第155話 心に芽生えた茨
どうも、ヌマサンです!
今回はアスカルの心を苛む茨についての話になります!
はたして、家族と会って、アスカルの心は救われるのか。
それでは、第155話「心に芽生えた茨」をお楽しみください!
「母さん。それに姉さんも」
見舞いに訪れたのは、アスカルの母・セシリアと姉・ミシェル。我が子が女王を襲撃しようと図った曲者を斬ったと聞いて、飛んできたのだ。
「アスカル、よく不埒者を斬りました」
「任務……だからな」
「でも、辛かったでしょう。人を斬った手ごたえ。アタシも20年以上前のことでも、かすかに覚えてるよ」
よく不埒者を斬ったと褒めるセシリアだが、声色からは喜びや称賛といった感情は全くもって感じられなかった。やはり本心では我が子に人斬りなど経験させたくなかったのだ。
「母さんは今、かすかに初めて人を斬った手ごたえを覚えてるって言っていたが、かすかにってどういうことだ?時間が経てば忘れてしまうモノなのか……?」
質問している、というよりは母親に救いを求めているような様子のアスカル。傍から見ているだけのミシェルにも、アスカルに苦しみが伝わってくるようだった。
2人が見舞いに来た時、心配をかけないようにしようと思っていたアスカルだったが、セシリアと話しているうちにすっかり忘れてしまっている。
「そうね。アタシの場合は大勢の人を殺めて来たから。自然と薄れていった感じかな」
「でも、オレは……」
「斬った人数は一人だけ。もしかすると、アタシのように忘れていくことはないかもしれない」
要するに、自分は心に芽生え、苛む茨を救われないかもしれないということか。アスカルの心は絶望へ落ちようとしていた。しかし、母はそれを良しとしない。
「アスカル。今回はやむを得ず斬ってしまったわけだけど、逆にどうすれば斬らずに事件を解決させられたと思う?」
「……増援が来るまで粘ることのできる実力。後は斬らずに解決へと導けることに気づくことのできる頭?」
「そうね。前者があれば殺さずに無力化する術だってあった。こればっかりは鍛えていくしかないわ。後者については経験を積むが必要ね。経験が浅いうちは目の前の状況に対処するだけで手いっぱいになってしまうもの」
「実力と経験……か」
改めて己の未熟さを痛感させられる。だが、セシリアは母親として、何より数多の死線を潜り抜けてきたからこそ口にすることができる言葉だった。
「アスカル。明日からのお休みで、改めて今後について考えてごらん。もちろん、休むことが最優先だけどね」
「ありがとう。今後については考えてみるよ。このまま近衛兵を続けるのか、それともやめるのか。他にも色々と」
「それが良いわ。それじゃ、アタシとミシェルは帰るから……って、どうしてミシェルが泣いているの!?」
「だって……!」
恐らくはアスカルとセシリアの話を聞いているうちに、感情移入してしまったのだろう。この3人の中で共感能力が一番高いのはミシェル。性格的にツンツンしているが、素直になれないだけで根は優しいのだ。
セシリアは小さな女の子のように泣きじゃくるミシェルの背中をさすりながら帰っていく。部屋の扉を閉めるときに小さく手を振る母親に、アスカルは自然と手を振り返していた。
「今後……か」
不思議なもので、先ほどまでは人を斬ってしまったという漠然とした物に押しつぶされそうになっていたのに、今では不思議なくらい冷静さを取り戻せている。
「母親というものは本当にスゴイな」
それ以上、何と言葉にしていいのやら。そんな様子であったが、セシリアとミシェルがお見舞いに来てくれたことに心の底から感謝していた。
「心配をかけないようにしようと思っていたが、オレは人に心配をかけないように生きられるほどの人間ではないな。まだまだ未熟な面が多すぎる……」
自虐的に未熟だと言っている半面、アスカルの表情は明らかに和らいでいた。それは、悲観していても始まらないのだということ、過ぎ去った時は戻せないのだという心持ちになったからかもしれない。
なんにせよ、暗く沈んだ感情は今にも消え去ろうとしていた。心に芽生え、今の今までチクチクと差し続けていた茨は母や姉によって取り去られたのだ。
