第173話 夢と責務の狭間で
どうも、ヌマサンです!
今回は少し暗い話になります……!
最後まで付き合っていただけますと幸いです。
それでは、第173話「夢と責務の狭間で」をお楽しみください!
「お父さん。やっぱり私は……」
「そうでござる。フォルトゥナートをラッセル殿の養嗣子としてしまった以上、ティナに領主を継いでもらうことになるでござる」
「そんな……」
アスカルもフォルトゥナートも寝床に入った後。夜闇の中、執務室に最小限の灯りがついていた。その灯りの中で動く二つの影。一つはティナであり、もう一つはノーマンである。
剣術道場でひたすらに剣の腕に磨きをかけるティナにとって、その瞬間のノーマンの一言は夢を奪われたに等しかった。だが、その言葉を発したノーマンの表情も、苦しさを嚙み殺しているかのようである。
「分かったわ。ワタシがハワード領主になります。そうするしかないんだもの。そうよ、そうするしか……」
「ティナ……?」
「何でもないわ。それじゃあ、おやすみなさい。お父さん」
ノーマンはティナにかける言葉が見つからなかった。その間に、ティナは執務室から早足に立ち去っていく。呼び止めようと思っても、もう間に合わなかった。
そのまま時刻は過ぎ、ノーマンもティナも眠れぬまま一夜が明け、アスカルとフォルトゥナートは何も知らず、新たな一日を迎える。
「アスカル兄さん!」
「おっ、フォルトゥナートか。その恰好、どこかに行くのか?」
「はい。明後日から学校が始まるので、サランジェ領に帰らないといけないので」
「それもそうか。じゃあ、道中気をつけて帰るんだぞ」
「はい!それじゃあ、アスカル兄さんも良い旅を!」
廊下でフォルトゥナートとの別れを済ませると、アスカルは中庭で日課の素振りを開始する。昨日の反省点を活かして、今日も稽古をしていく。この積み重ねが高みへ至るただ一つの道。
そう思って稽古を続けるアスカルは一つの異変に気付く。
「そういえば、ティナが起きてこないな。寝坊か……?」
いつもは起きてくるであろう時刻にティナが起きてこない。そのことを訝しんでいると、そこにトラヴィスがやって来た。
「アスカル。今日はトリテルテアへ向かう予定だったか」
「そうなんだが、ティナがまだ起きてこない以上、すぐに出発できるわけでは……」
「それもそうか。じゃあ、出発する時に執務室へ顔を出してくれ。ノーマンも会っておきたいだろうからな」
アスカルはコクリと首を縦に振ると、トラヴィスはそれ以上何も言わず、執務室のある建物へと姿を消した。そうしてアスカルが素振りと走り込みを終えて部屋に戻るところで、ようやくティナが部屋から出てきたのだ。
「おはよう……って、目の下にクマができてるじゃないか。どうした、昨日は眠れなかったのか?」
アスカルが驚きまじりの声をかけるも、ティナは何も言わずに横を通り過ぎていく。その際、ティナの眼もとでキラリと光るものを見たアスカル。何かあったであろうことは感じ取れたが、何があったのかまでは皆目見当もつかなかった。
とにもかくにも、トリテルテアへ向かう以上、アスカルも身支度をしなければならず、ティナの後を追いかけることはしなかった。
部屋に戻って荷物をまとめ、室内の清掃を行う。宛がわれた部屋に対し、感謝の思いを込めて埃を払い、窓を磨く。清掃は不慣れであったが、やれる限りのことをしてアスカルは部屋を出る。
そうして向かったのは、先ほどトラヴィスからも言われた執務室。「ティナも起きてきたことだし、そろそろ出発する」とだけ伝えようと思ったのだ。しかし、執務室では思いも寄らぬ騒ぎが起きていた。
「もういい!お父さんなんて大嫌い!」
そんな声が聞こえて来たかと思うと、突如として執務室の扉が開く。それも、勢いよく開いたため、扉の前にいたアスカルは避けることもかなわなかった。その事故によりアスカルの意識が、痛みに向けられている間に、一つの足音が遠くへ消えていく。
「おお、アスカルか。もしかしなくても、扉が……」
