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公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。  作者: 木山楽斗
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彼との出会いは(クレーナ視点)

 婚約者であるウルスド・ラーデイン公爵令息は、端的に言ってしまえば単純な男である。

 彼と出会ったのは、七歳の頃の話だ。正確にはそれよりも前に顔を合わせたこともあるらしいが、それはお互いに物心つく前のことなので出会いには含めていない。


「あなたが、ウルスド様ですか?」

「ああ、そうだとも。君は一体誰なんだい?」

「私はクレーナと申します」

「クレーナ? ああ、なんか父上が言っていたような……」


 私と彼とは、所謂幼馴染のような関係だ。私の父がラーデイン公爵と懇意にしており、家に男子が生まれなかったことで婚約が決まり、今の年齢になるまでともに時を過ごしてきた。

 それに対して、不満などは特に抱いていない。このままウルスドを婿に迎え入れる。それに異論はない。

 ただ初対面において、彼の印象というものは良いものではなかった。ウルスドは私に対してなんとも、間の抜けた表情を向けてきていた。


「……ウルスド、来客の予定を忘れていたなどとは言わないだろうな?」

「え? いや、もちろん覚えていたさ。兄上は俺を見くびり過ぎだって……」

「ラーデイン公爵家の一員として、もう少し毅然とした態度を取ってもらいたいものだな。クレーナ嬢の前で無礼があってはいけない」


 ウルスドの隣に控えていたのは、彼の兄であるアルーグ様だ。

 彼は正に、公爵令息の鑑のような人である。凛と背筋を伸ばして、その立ち振る舞いには気品があった。当時の私は彼を一目見て、かっこいい人だと思ったものである。


 逆にウルスドの方は、だらしなかった。もちろんアルーグ様と年齢の差はあった訳ではあるが、それを差し引いても彼の態度はどうかと今でも思っている。

 何故そのような男が私の婚約者なのか、当時は辟易としたくらいだ。アルーグ様が婚約者だと知らされていれば、きっとあの時の私は歓喜していたことだろう。


「すまないな、クレーナ嬢。我が愚弟は、少々不出来な所がある。しかしこれでも、見所はある奴だ」

「……お兄様、もう少し手心を加えてあげても良いのではありませんか?」

「イルフェア、それは甘すぎる評価というものだ。公爵家の一員である以上、俺達は常に貴族の規範として振る舞わなければならないのだからな……」

「あまり固いと、クレーナ嬢も緊張すると思うのですけれど」


 ウルスドの傍にもう一人控えていたのは、彼の姉であるイルフェア様だ。彼女もアルーグ様に負けず劣らず、気品に溢れた方であった。同性であるというのに――いや同性だからこそかもしれないが、私が見惚れてしまう程に彼女は綺麗だった。

