第175話 旧帝都フランユレールにて
どうも、ヌマサンです!
今回はついにアスカルが剣術道場にたどり着きます。
そして、思いがけない人物が登場しますので、誰が出てくるのか予想しながら読み進めてもらえればと思います……!
それでは、第175話「旧帝都フランユレールにて」をお楽しみください!
「ありがとうございました」
お礼を言って馬車を降りたアスカル。大地を照らす朝日が体に温もりを与えてくれる中で降り立った地。それは他でもない、王都コーテソミルより何日もかけて旅してきた目的地、旧帝都フランユレールである。
王都コーテソミルと比べても人通りも都市の規模も遜色ない。さすが、20年前にはルノアース大陸を制覇するとまで言われ、繁栄したフレーベル帝国の帝都といったところ。
「まずは、ティナが通っているエリ……なんとかかんとか剣術道場を探さないといけないな。ヌティス城を出る前に、ノーマン殿から場所を聞いておくんだった……」
今さら後悔してもどうしようもない。だが、頭で分かっていても、この街の広さと往来する人や馬車の数を見れば、目当ての道場を探すだけでも大仕事。そう思うと、気分が萎えてきてしまうのは、なにもアスカルに限った話ではないだろう。
「とりあえず、手当たり次第に聞き込みをしていこう。これだけ人がいることだし、聞く相手には困らないだろう」
アスカルの予想通り、お目当ての道場を探すための聞き込みにおいて、聞く相手には困らなかった。そして、剣術道場も一カ所しかないらしく、あっという間に場所が判明してしまった。
「えっと、ティナが通っている剣術道場は、エリオット剣術道場か。にしても、これだけの規模の都市に剣術道場が一つしかないのは驚きだな。もっとたくさんあると思っていたんだが……」
どうして一カ所しか剣術道場がないのかと思う反面、探す手間が省けて助かったという思いもある。
エリオット剣術道場は旧帝都フランユレールの中心にあるフレーベル帝国時代の宮殿を再利用している。つまり、町の中心に向かって進めばいいのだ。道も入り組んでおらず、非常に進みやすいつくりになっている。
これならば、迷うことなくティナが世話になっているエリオット剣術道場までたどり着ける。そう思った途端に、力が地面に溶け出していくかのようであった。
だが、ここで安心するのはまだ早い。まだティナが向かったであろう剣術道場の場所が判明しただけであり、ティナ本人と再会したわけではないのだ。それからは意気込みを新たに、都市の中心部へと歩き出す。
「それにしても、人が多い。これは目的地がハッキリしていなかったら、一体どれだけの時間がかかっていたんだ……」
人や物の往来が激しいことは都市の繁栄を示している。しかし、暮らしている人にとっては都市の広さといい、人口密度といい、窮屈な思いをしているのではないか。そんなことを考えてしまう。
そうしてやって来たエリオット剣術道場。元はフレーベル帝国時代の宮殿であるためか、道場とは思えぬ荘厳な造りとなっている。
「ただの剣術道場なのに、足を踏み入れることを躊躇してしまう……!」
直感――すなわち、生物の本能として敷地に足を踏み入れることをためらってしまうのだ。別に、歴史ある建築物であるから入るのをためらっているわけではない。
「だが、ここまで来て止まるわけにはいかない……!行くぞ!」
傍から見れば、剣術道場を前にぶつぶつ独り言を言っている変な青年であるのだが、当の本人は大真面目である。そうして覚悟を決めて、一歩を踏み出す。
そうして、また一歩。もう一歩と歩み始めると、自然に進んでいた。所々錆びている鉄製の門を潜って敷地へ入り、そのまま何十歩も歩いて元・宮殿の扉の前まで到達。
一呼吸おいて扉をゆっくり押していく。力を籠めるのも一気にするのではなく、遠慮がちに少しずつ込めていった。扉を己の祖父以上に労わっている様子は実に滑稽であるが、ようやくアスカルはエリオット剣術道場の建物に入ることができた。
道場の内部は薄暗く、灯りも最低限しか灯されていない。今は昼だから必要ないと言えばそこまでだが、それにしても少なすぎるようにアスカルは感じた。
