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それでは皆様、失礼します

 それまで離れた位置にいた彼女は駆け足で私達の前……正確には、テルネッド様の正面に立った。


「待って、テルネッド!」


 駆け寄ってきたのは、ついさっき、私が助けを求めようとしたその人……フルール様だ。


「何だい? 私は見ての通り急いでいるんだ。早くソラニアと仲直りをして、プロポーズしなければならないのに」

「プロポーズ?」

「ああ。卒業式の日にプロポーズをして、成就した夫婦は一生を添い遂げられるとこの学園では言われているって……私に教えたのは君だったじゃないか」

「え、いや、そうだけど……って、そうじゃなくて! そもそもあなた達、そんな関係じゃなかったじゃない!」

「そんな関係って……私達はずっと婚約者だったよ。何もおかしくはない」

「だから! 婚約者だと言っても話もしないし、名前だって呼び合ってすらいなかったわ!」

「しなかったんじゃない。出来なかったんだ」


 きっぱりと否定したのに少し驚き、鼻を啜る。

 テルネッド様は私の後頭部を優しく撫でながら話を続けた。


「学生達のやる気に関わるから、婚約者には極力話しかけずに一生徒として接してほしいと学園長から言われていたんだよ」


 それは初耳だったが、確かに、とも思った。

 一応、私という婚約者はいても、テルネッド様に本気で告白するご令嬢は何人もいた。告白していないだけで、恋をしている方々も少なくはないだろう。

 恋をすることで活力が湧くことはたくさんある。良いところを見せようと頑張っていたら、良い成績へと繋がることだってある。

 それを体現したのがまさに私なのだと思うけど。


 その恋した相手が、婚約者と話をしている姿を見たら……やる気を削がれることもあるかもしれないな。学園としても、大量の生徒にやる気を失くされては困ると判断したのだろう。


「婚約者として接しないというのはどうすればいいのか聞けば、歳の差もあるし、子供だからと相手にしていないように思わせてはどうかと学園長に言われたから……って、もしかして……ソラニア、私は君にこの話をしていなかったかい?」

「……聞いて、ません」

「ああ……何ということだ。そうか……学園内で婚約者としてソラニアをどう大切にすればいいのか分からなかったから、言われるがままにしていたんだ。それをソラニアには話さずにいたなんて、最悪だったな。本当にごめん。本当に悪かった。いつもいつもソラニアのことは気にしていたし、ソラニアだけは特別だったんだよ?」

「……特別?」

「ソラニアを見る度に、話しかけられないことが辛くてね……だから少しでも話す機会を持ちたくて、難しい課題を出して君から質問されようと思ったんだ。けれど、君は早々に一人で解決してしまうようになって……それにも驚いたんだけど、何よりその課題を達成した時の君の笑顔が可愛くて可愛くて……どんどんと目的が変わって、ソラニアの笑顔見たさに課題の難易度を上げてしまっていた」


 ごめんね、と額に口付けを一度されてから、頬ずりをされた。

 話しかけられないことが辛かったと言っていたが……私から話しかけられたくないように見えていたあの頃、テルネッド様が辛さを我慢していたのならば……

 テルネッド様も私も、お互いに話しかけられなくて辛い思いをしていたのか。それは何とも……見事なすれ違い、な気がする。

 もっと言葉を交わせば良かったのかもしれないけれど。それはもう、過ぎたことだ。どうしようもなかったのだと思う。


 テルネッド様もそう思ったのかもしれない。同じタイミングでお互いにギュウッと抱きしめあったところで、フルール様から悲鳴に近い声が上がる。


「ちょっと! テルネッド、じゃあ今日のドレスは? 彼女のドレスはあなたの色では無いわ!」

「私の色?」

「婚約者に贈るドレスだもの! 普通なら、あなたの髪の色や瞳の色のものを贈るでしょう?」

「そうなのかい?」

「え?」


 ……んん?

 今、テルネッド様は、そうなのかい? と訊いた?

 これはもしかして……テルネッド様はドレスのことを知らなかったということでは……?