 そんな立派な兄姉の弟でありながら、ウルスドは何故もあれ程気が抜けているのか、私は理解に苦しんだものである。


「兄上も姉上もうるさいな。クレーナ、ちょっとこっちに来てくれよ」

「え?」


 色々と考えていた私は、急にウルスドに手を引かれて驚くことになった。

 強引に引っ張られて、彼への心証は益々悪くなったといえる。しかし幼いなりに相手の立場が自分より上だとはわかっていたので、とりあえずついて行った訳だが。


「ウルスド様、一体どこに連れていくつもりですか?」

「うん? ああ、弟の所だよ」

「弟?」

「エルーズっていうんだ。えっと、ちょっと体が弱くてさ。部屋から出られないんだけど……」


 彼が私を連れて行こうとしていたのは、弟であるエルーズの元へであった。

 ラーデイン公爵家の三男の話は、聞いたことがあったので、私は少しだけ考えることになった。病気がちで部屋から出られない令息の元に、本当に行ってもいいのかと。

 それが良いことであるとは思えなかった。だからウルスドへの心証も益々悪くなった。無神経な人だとか、私はそう思っていたのである。


「……ここだ。えっと、エルーズ入るぞ」


 私が考えている内に部屋まで辿り着いたウルスドは、返事も待たずに部屋の戸を開けた。

 その部屋の中には、小さな男の子と女性が一人いる。中にいる女性は、ラーデイン公爵夫人であった。彼女は私達の来訪に、目を丸めていた。


「ウルスド? それにクレーナ嬢まで……」

「エルーズ、調子はどうだ?」

「ウルスドお兄様……どうかしたの? 今日は確か、お客さんが来ている日だよね?」

「そうそう、だからお前に紹介しに来たのさ。この子はクレーナ嬢」

「ク、クレーナと申します」


 ウルスドに促されたため、私はとりあえずエルーズに対して挨拶をしてみた。

 ただ、彼の方はきょとんとしている。恐らく、客人などの対応はしてこなかったのだろう。なんというか困惑が読み取れて、私はとても焦った。


「エ、エルーズだよ……あ、えっと、エルーズです?」

「エルーズ、そんな固くなる必要はないって。友達に対しては、もっと軽い感じでいいんだよ」

「友達?」

「友達……?」

「友達……」


 ウルスドの言葉に、私とエルーズ、それからラーデイン公爵夫人はそれぞれ反応を示した。

 友達――その言葉の意味は当然知っている。しかしそれは当時の状況にそぐわない言葉であった。だから皆、きょとんとしてしまったのだろう。


「クレーナ嬢、エルーズは見ての通り少し体が悪くてな。あまり外に出られないんだ。だからさ、エルーズと友達になって欲しいんだ」

「それは……別に、構いませんが」

「エルーズ、という訳だ。お前も、家族以外と交流しないとだからな……」

「あ、えっと、クレーナさん、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願いします、エルーズ様……」


 ウルスドの至極勝手な提案によって、私はエルーズと友達になることになった。

 それ自体に動揺していた私だったが、ウルスドの優しさというものを理解し始めていた。

 あまり貴族らしくないが、それでも見所はある。その時の私は、ウルスドに対してそのような印象を抱いていた。




◇◇◇




「……エルーズも随分と元気になったものね」

「……なんだよ、藪から棒に」


 馬車の中で、私はウルスドに話しかけていた。

 エルーズは現在、ケリーなる少女と話をしている。彼女はラーデイン公爵家の隠し子ルネリアがいた村の子だ。どうやらエルーズは、彼女と懇意にしているらしい。

 それは良いことだと、私は思っている。基本的に部屋に閉じこもっていたエルーズが、こうして外の人間と関わり合っていることには、私でさえ感慨深いものだ。


「初めて会った時のことを覚えていないのかしら?」

「初めて会った時……それはまあ、覚えていないんじゃないか? お互いに物心つく前に顔を合わせた訳だし」

「……それを初めてと考えたことはないわ」

「冗談だ。そうだな……クレーナには感謝しているよ。あの時の俺はなんというか随分と、強引だっただろう」


 忘れているものかと思ったが、流石のウルスドもあの時のことは覚えているようだった。

 確かにあの時の彼は、強引なものだった。ただそれが悪いものだったとは思わない。当時もそう思っていたし、色々と事情を知った今では猶更だ。


「今でも強引というか、向こう見ずな所は変わっていないと思うけれど」

「それは手厳しいな……これでも成長していると思っているんだが」

「まあ、その辺りに関しては少しくらいは認めてあげてもいいかしらね。ルネリアが来てから、あなたは確かに貴族として一皮向けたと言ってもいいと思うわ」


 以前に彼は、貴族としての立場に対して温いことを言っていた。それは恐らく、冒険譚などに影響されたことなのだろうが、あれには私も参ったものだ。

 ただ立ち直りは早かったといえる。新たな妹ルネリアの言葉で、ウルスドは考えを改めた。影響されやすいとも言えるが、素直に他者の言葉に耳を傾けられるのは彼の美点だといえる。


「……ラーデイン公爵夫人は、あなたのことを昔から優しい子だったと言っていたわ」

「母上が? それはなんというか、恥ずかしいものだな……親バカなんて珍しいものだ」

「あなたのお母様は、自分がエルーズに付きっ切りだったことを気にしていたのよ。あなたにはあまり構ってあげられなかったと思っているみたい」

「……そうだったのか」


 私の言葉に対して、ウルスドは目を丸めていた。

 それはなんというか、考えてもいなかったことを言われたというような表情である。私は思わず笑ってしまう。ラーデイン公爵夫人の心配は、杞憂でしかないとわかったからだ。


「あなたはそんな風に思ったことはない、ということかしら? エルーズは体が弱くて、何かとあなたよりも優先されていたようだけれど」

「当たり前だろ、そんなのは……別に母上に構ってもらっていなかったとも思っていない。兄上や姉上だっていたしな。そもそもエルーズは弟だ。その弟が辛い目にあっている中で、わがままなんて言わないさ」

「そういう所は、昔から変わっていないのよね」


 ウルスドは問題も多い人だ。婚約者である私は、何度も頭を悩ませてきたものである。

 しかし家族思いな所は、昔からずっと変わっていない。弟や妹のためなら、ウルスドはきっとどんな理不尽も受け入れるだろう。

 そんな彼を夫として迎え入れられることは、とりあえず幸いなことだと思って良いのかもしれない。問題については、その都度私が正していけば良いだけなのだから。


「家族思いなあなたは、私のことも守ってくれるのかしらね?」

「……何言ってんだ。クレーナだって、もう俺の家族だろ?」

「……」

「なんだよ?」

「まったく、あなたという人は……」

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