第135話 無常の風は時を選ばず
どうも、ヌマサンです!
今回からは新章となります。
舞台はナターシャが亡くなってから20年後。
一体、どのような世の中となっているのか、楽しみにしていてもらえればと思います……!
それでは、第135話「無常の風は時を選ばず」をお楽しみください!
ナターシャ・ランドレスの死後、20年という月日が流れた。その後はさしたる戦も起こらず、戦災で受けた人々の心を、大地を癒やすかのような平和が訪れている。
今では戦地の復興も進み、ほとんど完了している。国の事業として推進されてきた戦災復興の甲斐あって、子どもたちが安心して、笑って暮らせる国が作り上げられている。
最初はルノアース大陸に平和が訪れるのか、誰もが信じられないような心地で見守っていたが、今では平和は当然のこととして受け入れられている。
そんな平和が訪れて20度目ともなる初夏が訪れ、成人した一人の青年が王都コーテソミルの自宅から、王都の中心部にある王宮へと向かおうとしていた。
「それじゃあ、母さん。行ってくる」
「うん。気をつけて行ってきてね。知らない人に声をかけられても――」
「ついて行っちゃいけない、だろう?耳にイカができるくらい聞いたよ」
「それを言うなら、『耳にタコができる』よ」
「そうだったな。それじゃあ、改めて行ってくる」
そう言って玄関の外へ一歩を踏み出し、暖かい日差しに照らされる一人の青年。赤子の頃からの特徴である若緑色の髪に角のような癖毛に、腰から提げた魔剣ヴィントシュティレ。
髪の色と同じ若緑色の鞘に収められた漆黒の魔剣は、彼にとっての義母の形見だ。20年も前に女王マリアナを庇うようにして亡くなった、『漆黒の戦姫』愛用の剣。
そう、朝の陽ざしを手で遮りながら春の空を見上げるこの青年こそ、アスカル・ランドレス。
クライヴとセシリアの間に生まれた男子で、すぐにナターシャの養子とされた、20年前にはまだ赤ん坊にすぎなかった、あの男の子なのだ。
「おい、アスカル。部屋に鎧と弓を置き忘れていたぞ?今日からマリアナ様の近衛兵になるんだ。レティシア先生も言っていたが、お前はもっとしっかりしな」
「姉さんは相変わらず小言が多い。そんなだから顔のしわが増えて男が寄って来ないんだ」
「なっ、また人が気にしていることを……!」
アスカルを追うように屋敷から出てきた女性こそ、アスカルの姉であるミシェル・ランドレス。父親であるクライヴ譲りの黒髪に、角のようなくせっ毛を持つ彼女は、今日も今日とて弟の説教に精を出していた。
そして、そんな姉と弟のじゃれ合いを玄関からあきれたような、どこか嬉しそうな様子で見守る、2人の母。セシリア・ランドレスの姿があった。
「セシリア、2人とも大きくなったな」
「父さん。起きてきて大丈夫なの?」
「ああ、ギックリ腰も休ませてもらったおかげで随分良くなった。明後日には仕事に復帰するつもりだ」
そう言うのはセシリアの父・トラヴィス。オールバックにしていた緑色の髪も無精ひげも今では白くなり、老いを感じさせる風貌となっていた。
そんな彼はナターシャの死後、軍の重鎮として兵士たちをまとめ上げ、各国へと撤退させ、その後は将軍としてではなく、一老臣としてマリアナを補佐し、平和な世にするべく尽力してきたのだ。
今ではハワード領主として旧ダルトワ領内の治政に励んでいる。だが、王都コーテソミルへ上洛してきた際に腰を痛め、王都内の屋敷で静養していた。そして、今。
腰の具合もも良くなり、またマリアナに挨拶をしたうえで、ハワード領へ帰還しようというのだ。
「ハワード領にはここ数年顔も出してないけど、また行きたいな」
「いつでも来い。最近、ハウズディナの丘の近くで温泉を掘り当てたらしい」
「本当!?」
「ああ。温泉好きなお前の意見を聞きたがっているヤツも多い。顔を出してやってくれ」
温泉好きなセシリアに、行かないという選択肢はなかった。だが、セシリアも今は自由の身というわけではない。マリアナの命令によって、今では近衛兵の養成所の所長を任されているのだ。
そんな身分では行きたいからとすぐに温泉へ行けるものではない。季節が夏でなければ、の話だが。