「ま、今後のことは明日にでも考えるとするか」
そう思い、今日のところは寝ようと再び横たわった時。再び部屋の扉がノックされた。アスカルはてっきりセシリアとミシェルが言い忘れたことがあるから戻って来たのかと思ったのだが、それは違った。
「あ、あなたは――」
「どうも、新米近衛兵さん」
緑色のポニーテール、翡翠色の直長剣。忘れもしない、共にエツィオと戦った女性剣士の姿がそこにあった。頭や手足、脇腹あたりに白い包帯が巻かれている。彼女も手当てを受け、ここへやって来たのだ。
「お怪我の方は大丈夫ですか」
「ええ。私は大丈夫。それよりも、あなたに私の不注意で迷惑をかけてしまったことを謝ろうと思ってここに来たの」
「不注意?」
どうやら倒れたエツィオに近づき、反撃を受けたことを言っているらしかった。確かに、あそこで女性剣士が倒されてしまったことで、アスカルは苦戦を強いられたが、特に責める気にはならなかった。
「不注意というならば、オレにだってある」
「……それは?」
「エツィオが逃走し始めた時に駆け引きで負け、転倒させられたことだ。そもそも、あの場で取り押さえられていれば、こんな事態にはなっていないのだから」
「でも、それは不注意ではなく、単なる実力不足じゃないかしら」
女性剣士は悪びれる様子もなく事実を述べた。そう言われてしまっては、アスカルは何も言葉を返せない。
「まぁ、そうとも言うな」
「そうとも言うのではなく、そう言うのよ」
あまりにとぼけるのが下手であることがおかしくなり、笑いだす女性剣士。だが、それにアスカルも呼応してしまう。
「そうだ、名乗るのが遅れてしまった。オレはアスカル・ランドレスだ。近衛兵になったばかりだが、これからも精進していくつもりでいる」
「ご丁寧にどうも。ワタシはティナ・ハワードよ。久しぶりね、アスカル」
ニコリと笑う仕草。何より、その名前をアスカルは忘れもしなかった。子どもの頃の記憶が蘇り、懐かしさすら感じてしまうほどに。
「あの、ティナか……!?姉さんとよく遊んでいた――」
「そうよ。今日は従兄弟伯父のノルベルト殿の結婚式だったから幸せな様子を一目見ようと思って来たの」
確かに、ティナから見れば、ノルベルトは母方の従兄弟伯父にあたる。その点を言われるまで失念していた。
「そうだったのか。ノーマン殿から今は旧帝都フランユレールの剣術道場に住み込みで働いていると聞いていたが……」
「ええ。今は親戚の結婚式があるから休みを貰っているの」
「フランユレールからなら遠かっただろうに」
「ええ。片道7日かかったわ。旅費だって大変な額がかかるんだから」
王都コーテソミルから旧帝都フランユレールまで片道7日。そこまで聞いて、アスカルは一つのことを思いついた。
「ティナ、帰るのは明日か?」
「そのつもりよ。今日はセシリア様のところで泊めてもらうつもり。明日の夕方に出る馬車で帰る予定でいるわ」
「よし、決めた。オレも旧帝都フランユレールまで行く!ティナ、オレもついていっていいか?」
「全然構わないけど……休みは10日間だけでしょ?10日じゃフランユレールまで行っても帰って来れないわ」
ティナからそう言われることは、アスカルも織り込み済みだ。そして、どうするのかも考えあっての発言だった。
「明日、ダレン近衛兵長に会って、休暇の期間を延ばせないか掛け合ってみる」
そう言って、右手の親指を立てるアスカルなのであった。
第155話「心に芽生えた茨」はいかがでしたでしょうか?
今回はアスカルがセシリアやミシェルと話している間に気力が回復していました。
そして、共に戦った女性剣士がノーマンの娘であるティナであることも判明したわけですが、驚いた方も多いかもしれないですね……!
さらに、アスカルが旧帝都フランユレールへ行くことを決断してましたが、実現するのか、楽しみにしていてもらえればと思います!
次回も3日後、11/30(木)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!