第177話 未来を選び、切り拓くということ
どうも、ヌマサンです!
今回はティナがアスカルの言葉を聞き、決断する回になります。
そして、それからの流れがどうなるのか、楽しみにしていてもらえればと思います。
それでは、第177話「未来を選び、切り拓くということ」をお楽しみください!
「アスカル。ワタシ、剣術道場をやめることをやめるわ」
「やめることをやめる……。そうか、それがティナの決断か」
「ええ。ワタシはお父さんの跡を継いでハワード領の領主になるわ。そして、剣術の道も極める」
どちらかを選ぶことも大事だが、必ずしもどちらかを選ばなければならないわけではない。どちらも諦めないことはこの上ない困難なことだが、ティナはそちらを選んだのだ。
「ティナ、覚悟は決まったようだな」
「は、はい!やっぱり、道場をやめたくありません」
「お前の本心が聞けて良かった。よく決断したな、ティナ。そして、決断する一押しをしたアスカルも大手柄だった」
「いや、オレは本当に大したことは……」
そう言って、照れくさそうに頬を人差し指で何度もかくアスカル。ティナとしては、ここまで追いかけてきて自分の背中を押してくれたのだ。
アスカルとしては大したことをしたつもりはない。だが、ティナから見れば大したことなのだ。それこそ、心の底から感謝したいと思うほどのことを、アスカルは見事に成し遂げたのだ。
「そうだ、アスカル。せっかく、エリオット剣術道場まで来たんだし、稽古に参加していったら?」
「えっ?いや、オレはそんな……」
「アスカル!若い者が遠慮するな!若いうちから遠慮ばかりしていると、つまらん人間になってしまうぞ!」
アスカルの背中をバシバシ叩きながら豪快に笑うヴィクター。横でティナも嬉しそうに見ている状況で、アスカルは一言「遠慮しておきます」ということができなかった。
そのまま雰囲気に流され、応接室から剣術道場へ移動。3桁にもなる門下生が稽古をしている道場へ足を踏み入れることとなったのだ。
風を切る木剣の音、「やぁっ!」という声が何百も重なる様は、まさに圧巻。王宮の近衛兵たちの訓練でもこれほどの稽古風景は見たことがない。近衛兵であるアスカルは、思わず見入ってしまっていた。
「どうだ、アスカル。我が道場はスゴイだろう。かつてのフレーベル帝国式の訓練を俺なりに工夫を凝らしたものだ」
「フレーベル帝国式の……」
王宮で行われる訓練とは違うと感じたのは、フレーベル帝国式であるか否かの違いもあるのか。心の内で、そんなことを思うアスカル。そこへ、ティナから思いも寄らぬ提案がなされてしまう。
「そうだ!ヴィクター師範、『漆黒の戦姫』の甥でもあるアスカルと模擬戦をしてみるのはどうでしょうか?」
「おい、ティナ!それは――」
「ティナ。その提案、乗った!お前はすぐにアナベルを呼んで来い!あいつに審判をさせる!」
「分かりました!」
そのやり取りにアスカルの意思など、微塵も考慮されていなかった。アスカルが止めようとした頃には、ティナはアナベルを呼びに外へ。ヴィクターは喜色満面に道場にいる門下生たちに模擬戦をすると言ってしまっていた。
それだけではない。ヴィクターがアスカルと模擬戦を行うと聞いた素直で善良な門下生たちは道場の清掃に始まり、模擬戦で使用する木剣を用意し始めたり、慌ただしく準備を始めたのだ。
こうなっては、今さら「模擬戦なんかやりたくない」などと、口が裂けても言えない。
こうして、アスカルが「どうしよう」と脳内で連呼しながら思い悩み、その場で立ち尽くしている間に、ティナがアナベルを連れて戻ってきた。そして、道場の清掃から木剣の準備までもが手際よく完了。
あとは、ヴィクターとアスカルが所定の位置につき、木剣を構え、審判の合図を待つのみとなった。
――後は野となれ山となれ。
やけくそな気持ちで、アスカルは用意された木剣を手に取る。すでに腰に佩いている魔剣ヴィントシュティレは、ひとまず信頼できるティナに預けている。あとは、思い切りヴィクターと模擬戦をするだけ。
