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第178話 澄みきった気持ちで

どうも、ヌマサンです!

今回はアスカルが模擬戦でヴィクターに負けたところから始まります。

少し暗い話になりますが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

それでは、第178話「澄みきった気持ちで」をお楽しみください!

「アスカル、大丈夫!?」


 ヴィクターとの模擬戦に負けたアスカル。無様な様子に、門下生たちは特に労いの言葉をかける様子もなく、自分たちの稽古に戻っていく。冷たい残酷な世界だと思うかもしれないが、実力がすべての世界では弱者をいたわることなど、ない。


 にもかかわらず、ティナは今にも泣き出しそうな表情でアスカルの元へ駆け寄る。ティナが心配そうにする様子に、門下生の中には舌打ちする者がちらほら見受けられた。


 それは、弱者をいたわるティナに対してのものではない。道場に通う男性諸君にとっての憧れの女性が、自分たちよりも格下の男をいたわっていることが気に入らない。そんな想いからの舌打ちであった。


「ティナ。アスカルを連れて医務室へ。ここでは彼も居たたまれないだろうから」


「はい。アナベルさん、ありがとうございます」


 ヴィクターは落ち込んでいるアスカルにどう声をかけてよいのか分からず、まるで気にかけていないような態度で門下生たちの指導を開始。対して、アナベルは優しく、ティナとアスカルに声をかけ、場所を変えるように促した。


 そうしてアナベルとティナに付き添われる形で、アスカルは暗く沈んだ表情で医務室へと向かった。アナベルは2人を医務室まで連れて行った後、通常通りの受付業務に戻っていく。


 こうして病室に寂しく残ったアスカルとティナ。ティナは申し訳なさから何を話せばよいのか分からず、アスカルは何もできずに敗北したことについて脳内反省会を繰り広げ、2人とも無言を貫いていた。


 そこへ、中の様子を窺うように気を遣ったノック音が二度。医務室の入り口から聞こえてくる。


「どうぞ」


「モニカです。飲み物を持ってきました」


 やって来たのは、ヴィクターとアナベルの娘・モニカだった。入り口の引き戸を開けるのに手こずっている様子を見かねて、ティナが走ってドアを開けに行く。


「あ、ティナ。ありがとう……ございます」


 アスカルがいることを意識しているのか、丁寧な口調になってしまうモニカ。そんなおかしな様子のモニカを見て、ティナがクスリと笑みをこぼす。それを契機に、暗く沈んだままの室内の空気が少々ほぐれたようであった。


「ありがとうね、モニカ。アナベルさんから持っていくようにキツく言われたんでしょ?」


 ティナの言葉は事実だったのだろう。顔を赤らめながらコクリと頷くモニカは、ティナが今までに見たことのない可愛らしさに溢れていた。そんな様子を見て、ついからかいたくなってしまう自分を抑え、ティナはモニカから飲み物を受け取る。


「アスカル。モニカが飲み物を持ってきてくれたわよ」


「……あ、ああ。モニカさん、ありがとう」


「ど、どういたしまして」


 さん付けで呼ばれたことに驚いたのか、少し戸惑った様子のモニカ。モニカにとって、年上の男性からそのように呼ばれたことは初めての経験であった。


「それじゃあ、これで失礼します」


「えっ、もう戻っちゃうの?」


 モニカはアスカルとティナに飲み物を渡し終え、役目は終えたとばかりに帰ろうとする。思えば、モニカが持ってきた飲み物は2人分であった。最初からすぐに戻るつもりであったことは、このことからも読み取れる。


「だって、お母さんから『ティナとアスカルさんは恋人同士だろうから、若い二人の邪魔はしちゃいけない』って言われてるし……」


「ちょっと、アスカルは私の恋人じゃないわよ!」


「そうだ。アナベルさんは誤解をしているんだ。モニカさんからも言っておいてくれないか?」


「……でも、『必死に否定したら2人がラブラブカップルなのは確定だ』ってお母さんが言ってた」


 飲み物を持っていかせるだけでなく、アナベルはモニカに様々なことを吹き込んでいることに、ティナは頭を痛めていた。そして、アスカルもどう反応すればいいのか分からず、俯きながら黙りこくってしまう。


