第118話 騎虎の勢い
どうも、ヌマサンです!
今回はいよいよ戦況に動きがあります……!
はたして、テルクスの周囲で何が起こるというのか。
それでは、第118話「騎虎の勢い」をお楽しみください!
「まだ落ちないのか!?」
「ハッ!思いのほか抵抗が激しく、大勢の死傷者を出しており……」
前線からの報告を受けるジェロームの表情には苛立ちが窺える。
すでにジェローム隊によるテルクスへの攻撃開始から3日。初日ほどの勢いもなく、兵士たちもどこか疲れ果てている。
このままではテルクスを陥落させることも難しい。そんな折、シリルからの使者がジェロームの元を訪れた。
「将軍、我が主よりの言伝をお伝えします」
「シリルからの言伝か。おおよそ察しが付くが、一応聞かせてもらおう」
「では、お伝えいたします。『じきにテルクスを水没させることができる。ゆえに、それまでは城攻めを中断してくれ』と、かように仰せです」
「水攻めか。だが、そんな小賢しい手など使うまでもない。明日中に陥落させるから、黙って見ていろと帰ってシリルに伝えておけ」
シリルからの言伝を聞いてなお、ジェロームは力攻めをやめるつもりはなかった。もはや、ここまで来て城攻めをやめることはできない。言い出した以上、完遂する。
その想いに支配されていると言っても過言ではない。そんなジェロームの様子に、死者は何も言わず立ち去った。
「……そうか。ジェロームのやつ、このシリルの策を小賢しいなどと抜かしたか」
「はい。言い返したいところではございましたが……」
「それでよい、あの怒れる獅子はもう誰にも止められぬ。放っておけ」
この瞬間、シリルは完全にジェロームを見捨てた。助けようとしても助けられなかった。後は、そうソフィアに陳情すればいい。
「しまった、こうなれば諫める書状でも送っておくべきだったか……!いいや、今から書く。すまないが、書き上げた書状をもう一度ジェロームの元へ届けてもらいたい」
ソフィアに訴える以上は物証がいる。そう思い、シリルはもう一度ジェロームを諫めるという体裁で書状をしたためた。
それを持ち、使者は再度ジェロームの陣営へ。そして、返答はシリルにも使者にも予想がついていた。
「くどい!シリルのやつに伝えておけ!『二度とこんな書状を送って来るな!』とな!」
「ははっ、それでは失礼いたしました」
こうしてシリルは保身の準備を整え、あとは堤の完成を待つばかりであった。水攻めで用いる河川は、火攻めの際にジェロームが森から逃れるために進んだ河川。さらには、その近くを流れるもう一本の川。
2本も使えば、満々と水を張ることが可能となる。そして、シリルは何食わぬ顔でジェローム隊ごと水に沈められるよう、堤を築いていった。
しかし、ジェロームをはじめとするジェローム隊の兵士たちは、よもや自分たちごと沈められるなどとは思いも寄らず、その後も攻城戦が続く日々。
「シリル様、支度が整いましてございます」
「そうか。いよいよ決行の時が来たか……」
味方ごと水攻めをする。そう決めたはずなのに、シリルの声は重かった。あとは堰き止めた川の水を流し込むだけであるのに、ここへ来て戸惑いの念が生じていた。
「……し、シリル様?泣いておられるので」
知らず知らずのうちに頬をつたっていく一滴。シリルは部下に指摘されるまで気づかなかった。
「これは涙だが、悲しみの涙ではない。勝利への喜びの涙だ」
「さようでございますか」
「……よし。では、決――」
「申し上げます!」
いよいよシリルが堰き止めていた川の水を堤の中へと流し込もうとした刹那。一人の伝令兵がシリルの眼前に駆け込んできた。
「どうしたっ!このシリル様が大号令をしようとしている時に……!」
「申し訳ありません!ですが、どうしてもお伝えせねばならぬことなのです!」
「お伝えしなければならないこと……?」
「はい、ロベルティ王国軍が、ナターシャ・ランドレスが南から向かってきております!その数、およそ4万!」