「養成所も今は夏休み。明日にでも支度していくことにするわ!こうしちゃいられないわ……!」
「まったく、四十を過ぎても情熱が冷めないとは、我が娘ながら見事なものだ」
表情が若い頃のように生き生きとしたものへと変貌したセシリアは、我が子らの見送りに来たことも忘れ、屋敷の中へと駆け足で戻っていく。この様子なら、明日どころか今日にでも出発しそうだ、とトラヴィスは思った。
「おじいさま、お母様は……」
「ハウズディナの丘で掘り当てたばかりの温泉に行くらしい。俺も明後日のうちには所領へ戻る」
「そう……ですか」
「なんだ、ミシェル。寂しいか?」
「もちろん。久しぶりに4人で賑やかに食卓を囲んだり、次々に楽しい思い出が増えていくのですから」
いじらしいことを言う孫娘に、王国の老臣としてではなく、一人の祖父として、トラヴィスはぽろぽろと涙をこぼす。
「お、おじいさま!?な、何か変なことを言って――」
「いないぞ。いや、嬉し涙だ。カワイイカワイイ孫娘からの言葉が嬉しくてな……。まったく、年をとるとこうまで涙もろくなるのか」
「おじいさま、またカワイイって……!私は可愛くなどありません」
トラヴィスにカワイイと言われ、恥ずかしそうに顔を赤くするミシェル。それを弟として、アスカルがからかいに来る。
「姉さん、よく分かってるな。ジジイの色ボケ眼鏡を通しての判定だからな。歪んだ評価を信じてはいけないよ」
「おい!人をジジイ呼ばわりしおって……ッ!」
「やべっ、王宮に行ってきま~す」
今にも拳骨が……というところで、アスカルは王宮へと全力疾走。さすがにあのすばしっこさには、年老いたトラヴィスでは追いつけなかった。
「チッ、アスカルのヤツ。相変わらず、可愛げがねぇ。あんなガキを産んだ親の顔が見てみたい……って、セシリアだったか。ハハハハハ……!」
そう笑ったが最後、トラヴィスの後頭部目がけて2階の窓から真紅の大斧が投擲される。
「父さん、今何か言った?」
「いや、何も言っていない。空耳じゃないか?」
「そう」
「セシリア、後で斧はちゃんと回収しとけよ」
大斧を放り投げた当の本人はトラヴィスの言葉を最後まで聞くことなく、部屋の中へと姿を消した。
「おじいさまも大変だ……ですね」
「アスカルと違って、ミシェルは礼儀正しいな。だが、敬語も無理に使わなくていい。祖父と孫娘に上下関係はないし、何より家族だ。気楽に話してくれ」
「はい」
「それじゃあ、俺も屋敷に戻る。ミシェルも気をつけて行って来いよ」
手をひらひらと振ってトラヴィスも屋敷へと戻っていく。ただ、真紅の大斧だけが、玄関先に突き刺さったまま放置されている異様な光景から目を背け、ミシェルも敷地の外へと一歩を踏み出す。
アスカルは今日から近衛兵。そのためにも、午前のうちに王宮へ集合し、正午からのマリアナの演説を聞いた後で職務の説明やシフトなどの説明を受ける。それが本日の予定。
そして、ミシェルはと言えば、出勤だ。職場は王都コーテソミルの中心部、王宮のすぐそばに建設された図書館だ。ミシェルはそこの司書として今春から働いている。
仕事ぶりは至って真面目。職場での上司や同僚たちからの印象も良いのだが、ただ一つ彼女が気にしているのは、男性からも怖がられてしまうこと。
デキる女オーラを放つ以上に、目つきが鋭く、相手の話を聞くときに真っ直ぐ相手の目を見ることが少々怖がられてしまうのだ。だが、そんな彼女の趣味が読書や裁縫で、女友達は多く打ち解けている。
――ともあれ、この夏。次世代の物語が始まろうとしていた。
第135話「無常の風は時を選ばず」はいかがでしたでしょうか?
今回はクライヴとセシリアの子、ミシェルとアスカルが大人になって登場。
セシリアやトラヴィスも少し年をとった状態で登場したわけですが、平和が訪れたということを感じてもらえていれば幸いです。
本章では後日談として、平和なルノアース大陸を感じ取ってもらえればと思います……!
次回も3日後、10/1(日)の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!