「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 微笑を浮かべて医務室を後にするモニカ。こうして、むずがゆい空気の中、アスカルとティナは取り残されることになった。


 しかし、アナベルがモニカに色々なことを吹き込んだのは、暗い空気を吹き飛ばすためだったとは、この時の2人には思いも寄らないことである。


「そうだ、アスカル。模擬戦のことは、ごめんなさい。ワタシが勝手にやろうって言いだしたばっかりに……」


「ああ、別にいいさ。オレの実力なんてこんなもんなんだって、身に沁みて分かったからな」


 自分の心を偽っていることがよく分かるアスカルの言葉に、ティナは申し訳なさを覚えつつも、それ以上に内心では怒っていた。


「アスカル、辛いなら辛いって言ってちょうだい。無理に笑おうとしているのを見ると……」


「……そうか。ティナには隠し事はできないな。じゃあ、本音で話そうかな」


「ここならワタシ以外、誰も聞いてないし、本当の想いを聞かせて」


 真剣なティナの表情に、アスカルも覚悟を決める。ここまで旅をしてきただけの間柄だが、旅を始める前とは比べ物にならないほどに信頼できる相手になった。


 ふと、これまでの旅の思い出が脳内で反芻する。そうして旅の思い出と向き合い、改めて目の前にいるティナを見ると、アスカルの心の中で何だか不思議な感覚が芽生えていた。その想いに浸りながら、アスカルは嘘偽りのない本音をさらけ出す。


 ヴィクターとの模擬戦において、今まで感じたことのない威圧感に気圧されてしまったこと。負けたことは分かっていたとはいえ、辛いと感じていること。でも、こんなところで凹んでいては強くなることはできないと思っていること。


 アスカルも自分で信じられないほど、心の内を素直に吐き出すことができた。ふさぎ込んでいる間は、あれだけ苦しかった胸の内のモヤモヤがきれいさっぱり霧散していたのだ。


「アスカル。アスカルは本当にスゴイよ。てっきり、ワタシのせいだって責められると思っていたのに……」


「そりゃあ、勝手に模擬戦をやろうと言い出した時は、文句の一つでも言ってやりたかったさ。でも、それって違うだろ。ティナを責めたところで負けが、オレの抱える苦しみが消えてなくなるわけじゃない。むしろ、苦しみが増すだけだ」


 静寂が支配する空間において、アスカルの低く落ち着いた声は水たまりに雨粒が落ちた時に波紋が広がっていくように、静かに、でも確実にティナの心に届く。


 しばらくの間、アスカルとティナの息遣いと布が擦れる音だけが医務室に響くのみとなった。そんな空気が数十秒も続くと、自然と笑い声が漏れだす。いつしか、静寂から楽しく明るい空気へ塗り替わっていた。


「アスカル、そろそろ帰ろっか!」


「ああ。だが、その前にヴィクターさんたちに謝っておきたい。一時的に空気を悪くしてしまったわけだしな」


 2人の笑顔はこれまでで一番、澄みきった美しさを持っていた。若さが持つ青々とした美しさ。それは誰の目から見ても感じ取れるほどに、いい笑顔だった。


 こうして、医務室を出たアスカルとティナは、今までの旅で繰り広げたやり取りのように、実に楽しそうな声色で話しながら道場へと向かう。


 彼らが向かう道場からは依然として、ヴィクターと門下生が稽古に打ち込む声が、足音が耳に届く。先ほどアスカルが去った時の悪い空気は、彼らが稽古に打ち込む中で浄化されてしまったのであろうか。


「アスカル。入りましょう」


 一つ、聞いた者の身を引き締めてしまう声を発したティナに続くように、アスカルは再び道場へ足を踏み入れた。

第178話「澄みきった気持ちで」はいかがでしたでしょうか?

今回はアスカルがかな~り凹んでいました。

ですが、今回の話の中で無事に立ち直ることができ、ホッとした方もおられるのではないでしょうか?

そして、再び道場までやって来たアスカルは、ヴィクターとどのようなことを話すのか、楽しみにしていてもらえればと思います……!

次回も3日後、2/8(木)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!

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