 あれ、誰か話したことはなかった……のかな? 少なくとも私はなかった。フルール様や他のご学友の方々は私が関係する話はしなさそうだし……

 そうなると公爵家の方々だが……マイクさんだったら知っていたら話をしそうではあるけれど……

 テルネッド様は、昔から常識がないと言っていたぐらいだから、知らなかったというのもなきにしもあらずだとは思った。


 でも、それならなぜ、この色だったのだろう?


「私の色を、か。そんな決まりがあったとは知らなかったな。そうだったのか……悪いことをしたね、ソラニア。初めてドレスを贈るから、私の好きな色とソラニアが喜んでくれる色を合わせたものを着た君が見たいと思ってこのドレスにしたんだ。最高に似合ってると思ったんだが……」

「……好きな色、ですか? 金色が?」


 抱きついたままでぼそぼそと聞けば、顔を上げて、と言われた。泣き腫らした顔なので今更ながら恥ずかしくなってきてちょっと顔を見せるぐらいにしたら、頬に手が添えられ、温かな親指がすっと目の下を撫でる。


「私の好きな色は、ソラニアの瞳の色だよ。森の深くを思わせるような美しい深緑だろう? 見ていてとても心地が良い。それにソラニアは常に上を目指し、学術大会で金賞を取れなかったことをとても悔しがっていたからね。君の努力は全て金賞に値すると言いたくて」


 まさか、テルネッド様が私の瞳の色を好きだと思ってくれていたなんて。自分としてはこの瞳の色は魔力量の少なさが表れているから、自信を持てないところではあったのだけど。

 それに、これは私を金賞だと認めてくれるドレスだったのか。金賞なら、諦めなくてもいいんだ。

 自信を持って、テルネッド様の婚約者でいられるんだ。


「……そう、だったんですね。ありがとうございます。ドレス、本当に素敵です。テルネッド様にそんな風に思っていただけていたなんて、すごく嬉しいです」

「この美しい深緑を表現したくて、何度も打ち合わせをしたんだ。けれどそれも伝わらなければ意味がないのにね。知らなかったとはいえ、傷付けてしまってごめん」


 ぐっと深くテルネッド様の眉間に皺が寄った。本当に苦しそうなその表情を見て、私はすぐに首を横に振った。


「謝らないでください。今、テルネッド様のお気持ちを知れたから良いんです。それに……可愛い、と何度も言っていただけて、すごく嬉しかったですから」

「……ソラニアは本当に優しいな。ありがとう。いつも可愛いけれど、私のドレスを着ている姿はすごくすごく可愛いよ。朝見た時はあまりにも可愛すぎて……卒業式には参加させずに、私の部屋に閉じ込めて二人きりで過ごしたいと思ったくらいだったのだから」

「わ、わぁ……」


 今まで聞いたことすらない発言をされ、予想外すぎて心臓が跳ねた。何と返すのが正解か分からず返事に悩んでいると、背後からまたもや叫び声がした。


「なっ……なんなの、あなた! 頭でも打ったの? これまでと態度が違いすぎるわ!」


 普段の優雅さなどなくなって、取り乱したフルール様にテルネッド様は小さくため息をついた。


「失礼だね。どこも何もなっていないよ。今まで止められていたからこうしなかったんであって、いつもこれぐらいしたかったさ。それにさっきから、君こそ何なんだい?」

「え?」

「いつも君は言っていただろう? 天才である私を理解出来るのは自分だけだと。それなのに先程から君は、私の行動を否定してばかりいる。言っていることが矛盾しているじゃないか」

「え……でも、これとそれとは……」

「私は魔法に関しては天才だけど常識はないと昔は公言していた。それを言わない方が良いと言ったのは君だっただろう。友人の言うことだから聞いたけど……こんなことになるんだったら、私は常識がないともっと周りに言って、周りからも情報をもらうんだったよ。そうしたらソラニアをこんなにも傷付けずにいられたかもしれないのに」


 うーん……テルネッド様としては、この言い分はごもっともだと思った。

 テルネッド様は自身の常識の無さは昔から口にしていた。八歳の私にすらそう言って、だから常識を教えてほしい、と素直に話してくれていたのだ。しかもそこでしたお願いを、これまで律儀に守り続けてくれている。