「あ、ああ。何か拭くものを用意してくれると助かるんだが……」
「おう、ちょっと待ってろ」
鼻血が垂れて、廊下に片手で数えられる程度の赤い斑点が形成されている。その状況を見れば、鈍いトラヴィスにも何が必要か、すぐに分かった。
しばらくして目の前に差し出された白布で鼻の付近をふき、廊下にこぼれた血の斑点を乾く前に拭き取っていく。その地道な作業を終えたアスカルは、ようやく執務室へ入室。
「それで、ノーマン殿。一体、ティナと何が……?」
「……うむ、これから話すでござる。とにかく、アスカルもそこへかけるでござる」
「それじゃあ、遠慮なく」
近くにあった椅子へ、ノーマンに促されるままに着席したアスカル。事情を知っていると思われるトラヴィスは、ティナの後を追うように執務室を出ていったところで、ようやくノーマンは経緯を語り始めた。
「実は、夜のうちにティナにハワード領を継いでもらうことになると伝えたでござる」
「……それで、ティナは嫌がったのか?」
「いや、嫌そうではござったが、断られたわけではないのでござるよ」
そこまで言われてアスカルはポカンと口を開けて身動きを停止させてしまう。断られたわけではないのに、あれほどの剣幕でティナが父親のことが嫌いだと叫んでいった。その状況がどういうことなのか、理解するのに苦しんでいるのだ。
「拙者は領主を継いでほしいと伝えただけなのでござるが、ティナは帝都フランユレールの剣術道場をやめてくると言い出したのでござる」
「剣術道場を……やめる?」
「然り。拙者にもどうしてそのようなことを言いだしたのか、皆目見当もつかず……」
ノーマンは皆目見当もつかないと言った。しかし、旅の間のティナを見てきたアスカルには分かりかけていた。理解できたと声を上げる、一歩手前まで来ているのだが、あと一歩が足らなかった。
「アスカル。ティナは領主となるのが本心では嫌なのでござろうか……」
娘に嫌いだと面と向かって言われ、部屋を飛び出していった。その現実から逃れたいのか、窓の外の風景へ視線を移したまま、室内を見ようとしないノーマン。その背中を見つめているうちに、アスカルは答えにたどり着いた。
「ティナの心は、夢と責務の狭間で揺れているのでは……?」
「夢と責務の狭間……」
「そうです。剣術の腕に磨きをかけるという夢。そして、責務は……ノーマン殿なら言わなくても分かるのではないかと」
「そうか、領主としての役割を継ぐように言われたからか」
ようやくノーマンにもティナの心の内が垣間見れた心地がした。アスカルも、ティナの心情と行動を振り返り、この仮説は大きく外れていないと確信している。
「ノーマン殿、ティナは夢と責務を両立することはできない。そう思ったから、道場という夢を追う場を捨て去ろうとしているのでは?」
「うむ、それなら拙者にも合点がいく。だとすれば、飛び出したティナが向かう先は――」
「帝都フランユレールの剣術道場……!」
「アスカル!すぐに出発して、ティナを追いかけてはくれぬか……!」
その言葉に、首を横に振る選択肢はなかった。すぐにも後を追わなければ、とアスカルも執務室を去り、旅を再開する。目的地は何ら変わりない。ただ、トリテルテアを観光している時間はなくなったというただ一つの変更点を除いては。
そして、帝都フランユレールまでの道のりをこれまで以上に急いで進む理由が生まれた。それはアスカル自身のためではなく、ここまで共に旅をしてきたティナ・ハワードという、夢と責務の狭間で迷っている女性のために。
第173話「夢と責務の狭間で」はいかがでしたでしょうか?
今回はティナが次期領主になると言われて、迷走している感じでした。
そして、そんなティナを止めるべく、アスカルは帝都フランユレールを目指すことに……!
はたして、旅の終着点がどうなるのか、引き続き見守っていてもらえればと思います!
次回も3日後、1/24(水)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!