第119話 画餅に帰す
どうも、ヌマサンです!
今回は堰を切った濁流がテルクスに押し寄せます。
その事態に、アマリアたちやジェロームがどう動くのか、楽しみにしていてもらえればと思います……!
それでは、第119話「画餅に帰す」をお楽しみください!
堤防に打ちつけられ、飛沫が堤防傍にいた者にかかる。人馬も陣屋も、すべてを巻き込んだ水流も、しだいに落ち着きを取り戻していく。
やっとのことで水流から逃れたジェロームと、麾下の精鋭たち。彼らの前に広がるのは、湖面のようになったテルクスと、その周囲である。
「ジェローム様……」
「見ろ。テルクスの城壁の西側が崩れ、中に水が浸入している」
「船があればあそこから侵入できるのでしょうが……」
堰を切られたのはテルクスの西側であったため、西側から押し寄せた濁流にテルクスの城壁の一部が崩れ、中に水の侵入を許してしまったのだ。そのため、テルクスの内部では大騒ぎとなっていた。
「……建物の上階へ避難。1階だと溺死するから、2階より上へ。屋根でもいいから移動して。水かさがこれ以上増すことはないから、落ち着いて」
指示するユリアが誰よりも落ち着き、事態に対処していた。これを見た兵士、一般市民は落ち着きを取り戻し、近くにいた人同士で助け合い始める。
水の勢いは次第に収まったが、依然としてユリアの首元くらいの水深のままであった。身長の高い大人ならいざ知らず、子どもはそれこそ溺死してしまう。だが、そこへ文字通りの助け舟が現れる。
「ユリア!無事ですか!」
「……アマリア、どうしてここに?」
「兵士だけでなく、民の命まで危険にさらしたんだ。黙って、王宮に引きこもっているわけにもいかないよ」
城内にあった材木を用い、梯子を作った。作った梯子を立てかけるのではなく、民家の屋上から隣家へと横にかけていくことで水平移動を可能にしたのだ。
王宮内の者で一致団結して作った梯子で少しずつでも救助活動を行っていく。水練に長けた者は泳いで救出を行うなど、各々でやれることを行ないながら、浸水被害が軽微な王宮付近、テルクスの中心部、テルクスの東部へ移動させていった。
幾日にもわたる救助活動だったが、帝国軍からの攻撃がなかったことが幸いした。堰を切ったシリル隊5万6千は静々とキバリス平原を西へ。そして、キバリス渓谷を抜けて撤退していったのだ。
残ったジェロームの隊も甚大な被害を被っており、生き残った者は1万をきるほど。実に3万を超える死者を出していた。
「おのれ、シリル……!帰ったら叩き斬ってやる……ッ!」
ジェロームは自身の配下たちをテルクスの南側に集め、比較的高台にあたる部分に陣営を構えなおした。
そこへ、漆黒の戦姫たちがやって来る。4万という数で。
「ジェローム将軍、我らはどうしますか?」
「迎撃か、退却か。それなら、迷うことはない」
ジェロームの振り返る先には、テルクスへと押し寄せ、元の河川へと戻っていく濁流。もちろん、人馬が渡っていけるような緩やかで、水深が浅いわけではない。むしろ、その逆である。
「となれば、迎撃……すなわち決戦を、と?」
「そうなる。いや、そうせざるを得ない。もはや我らに退路はない。こうなれば背水の陣で臨むほかないのだ」
文字通り、背水の陣という状況のジェロームたちは、急ぎ布陣を開始。そんなジェローム隊1万の動きは、物見によってナターシャの元へ届けられた。
「そうですか。敵は川を背に陣を」
「ハッ、退路を断たれ、死に物狂いで活路を見出してくるものと思われます」
「分かったわ。ご苦労様でした。今日はゆっくり休みなさい」
「ありがたき幸せ……!」
ナターシャのねぎらいの言葉に感謝し、物見役は下がっていった。
「おいらが育てた物見たち、役に立っているようで安堵しましたよ」
「あら、ダレンですか」
「へい、久しぶりに会いやしたね」
「そうね。最近見ないと思ったら、偵察兵の教育係をしていたのね。てっきり、趣味の山登りでもしているのかと思っていたわ」
ダレン・カスタルド。モレーノ・カスタルドの実子であり、先日リカルドと結婚したクレアの義理の弟にあたる。
