後編
しばらくして、次女のリリィ姉が結婚した。
かつて彼女を傷つけた男との決着もついた。
ただ、ボクはあいつを『殺せなかった』。
弟が割り込んで来て復讐を止めたからだ。
『もう自分を赦せ!』
その言葉に決意が鈍ってしまい、結局は……
ずっとその為だけ鍛えてきたのに。
急に目標がなくなってしまい。何だか気が抜けてしまった。
そんなある日、冒険者ギルドで『彼』と再会することになる。
「あ、あのっアリス!」
「うぇッ…………」
いやまあ、エミールは冒険者ギルドの職員なんだからここに来たら顔を合わせるのは必然だ。
だから今日まで理由をつけてここには来なかった。
でもどうしても用事があったので彼が居ない事を願いながら来て、見事に出会う羽目に。
「話をしたいんだけど……その、この前の事で」
「ボク忙しいから!!」
用事を済まして逃げる様にギルドを去った。
どうしよう。まともに顔が見られない。
そもそも何であんな事……
□
「ああっ、どうしよう……」
2階ホールのソファで膝を抱えながら呟く。
いっそ遠くの仕事を理由に街から離れる?
でも最近遠征が無いからなぁ……
「もやもやするぅ……」
「何をぶつぶつ言ってんのよあんた……」
顔をあげるとそこに居たのは……
「リリィ姉?」
最近結婚して家を出た姉だった。
「どうしたの?え、まさか家出?」
「あのね……あんたの中では家出って私の十八番みたいになってるの?」
いやだって異世界にエクストリーム家出した人だからなぁ……伝説だからなぁ。
リリィ姉と言えば『家出』だよ……
「野菜がたくさんあるっていうからね。分けてもらいに来たのよ」
「ああ、そう言えばリムが畑で沢山野菜取れたって言ってたっけ」
一番下の妹は貴族のお嬢様風な見た目にそぐわない農業を趣味としている。
食糧問題を解決するんだって息巻いていて研究もしているが正直よくわからない。
「そう言う事。丁度いいわ。ちょっとあんたに話があるの」
言うとリリィ姉はこちらの同意を得ない内に隣へと腰を下ろす。
「えーと話って……」
「ギルドの職員、エミールって人について」
その名前に血の気が引くのを感じた。
「何で、彼の事を……」
「この前ギルドに行ったらね。あんたがどうしてるかってしきりに聞いてくるのよ。それで……彼と何かあったの?」
「えーと……その……」
それから話をはぐらかそうと試みたがすぐに軌道修正されてしまった。
こういう時、リリィ姉は一番手ごわい。
まっすぐ見据えられとうとう観念してしまった。
他の誰かに聞かれたくなかったのでボクの部屋に場所を移しあの夜の事をリリィ姉に話した。
リリィ姉は黙って話を聞いていた。そして……
「なるほど。確かにそれは相当気まずいわね。」
「リリィ姉、ボクの事軽蔑した?」
「何で?」
「だって、リリィ姉からしたらそういうのって……」
姉にとって一夜の過ちなど到底理解できるものではない。
そもそも男性に対しての恐怖心を持っている人だ。
聞けば旦那との初夜すらそのせいでまだだという人なのだから。
「ん。確かに私の感覚からすればそういう事は理解はしづらい」
「うん……そうだよね」
「でも、それが間違いだとは言わない。そういう事だってあると思う」
リリィ姉はボクを否定はしなかった。
「ボク、どうすればいいか……まさかお酒の勢いであんな事になるとは……」
「それで、彼を避けてるわけよね……私はユリウスの事を自分が好きだったんだって自覚した時、どんな顔して会えばいいだろうって悩みまくったから。あんたも怖いんでしょ?彼と話すの」
「うん……」
「あんたはさ……ずっと私を見守ってくれてたんだよね。私がもう笑顔を失わない様にって。ユリウスの可能性に気づいて真っ先にあいつを認めて私の事を託したのよね?」
「うぇっ!?あ、あいつその事は内緒だって言ったのに!!」
学生時代にあいつに可能性を見出した。
あいつの傍ではリリィ姉の緊張が少し溶けていたから。
リリィ姉は異世界で出会った男性に恋をしていたと思う。
それが人生で姉にとって2度目の恋。
だけどそれをあっさり手放し、こちらの世界に戻って来た。
