っていいんだよ? 私はね、ソラニア、魔法に関しては知らないことはないけれど、貴族や社会の一般的な常識に欠けているといつもそこの従者に怒られているんだ。だからはっきりと教えてくれないと分からない。君が嫌がることは出来る限りでしないから、教えてほしい」


 貴族や社会の一般常識に欠けている?

 この完璧だと呼ばれている方が?


 戸惑いのまま彼の従者であるマイクさんへと目をやると、マイクさんはものすごく申し訳無さそうな顔をして、大きく頷いていた。


 これは……本当のことなのだろう。

 じゃあ。私がされて嫌なことは? 何をされたら、悲しい気持ちになる?


「……恋人は、作らないで、いただけたら……」

「分かった。他は?」

「……他は……うーん?」

「まぁすぐには出ないか。それじゃあ、これは都度更新ということで。まぁこんな私だけど、よろしくね、ソラニア」


 差し出された右手に数度瞬きをして、同じように右手を出して握る。


「魔法に関して手を抜かない、だったね。君がどこまでついてきてくれるのか、すごく楽しみだ」


 そう言って笑ったテルネッド様は、いつもの万人に向ける微笑みではなく、心から期待を寄せてくれているような、年相応の笑顔だった。


「……頑張ります。必ず追いついて、認めてもらいます」

「うん。期待しているよ」


 婚約関係というよりは師弟関係の成立した瞬間だというのに、私は目の前の笑顔に見惚れていた。

 この笑顔を向けてもらえるなら、どんな努力だってしてみせると思っていた。



 伯爵家にしては裕福な我が家ではあるが、私自身は平々凡々。見た目も魔力も魔法を扱う才能も全て平凡だ。

 悲観的ではなく、客観的に捉えた結果だ。

 そんな私が八歳でテルネッド様の婚約者となり、彼に追いつくために出来ること……それはたゆまぬ努力をしてどうにか実力をつけるしかなかった。


 月に一度ある婚約者としてのお茶会は、全て魔法の時間にあてられた。

 テーブルで紅茶片手に話すのは、お互いの趣味ではなく魔法のことばかり。新しく研究された魔法や古代の魔法など、私が知らないことをテルネッド様は楽しげに話して教えてくれた。それをノートに書いて、帰ってから文献を取り寄せて調べたりした。

 そして私が疑問に思ったことやテルネッド様から問題として出されたことを解決するために、公爵領の山を一つ、実験場として使うことにもなった。

 魔法の話しかしないと分かっていても、ちょっとでも可愛く見えるようにおしゃれなドレスで行って、結局泥だらけで帰ってくる私に両親は苦笑いをしていた。お茶会の五回目からはなんと、公爵家から着替えまで用意されての好待遇だった。

 私はこれまで以上に、魔法にどっぷりと浸かった生活を送った。



 少しでも彼に認められたくて足掻き続けてきた。

 魔力量も決して高くはないので、より効率的に魔力を使うように、自分自身を研究対象にして色々なことを実践した。

 そうするうちに、自他共に認めるくらいには多彩な魔法を使いこなせるようになり、魔法の知識も豊富だと言われるぐらいに成長した。


 所謂、秀才、と呼ばれるまでになった。



 けれど……結局は、凡人上がりの秀才、なのだ。



 天才である婚約者の隣に立つには、秀才では届かない部分がある。実力がつけばつくほど、それを感じて心が痛む時があった。

 そしてテルネッド様との関係も、婚約者としては縮められてはいなかった。あくまでも指導者と教え子のようなもので……ヒビの入った恋心が一欠ずつ失われていくかのように、私は婚約関係に自信を持てなくなっていった。


 今にして思えば、あの婚約者としてどうしてほしいという話が出た時に、もっと貪欲になれば良かったのかもしれない。

 

 私以外を、好きにならないで。

 ご令嬢に簡単に触らないで。触らせないで。

 私だけを見て。私だけを特別だと想って。

 私を、好きになって。


 そんなことが言えていたら……何か、違ったのかな、なんて。

 後悔しても、もう遅いのだ。



 十八歳となり、魔法学園の卒業式を翌日に控えた夜。

 私はテルネッド様との婚約を解消するために、秀才と呼ばれる自身の知識をフル活用して、一つの作戦を練りに練るのだった。

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