第114話 桂馬の高上がり
どうも、ヌマサンです!
今回はロベルティ王国の旧王都テルクスが舞台になります。
テルクスに暗い影が忍び寄ってきます……!
それでは、第114話「桂馬の高上がり」をお楽しみください!
「シリル、マズいことになった」
「なんだ、マズいことというのは?このシリルにマズい状況など存在し――」
「片腕を吹き飛ばされたクセによく言えたものだ」
「なっ、何……ッ!?」
ただ報告内容を伝えようとしたジェロームであったが、シリルとそのまま言い合いへと発展してしまう。
そうして周りに控える家臣らがあきれ返るほどくだらない言いあいを続けること、実に1時間。
「おい、シリル。黙ってオレの報告を聞け」
「仕方がない。聞いてやろう」
「ムカつく言い方だが、言わせてもらうぜ」
ジェロームは今朝がた受け取った帝都フランユレールからの知らせを伝えた。
「何?カルロッタがロベルティ王国軍に敗北?しかも、ヌティス城を含めたダルトワ領東部を奪われただと?」
「ああ。このままダルトワ領西部も敵の手に落ちれば、いよいよ帝都も危なくなる。その前に一度、我々にも帝都へ帰還するように、とのことだ」
カルロッタからの現状報告書が帝都にいる女帝ソフィア・フレーベルへと届けられた。
その内容が正しいのか、帝都まで退却してきた叔父・ガレスへ詰問。内容は正しいことが分かり、さすがのソフィアも焦り始めていた。
そんな中で下されたのが、ジェロームとシリルへの帝都フランユレールへの帰還命令。
「フッ、カルロッタが敗れた日付を考えるに、敵の主力はまだダルトワ領内だろう」
「だろうな。大軍をすぐに移動させることは困難だからな。それに、動かしたが最後。カルロッタ殿も逆襲し、ヌティス城の奪回に動くだろう」
「そこでだ、ジェローム。このシリルは好機を逸してはならない。そう思うのだが」
「……好機?」
シリルは名案を思いついたといわんばかりの表情を浮かべ、嬉しそうに自身の考える戦略を語り始めた。
「まず、敵の主力はダルトワ領に残っているのは間違いない。そして、ここで我々が南に撤退するのは下策だ」
「下策か。ならば、お前の考える上策とやら、ご教示願おう」
「ああ、もちろんだとも」
シリルの考えた策。それは、敵の主力が南に集中している間に、北からロベルティ王国へと侵攻する。いわば、偽撃転殺の計。
「北のルグラン領に駐屯している王国軍は2万前後。対して、こちらは旧ヴォードクラヌ王国領を制圧し、10万にもなろうかという数だ。数日のうちにルグラン領を制圧、かつての王都であるテルクスも含めてな」
「だが、しくじじれば敵の援軍が来るぞ。それこそ、ダルトワ領にいた本隊が……」
「それなら構わない。むしろ、ダルトワ領を奪い返す好機だ。そのときこそ、我々が帰還するべき時なのだ」
シリルの自信ありげな表情。そして、知恵の方はシリルに遠く及ばないことを自他ともに認めているジェロームは、大人しく従うことを決断。
「よし、オレはお前の策に賭ける。帝都へはオレが使いを送っておこう」
「いいや、使いはこのシリルが出しておこう。侵攻を言い出したのはシリルだからな」
「……ならば、オレは出陣の支度を始めるとしよう」
そう言って退出していくジェローム。それを見届けるなり、シリルは帝都への書状をしたため、使いを派した。
「しくじれば、ソフィアは怒るだろうか」
遠く、帝都にいる若き女帝を思い浮かべながら、視線を碧羅の天へと移す。窓の外に広がる晴れ渡った空。地上で何が起きようと、天には関係ない。
そう言われているように、シリルには思えてならなかった。
「このルノアース大陸とて、天から見れば小さきものなのかもしれないな。だが、われらが女帝が、先帝が臨んだ大陸全土の支配!必ずや、このシリル・アルヌールが実現させてみせよう!」
――三日後。晴れ渡る晴天の下、旧ヴォードクラヌ王国の都・レシテラに10万5千という大軍勢が結集した。
そのうちの4万9千をジェローム・コルテーゼが指揮し、先鋒に任じられる。そして、先行するジェロームに続く形でシリルが残る5万6千が進んでいく。