だが、木剣――いや、木製の大剣を構えるヴィクターの気迫たるや、ティナの比ではない。これまで出会ったことのない威圧感に襲われながら、アスカルは悟った。
――ああ、これが20年前に帝国最強と謳われた男なのか、と。
そして、アスカルは木剣を構えているだけで、逃げて帰りたくなる自分に気づく。対峙しているだけで足も手も震えてくるようでは勝負にすらならない。そのことも、同時に分かってしまった。
無意識のうちに一歩、後ずさってしまう。だが、ここで逃げるようでは変われない。そんな想いが芽生えてくる。一歩下がったことは事実だが、このまま二歩三歩と下がるよりはマシだ。
今、アスカルは逃げたいという想いとまだ立ち向かえるという想いが心の内でせめぎあっていた。一進一退の攻防が繰り広げられる中、アスカルは答えを導き出す。
「はじめ!」
思わず背筋を伸ばしてしまうような審判・アナベルの声に、アスカルの意識は今ここへと引き戻される。
「行くぞ、アスカル!」
次の瞬間には獰猛な猛獣が、道場の床を蹴って肉薄。アスカルへ大剣による薙ぎ払いを叩きつけていた。
「ぐっ……!」
やっとのことで自身の木剣をヴィクターの木製の大剣と自身の身体の間に割り込ませたアスカル。だが、あまりの威力にその場で踏みとどまることはできなかった。
大剣ですくい上げられるように身体が空中へ放りだされる。さらには、着地した際の衝撃と摩擦熱によって足が壊れてしまったのではないかと思ってしまうほどであった。
そこへ、一息つく暇もなく大剣を引っ提げたヴィクターが駆けてくる。狙った獲物は逃がさない。そんな猛獣が目に獰猛な光を宿らせながら向かってくるのである。アスカルとしては、恐怖を感じずにはいられなかった。
それからの模擬戦はヴィクターの攻撃に怯えるようにアスカルが防御するだけのつまらない展開が続く。死にたくない一心でアスカルはヴィクターの大剣から身を守ろうとしているのだ。
途中からヴィクターも獰猛な光が消えていき、そのまま試合を中断させようかと悩んでいるのがアスカルにも察知できるほどだった。しかし、その様子を見てアスカルはチャンス到来だと思ってしまう。
卑怯だと分かっているが、ヴィクターが油断している今こそ好機なのだと、必死に己を奮い立たせる。ここまで守勢であったがゆえに温存できていた力を爆発させる時が来た。
「ハァッ!」
そう思い、ヴィクターが大剣を振りかぶり、胴が空いたところへ、横薙ぎの一閃を叩き込んだ。
しかし、アスカル渾身の一撃は鮮やかにヴィクターの大剣によって阻まれていた。まるで、アスカルがそう来ることを予知していたかのように、絶妙なタイミングで大剣が配置されていたのである。
「アスカル、俺の油断を誘おうとは見事だった。だが、その程度の企み、弱者ならば誰でも思いつく小癪な一手だ。諦めなかった点は褒めてやるが、小賢しい手に頼る点はいただけない……なッ!」
刹那、木剣を手元から弾き飛ばされ、次の瞬間には喉元に大剣が静かに突きつけられていた。
「両者そこまで!勝者、ヴィクター・エリオット!」
透き通るようなアナベルの声。そして、まばらに聞こえてくる拍手。アナベルの締まる声とは対照的な拍手の音に、その試合を見ていた者たちの感情のすべてが込められているのが、鈍いアスカルにも分かった。
見苦しくあがいたうえでの敗北。これはと思わせる技を使ったわけでもない。そうなれば、この程度の試合に見飽きた門下生たちが「な~んだ」「しょーもな」と思ってしまうのも無理はなかった。
だが、その敗北に一番心を痛めていたのはアスカルではなく、ティナであることに、誰も気づく者はいなかった――
第177話「未来を選び、切り拓くということ」はいかがでしたでしょうか?
今回はティナが剣術道場をやめず、いずれは領主の地位を継ぐことも明言したわけです。
そして、その後のアスカルとヴィクターの決闘はコミカルな雰囲気で始まったのに、暗い雰囲気で終わってしまっていました。
はたして、決闘を終えてどうなるのか。それは次回のお楽しみ。
次回も3日後、2/5(月)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!