「ようこそ、エリオット剣術道場へ。本日はどのような要件で参られたのでしょうか?」
突然、入り口から見て右手にあるカウンターの向こうから聞こえてくる女性の声。急に人の声が耳に入ってきたこともあり、肩を大きく跳ねさせたアスカルだったが、すぐに平静さを取り戻した。
「オレ……じゃない、私はアスカル・ランドレスと申します。この道場に通っております、ティナ・ハワードという女性を探してやって来たのですが、今道場におられますでしょうか?」
カウンターの向こうにいる女性は『ランドレス』の家名を聞いた時に、表情が引きつったが、すぐに笑顔に戻っていた。そのことにアスカルが違和感を感じていたが、女性は笑顔でアスカルからの問いに返答する。
「ええ、ティナ・ハワード様は現在、当道場の応接室におります。しばらく、そちらにかけてお待ちいただけますでしょうか」
「承知しました。お待ちしております」
女性の対応に違和感を感じる部分はあったが、笑顔で丁寧な物言いで対応してくれる。女性は蒼い髪をポニーテールにした華奢な体型をした美人である。見た目は30代といったところ。
腰には細身の剣を佩いており、一般的な受付嬢とはかけ離れている姿である。だが、帯剣しているにもかかわらず、道場に通う門下生というわけでもない。整合性がとれていない服装の女性は、アスカルが椅子に腰かける頃には忽然と姿を消していた。
声をかけられた時もそうであったが、まったく気配が感じられないのだ。幽霊なのではないかと疑ってしまうほどに。
「でも、一人前の戦士ともなれば、気配を消すことができると聞いたことがあるし、あの女性もその類の人物なのだろうか……?」
脳内を様々な可能性が巡るが、ぽつりとつぶやいた独り言の内容が一番しっくりくる。ここまで気配を消せるほどの戦士となれば、王都コーテソミルにおいて剣を交えたエツィオ以上。
――エツィオ以上の強者かもしれない。
そんな可能性が脳裏を過ぎった刹那、背後から先ほどと同じ声で呼びかけられた。
「お待たせいたしました。アスカル様も応接室までお越し頂けますでしょうか」
「え、オレも……?」
どうして自分が応接室へ行かなければならないのか。頭に疑問符が浮かぶ状況ではあったが、女性は一足先にスタスタと歩いて行く。見失うわけにもいかず、アスカルもつられるように走り出す。
ただ足音だけが淡々と響く薄暗い廊下を進んでいくと、高級そうな落ち着いた色合いをした木製の扉が視界の彼方に映った。
「こちらになります」
ドアのノック音がいくつか響いた後、そう言って品のある仕草で扉を開ける女性。その女性に促されるように、アスカルも応接室へ入る。
室内は暗い茶色の家具で統一されており、応接室とは思えないほど飾り気がない。しかし、腰を据えて話をするには良い部屋であるように思える。
……ただ、応接室の奥には薄緑の羽織、金色の鎧、使い込まれた大剣が入ってきた者を威圧するかのように並べられている点を除いては。
そんな応接室の最奥には体格の良い茶髪の大男が椅子に深く腰掛けている。そして、手前には緑色の髪をポニーテールにした見慣れた女性が面食らった様子で直立していた。
「ヴィクター様。アスカル・ランドレス様をお連れしました」
「お、お初にお目にかかります。アスカル・ランドレスです」
「おう。オレがこの剣術道場のヴィクター・エリオットだ。よく来たな、『漆黒の戦姫』の同族よ」
無表情でアスカルを迎えた大男こそ、かつて帝国最強と謳われたヴィクター・エリオットその人であった。
第175話「旧帝都フランユレールにて」はいかがでしたでしょうか?
今回はアスカルがエリオット剣術道場にやって来ていました。
そこでティナと再会するだけでなく、ヴィクター・エリオットが登場し、驚いた方もおられたのではないでしょうか?
はたして、ここからどんな話がなされるのか、楽しみにしていてもらえればと思います……!
次回も3日後、1/30(火)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!