「クライヴが亡くなってから気落ちしているとモレーノから聞いた時は心配しましたが、元気そうでホッとしたものです」
「へへっ、そうでやしたか」
「まあ、ダルトワ領の遠征でも元気な姿は見ていますし、近頃も元気そうにしているようで良かったです」
「なんだか保護者みてぇな口ぶりだな」
ダレンの保護者。ナターシャとしては、言われてみれば確かにそうだと思うほどしっくりくる。
子どもの頃から、クレアとともに遊んできた仲。カスタルド姉弟の姉貴分として振る舞ってきたために、自然と保護者のような役割になっていることも多かった。
「私が怒るたびに顔から出るもの全部出していたダレンも、随分と立派になったものですね」
「ちょっと待てくれよ。おいらが出したのは涙と鼻水だけだ。よだれは出してねぇ!」
「鼻水垂らしながら泣いていたことは認めるのですね」
「ちぇっ、ナターシャも相変わらずだぜ」
頬を膨らませてすねるダレンにクスリと笑みがこぼれるナターシャ。さながら姉妹のような2人だが、それからは真面目な話に移った。
「ダレンはたしか、泳ぎが得意でしたね」
「もちろんでやす。泳ぎも木登りも山登りも、子どもの頃から得意でやす」
「では、テルクスへ私からの言伝を伝えに行ってもらえますか?」
「言伝……?」
ナターシャからの言伝。それを聞き、ダレンは快く引き受けた。いかに後進が育ってきたとはいえ、ダレンが飛びぬけて優秀なのはナターシャも認めている。それゆえの、頼み事であった。
言伝の内容を忘れないうちにダレンは本陣を飛び出し、テルクスへ出立。走って泳いでは幼少の頃より達者なダレンである。湖のように流れが落ち着いているのなら、テルクスへ入るなど袋の中に入っている物を取り出すほど容易いことであった。
「アマリアさん!ユリアさん!来やしたぜ!」
「誰かと思えばダレンじゃないか」
「……ぷっ、誰かと思えば誰ン?」
「ユリア、ちっとも面白くないぞ。それ」
ダレンの名前を聞き思いついたことをとっさに口にしたユリアに、アマリアから辛辣な感想が寄せられる。
歯に衣着せぬ物言いに、さすがのユリアも言葉も出ないといった様子で黙り込んでしまった。
「ところで、ダレンはどうしてここに?」
アマリアはどんな要件であるのか、ダレンに問いかける。だが、どうやってここまで来たのか、どうしてここまで来れたのかといったことは聞かなかった。さも、来れることが当然であるかのように。
「ナターシャからの伝言を預かってきやした」
「伝言?」
「へい。それが――」
ナターシャからの伝言に、アマリアはニヤリと微笑む。実にナターシャらしい伝言であったからだ。
「分かった。ボクたちは人命救助と、テルクスの守備に専念することとしよう。あとは諸所に使いを出しておくよ」
「頼みやしたぜ」
依頼通り、伝言を伝えたダレンは踵を返して本陣へと戻る。水練が得意で、物見のためにあちこちを走り回り体力もある。こうしたことから、ナターシャが想定していたよりもダレンの戻りは早かった。
「ナターシャ、アマリアに伝えて来やした」
「ご苦労様でした。ダレン、後はゆっくり休んでいてください」
「そういうわけにはいきやせん。休むならジェローム率いる帝国軍を追っ払ってからでやす」
「フフッ、そうですね。直に狩りを始めます。それまでは大人しくしていてください」
狩りを始めると言ったナターシャ。彼女の双眸には、3カ所で着々と築き上げられる木製の砦の姿があった。
一体、どのような狩りをナターシャは始めようというのか。そして、ジェロームはどう動くのか。
――両雄の決戦が今、幕を開ける。
第119話「画餅に帰す」はいかがでしたでしょうか?
今回は久々にダレンが登場して、アマリアへ伝言を伝えていました。
その一方で、ナターシャはジェロームとの戦いに備え、着々と砦を作っていたわけですが、何をしようというのか。
次回も明日の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!