二度の侵攻で使われた街道を通る行路であり、キバリス渓谷を抜けて、キバリス平野へ至る道。
さらには、キバリス渓谷はナターシャの父・ドミニクが戦死した地でもある。そんな渓谷と平原を通過してテルクスを帝国の大軍が向かってきている。
その一方は、国境警備隊からテルクスにいるアマリアの下へ届けられた。
「何ッ、帝国軍が……!?」
「はっ、10万を超える帝国軍が向かってきております!」
さすがのアマリアも10万という数には驚きを隠せなかった。
一度目のヴォードクラヌ王国による侵攻では、ホルヘ・ヒメネス率いる1万4千。
二度目のフレーベル帝国による侵攻であっても、デニス・フレッチャー率いる1万8千であった。
それが今度の侵攻では10万を超えるというのだから、冷静沈着に対処できるはずもない。
「分かった。こちらも手勢を集める。君は砦を回って、ボクからの命令を伝えてほしい」
「承知しました。それで、その命令というのは……?」
「西側の砦はすべて破却。火をかけ、敵に使わせることのないようにしてほしい」
「火をかけた後は、いかにすれば……?」
「ここテルクスへ。一人でも多くの兵が辿り着けるよう、砦の守将には尽力してもらいたい」
さすがに一人で知らせるには無理があると思ったか、後から伝令を追加で派遣。さらに、北方軍政府のユリア、自身の配下となっているコリンにも召集をかけた。
ユリアは北方軍政府で働いているサイモンとクラウスを伴い、アマリアの前に現れた。続いてコリンも鎧兜を纏った姿で登場。
「……アマリア、帝国軍が迫ってるってホント?」
「ああ。それも、10万という大軍勢だ。ユリアは帝国軍が迫っていると、どこで聞いたんだい?」
「……城の周辺で。さっき国境警備隊が大慌てでやって来て帰っていったとか、帝国の大軍が迫って来てるらしいって噂になってたから」
「なるほど、それで知っていたのか」
人の口に戸は立てられぬとは言うが、このまま噂が広がるのを放置しておけば、テルクスの住民の不安を煽り、混乱を招く恐れがある。
「ここは出撃して、敵の意表を突くのはどうだ?」
「奇襲か。それはボクも同意見だ。奇襲して敵を混乱させ、その間にテルクスの街まで引き揚げる。あとは、町を囲む城壁を挟んで、対峙。そのまま籠城戦に持ち込む」
「よし、乗った。オレの思っていた案とまったく同じだ。だったら、オレが騎兵を率いて奇襲を仕掛けてきてやるよ」
「いや、ボクも行こう。ここは領主自ら出撃することに意味がある」
アマリアとコリンの意見は一致。ユリアも異論はなかったため、この奇襲策は実行される運びとなった。
「数はどうする?全軍でってわけにはいかないしな」
「それはそうだ。せいぜい、ボク直属の兵4百くらいかな」
「さすがに少なくないか……?」
「奇襲は少数のほうがいいですから」
とはいえ、10万の敵に4百で奇襲とは、無理がある。コリンがそう感じていたところへ、聞きなじみのある声が耳に入った。
「アタシたちも同行していいかしら?」
「アレーヌ・メニコーニ殿」
「殿をつけるのはやめて。今はロベルティ王国の客将にすぎない身の上よ」
元・ヴォードクラヌ王国の将軍アレーヌ。今は主君・ルイスとともにロベルティ王国に身を寄せていた。
「アタシたちということは……」
「ええ。ヴォードクラヌから集まった3千の兵も連れて行くわ」
帝国に故郷を蹂躙されたヴォードクラヌの兵たち。逃げた先にまで押し寄せる帝国軍に立ち向かおうと、闘志の炎を静かに燃やしていた。
第114話「桂馬の高上がり」はいかがでしたでしょうか?
今回はシリルの独断による帝国軍の侵攻が開始。
前代未聞の10万という数での侵攻に対し、アマリアたちも動き出していました。
一体、どんな戦いとなるのか、楽しみにしていてもらえればと思います……!
次回も明日の9時に更新しますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!