そこでやっぱり人生を諦めているのだと実感した。
そんな姉にあいつは、ユリウスは寄り添っていた。
ちょっと変態だけどこいつらなら、と思ってボクはあいつを応援することにした。
結果見事にリリィ姉は人生を取り戻してくれた。
「あんたがユリウスを認めていたのは何となくわかっていたわ。ありがとうね。あんたの応援もあって、私は彼と結ばれたから」
「う、うん……」
「だから、今度はあんたが自分の幸せを見つける番よ。私はもう大丈夫だから」
「で、でもボク……」
「いくら酔ってたとは言え、何の感情も無い相手とそういう関係になる様な娘じゃないでしょ、あんた。多分、何かしら彼に思う所があったんだと思うよ」
「そ、それは……そうなのかもしれない」
確かにそうだ。
散々酔い潰れて来たがあんなことになったのは初めてだ。
「一度話してみたらどう?それでどうするか決めればいい。もし、彼が最低な男だったら今度は私があんたを守ってあげるからさ」
「うん……ありがとう。そうだよね。一度、彼と話してみるよ」
「ん。そうだね。頑張って」
姉の応援に頷くと服を着替え外へ。
目指す先は……
□□
数時間後、ボク達は彼の休憩に伴い第3区にあるオープンテラスに来ていた。
お互い表情が硬い。
彼の前には紅茶が、ボクの前にはコーヒーがそれぞれ湯気を立てている。
しばらく無言が続く。
ヤバイ、かなり気まずい。
いや、怖気づいてちゃダメだ。
「あ、あのさ……エミール……さん。この間の事なんだけど」
「あっ、ああ……俺もそれについて話をしたかったんだ。その……ごめん!」
「で、でも記憶が正しければボクが押し倒したよね?その、何というかこっちこそごめんっていうか……」
「正直、少し下心はあった。あの時、本当なら君をおぶってでも自宅へ送り届けるべきだったのに自分の家に連れて行ってしまって」
「つまり元々そういう事をする気だったの?」
「ち、違う!それは誤解だよ!!でも、君を介抱してそこから何か芽生えたらいいなとは思ったんだ。だってその、俺は君に惚れてるから」
ああ、薄々感じてたけどこの人は何というか……
「アリス!順番が逆になってしまったけど。頼む、俺と……」
「ダメだよ!」
強めの口調で彼の言葉に重ね、それ以上言わない様に止める。
「そ、そうか……」
「エミール、順番が逆になっちゃったけどボクと付き合って!」
「ええっ!?」
一度は落胆した彼だがその次にボクの口から飛び出した言葉に目を剥いて驚いていた。
「正直、ボクは恋とかしたことが無い。だけど自分からあんなことをしたって事はきっと何か君に感じるものがあったんだと思う。だから、お試しでもいい。それでボクに幻滅するようならその時は捨ててくれて構わない」
「いや、捨てるだなんて……その、いいのか?俺なんかで」
「それはボクの台詞だよ」
「あれっ、それじゃ今のって俺の言葉遮らなくても良かったんじゃ」
いやいや、それはダメでしょ。
「あのさ、男の人から告白するってさ……ダメだよ?ボクだって一応女の端くれだからね?」
ナダ共和国では女性が主導となって恋愛が進む。
最近はその限りで無くなってきてはいるもののやはり男からの告白はダサいという風潮だ。
「あ、あのそれじゃあ……」
「うん。その、よろしくお願いします」
こうしてボクはエミールと付き合うことになった。
ちなみに途中から気づいていた。
ボク達の様子を観察できる通りに面した宿屋の2階からはリリィ姉が覗いていたことに。
その手には『創造錬金』で錬成された弓が握られていたので何かあったら彼は狙撃されていただろう。
また、後に分かった事だけどあの時カフェテラスにはお母さんが雇ったアサシンが何人か居たらしくエミールは結構危険な状況にさらされていたらしい。
いや、怖いよウチの家族。
何にせよ、順番が逆になったがボク達の恋愛がこの日、ようやく正式に始まる事となった。
不安要素はまだまだ沢山あるけどどうなることやら……
ということでアリスの恋愛シリーズ、始まる……のかな?
この家の娘はちょっとどこか抜けてる男を好きになる傾向があるような気がします。