ここで到来したロベルティ王国の援軍。並みの将が率いているならいざ知らず、相手は漆黒の戦姫と謳われるナターシャ・ランドレス。
無策で相手をするには厳しい。さらには、ジェローム隊は城攻めの真っ最中であり、シリル隊も連日連夜の堤防づくりに疲労困憊。いくらなんでも、新手4万の相手は分が悪かった。
「戦はこれまでだ。撤退とする。全軍にそう伝えよ」
「ジェローム将軍にも?」
「もちろんだとも。応じなければ、堤を切って沈めてしまえ。我が命に服さぬ者は味方にあらず。合図はこの本陣から狼煙が上がった時だ」
シリルは冷酷に言い放つと、自らも撤退の準備に取り掛かり始める。そして、シリル隊の兵士の数名は堤を切る準備を完了させ、シリルの本陣からの狼煙を待つのみ。
一方、ジェロームの元へと向かった使者は怒鳴りつけられていた。
「黙れ!今更退けというのか!?このジェローム、散っていった者たちのためにも、テルクスを何が何でも攻め落とさねばならんのだ!臆病風に吹かれた腰抜けだけでも、さっさと逃げ帰れと伝えておけ!その代わり、手柄を全部オレの物だともな!」
使者はシリルの本陣へ立ち返り、ありのままを復命した。
「フッ、ならば遠慮なく撤退させてもらおう。もともと、ロベルティ王国の主力がこちらにいる間にダルトワ領を奪還するのが目的の戦だ。これ以上、無駄に屍をさらす必要もない」
シリルとしては、この時点でテルクスまでを占領しておきたかったのだ。しかし、テルクスという城塞都市を見て感じたのは、力攻めでの犠牲が計り知れないということ。要するに、前に聞いていたよりも、強固に改修されていたのだ。
それにより、シリルは作戦を変更し、包囲するだけに留めようとした。だが、ジェロームは攻城戦を展開し、すでに多数の犠牲者を出してしまっている。
ジェロームが後に引けないと思う気持ちはシリルも分かるが、かといって自分まで道連れにされるのは敵わない。
「シリル様、ここはジェローム将軍と共にナターシャ率いる援軍を粉砕し、それから城攻めをすれば……」
「ダメだ。ナターシャ率いる部隊を撃破し、そのうえで城攻めは不可能に近い。もとより、テルクスの情報を十分に収集していなかったこのシリルの落ち度なのだがな」
自分の情報収集が不足していたことを恨みたい気分であったが、今はそうもいっていられなかった。
シリルは使者も戻ってきたうえに、兵士たちも撤退の準備を終えようとしている状況を確認し、号令を発した。
「決壊せよ!」
シリルの本営から上がる狼煙に応じて、堤がきられる。堰き止められていた水が山崩れのような轟音を響かせながら、テルクスへ、ジェローム隊の陣地へと押し寄せる。
この日、テルクスの周囲に形成された湖に沈んだ人馬の数は万を超えた。兵士たちも逃げ惑う中、大将であるジェロームの本営も流されてしまう。
「将軍ッ!」
「ぐっ……!掴まれ!」
側近たちに己の腕や体に捕まらせ、自身の大剣を地面に突き立てる。堰を切った水であるため、水の勢いはあくまで一時的なものにすぎなかった。こうして、何とか流されずに済んだが、次なる問題が押し寄せる。
「み、水かさが……!」
「チッ!勢いは弱まった。鎧は脱ぎ捨て、岸まで泳ぐ!オレに続け!」
ここへ来て、ジェローム以下の将兵たちも鎧兜、武具を捨てざるを得なかった。そうして何とか身一つで岸まで逃れることができたという有様。
「何ということだ……」
岸から見た光景は絶望的で、さしものジェロームも衝撃を受けないはずもなく。そして、その衝撃は味方だけでなく、敵にまで拡がっていくのであった。
第118話「騎虎の勢い」はいかがでしたでしょうか?
今回はシリルに号令で、堰き止めていた川の水が放水。
ジェロームの陣地を飲み込み、甚大な被害が出てしまう事態に。
この事態を受けて、戦況はどう動いていくのか、引き続き楽しみにしていてもらえればと思います……!
次回も明日の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!