 あの時……一年生で盗み聞きしてしまった時。確かにフルール様は、周囲には言わない方が良いと言っていた。

 それをテルネッド様が守った結果……

 テルネッド様はただでさえ完璧超人だと思われていて、かつ由緒正しきエデルガー公爵家の嫡男ということもあり、そんなお方が一般常識に欠けているなど、本人から言われなければ周囲は想像もしないだろう。

 むしろ彼に対してそんなことを考えては不敬にだってなりそうだ。


 誰もテルネッド様に常識を教えなかった。教えたのは、婚約者からは距離を取った方が良いということだけ。

 それなら、私達のすれ違いはやっぱり仕方がなかったものかもしれない。

 しかし、事実を知れば知るほど、いかに私はテルネッド様のことをちゃんと知ろうとしていなかったのかを思い知らされた。

 勝手に周囲の方々に嫉妬して自分を卑下していたのだ。勇気を出して踏み出していれば……と、そんな反省とか後悔とか、色々と思うところがあるのは確かだ。

 

 でも今は、それが分かって良かったとも思えるのだ。

 だってさっきからずっと、話の合間でも抱きしめ直され、話が途切れたら愛おしそうに顔を覗き込まれ、時折、額や頬に口付けまでされている。

 こんなに真っ直ぐに愛情を向けられると気恥ずかしさもあるけれど、テルネッド様がちゃんと私のことを想ってくれていたことは、今からしっかりと感じていけばいい。

 むしろ若いうちに失敗出来たのだから、これからは絶対に言葉を尽くそうと思えた、なんて、さすがに脳天気すぎるだろうか?


「しかしそうだね……私の色を贈るのならば、結婚式には銀と青は必須だね、覚えておこう。あ、それは宝石でもいいのかな? どうだい、ソラニア?」

「宝石?」

「銀と青の宝石を使った指輪にしようかと思うのだけど、どうかな?」

「素敵だと思います」

「それならその指輪を贈ろう。私にはソラニアの二色だ。もしくは四色全てを入れてもいいね。いや、そうしようかな。そうしたらずっと一緒にいると思えるだろう。ドレスは二人で考えようね。今日のリベンジをさせてもらいたい」


 どんどん抱きしめる力も強くなって、そのキツさがとても心地良かった。先程、能天気すぎるかとも思ったけど……これでいいのだと心から思った。

 それに、もしかしたら初めて、婚約者らしい未来の約束をしたかもしれない。そのことが嬉しくて、胸がキューッとなって。思わず。


「……テルネッド様、大好きです」


 テルネッド様にだけ聞こえる声で呟いたら、今までで一番強く抱きしめ返された。


「……だめだよ、ソラニア。そんな可愛いことを言っては。私はとても我慢しているんだ。この気持ちを口にしてしまったら、今すぐここで、君を襲いかねない」

「……ごめんなさい」

「いいや、悪いのは私だね。本当に不甲斐ないな。早く帰って君に愛の言葉を告げたいよ。話を終わらせるから、もう少しだけ待っていて」

「はい」


 ここまででもう、愛の言葉を告げられたも同然だけど……

 心臓が信じられないぐらいドキドキとし始めて、顔も熱くなった私は、赤くなっているであろう顔を隠すようにしてテルネッド様にくっついた。


「さて、フルール。もういい加減、いいかな? やっとソラニアを堂々と可愛がれるんだ。今すぐにでも唇を奪ってしまいたいくらいなのを我慢しているから、早く帰りたい。これ以上私を止めるなら、ここを氷漬けにしてでも行かせてもらう」

「…………いえ、止めて……ごめんなさい……お幸せに」


 力なく告げたのは、フルール様。周囲の女生徒達もお幸せに、と口にしているようだった。


「ありがとう。それでは失礼する。ソラニア、挨拶だけでも出来そうかい?」

「……はい。皆様、失礼します」


 言い終わるかどうか、ぐらいで浮遊感があって。

 掴まっていてね、という言葉に従って私はテルネッド様にしがみつくのであった。

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