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彼との一時(ケリー視点)

 僕が生まれ育った村は、辺境といえるような所にある。

 村の周囲には自然が広がっていて、隣の村まで行くのも一苦労だ。

 とはいえ、僕はそんな村が好きだった。村の人達は皆いい人であるし、掛け替えのない友達――ルネリアもいたから。


 だけれど、その友達は突然いなくなってしまった。

 ルネリアは、公爵家の隠し子だったのだ。保護という名目で、彼女は公爵家に連れて行かれたのである。

 だから僕は、ラーデイン公爵家に対して良い印象を持っていなかった。もしかしたらルネリアは毎日泣いているかもしれない。そんなことを思っていた。


 ただそれは、大きな間違いだったといえる。ラーデイン公爵家の方々は、皆優しい人だったのだ。ルネリアは愛されていた。それは実際に屋敷を訪ねて、深く実感したことである。

 そして僕は、そこで出会ったのだ。エルーズ様と。


「ふう……」


 村の近くの川のほとりで、僕はゆっくりとため息をついた。

 辺りには涼しい風が吹いており、それがなんとも心地良い。


 そういった場所に来て思うのは、エルーズ様のことだ。

 彼は生まれつき、体が弱いそうだ。そんな彼には、空気が澄んだこの辺りは過ごしやすい環境であるらしい。ここなら彼も安らげるのだろうか。僕の頭には、そのようなことが過ってきた。


「そんなこと僕が考えても、仕方ないのにね……」


 僕は少し遠くを見つめながら、考えていた。これまでのこととこれからのことを。

 昔はこういう所に、ルネリアと一緒に来ていた。そういった日常は、変わらないものだと僕は思っていた。


 村でルネリアと一緒に大きくなって、それから誰かと結婚して、両親から農家としての役目を継いで、そうやって生きていく。

 ぼんやりとそう思っていたけれど、それは今の時点でもう叶わないことになった。だから僕は、未来のことを考えなければならないのだ。


「――こっちだよ、ウルスドお兄様」

「エルーズ、わかったから落ち着け。あんまり興奮すると、体に響くぞ? たださえ、ここに来るまで結構歩いているんだから」

「ウルスドお兄様は心配性だね? あれ?」


 聞こえてきた声に、僕は驚くことになった。

 エルーズ様の声がする。一瞬幻聴かと思ったけれど、どうやらそれは現実のものらしい。

 僕は後ろを向く。するとそこには、エルーズ様とそれから彼とルネリアの兄であるウルスド様がいた。


「ケリー? こんな所でどうしたの?」

「どうしたのは、こちらの台詞ですよ、エルーズ様。どうしてこちらに?」

「え? ああ、それはね。この辺りが僕にとって過ごしやすい所で……ここはお父様に教えてもらったんだけど」

「……ああ、ルネリアの友達の子か」


 エルーズ様が僕に事情を説明してくれている横で、ウルスド様は手を叩いた。

 エルーズ様と違って、ウルスド様とはあまり面識がない。お互いに知らないという訳でもないけれど、話したことはないという関係だ。そのため彼は、すぐに僕のことがわからなかったのだろう。


「エルーズから聞いているよ。いつも弟が世話になっているみたいだな」

「あ、ええ、そうですね。エルーズ様は、村によく遊びに来てくれて」

「村って……ここからそれなりに距離があると思うんだが」

「あ、えっと、この辺りは僕達にとっては庭みたいなものですから」

「そうか……体力があるんだな」


 僕の言葉に、ウルスド様は頬をかいていた。

 それを見て僕は、ここと村からの距離を改めて考える。自分では、そんなに遠くまで来たという気はしないのだが、貴族の方から見たら違うものなのだろうか。


「でも嬉しいな、ケリーとこんな所で会えるなんて。まあ、後で遊びに行こうとは思っていたけど」

「そうだったんですか? ああ、もしかしたら今頃村に遣いの人が来ているのかもしれませんね」

「悪いな、迷惑をかけてしまって」

「ああいえ、エルーズ様が来てくれるのは僕も嬉しいですから」

「いや、公爵家の令息が押し掛けるのはやっぱり大変――」


 ウルスド様は、そこで言葉を途中で止めた。

 それに私とエルーズ様は、顔を見合わせる。それから私達は、ウルスド様の後ろの方を自然と見た。するとそこには、綺麗な女の人が立っている。


「……あなたは一体、どうしてそうなのかしら?」

「ク、ク、ク、クレーナ?」

「弟との時間ということで、邪魔をするつもりはなかったのだけれどね。これはもう回収しておかないと……」

「俺、なんかしたのかなぁ……」


 ウルスド様は、突如現れた女性に連れて行かれた。

 なんだか、大変そうだったけれど、大丈夫なのだろうか。そう思って僕は、エルーズ様の方を見つめる。


「大丈夫だよ、あれはウルスドお兄様の婚約者だから。二人はとっても仲が良いんだ」

「そ、そうなんですか……」

「それより、少しここで話そうよ。それから一緒に村まで行こう? それでいいかな?」

「あ、はい。僕は大丈夫です」


 エルーズ様の言葉に、僕はゆっくりと頷いた。

 僕としては、ここで話すのはもちろん構わない。丁度ここをエルーズ様に紹介したかった所であるし。


「ふう……」

「エルーズ様、大丈夫ですか?」

「ああ、うん。ここまで少し歩いて来たからかな。少し疲れているのかもしれない。でもまあ、今からは休めるから大丈夫だと思う。少し横になってもいいかな?」

「……そ、それなら僕の膝で良ければ使ってください」

「そう? それなら遠慮はしないよ」


 エルーズ様が寝転がるということで、僕は自分の膝を貸すことにした。

 草むらの上であっても、流石に頭を地面につけるのはまずいだろう。そう思っての提案だ。

 ただ僕としては、色々と緊張していた。だって膝枕なんて、まるで恋人のようなことだから。


「それじゃあ、失礼するね?」

「あ、はい。どうぞ」


 自分の膝の上に、エルーズ様の重さが加わる。それは思っていたよりも重かった。エルーズ様は、もっと軽い印象だったのだ。

 でもすぐに、それは良いことであると思った。その重さは、エルーズ様がしっかりと生きている証拠だ。軽くなくて本当に良かったと、僕は思い直す。


「ふう……ケリーの膝は寝心地がいいね」

「そ、そうですか?」

「なんだか、とても安心できるよ」


 エルーズ様の言葉に、僕の心は躍った。

 彼に褒めてもらえたことが、とても嬉しい。僕の膝なんて大したものではないと思っていたけれど、少しは自信を持っていいものなのだろうか。


「……やっぱりケリーは、お姉さん気質なのかな?」

「え?」

「いや、僕を見る目がそんな風に思えたんだ」

「す、すみません。無礼ですね、そんな目は……」

「そんなことないよ。ケリーは気にし過ぎだよ。もっと僕に、気軽になって欲しいな」


 エルーズ様は、少し寂しそうな表情をしていた。彼は本当に、僕にもっと気軽に話して欲しいのだろう。それはしっかりと伝わってきた。

 でもそういう訳には行かないのが、僕達の関係性である。僕は平民で、エルーズ様は公爵家の令息だ。その身分の差は大きい。僕は無礼がないように、務めなければならない立場なのである。


 しかし改めて考えてみると、不思議なものだ。僕はただの平民なのに、エルーズ様とこうして触れ合うことができている。

 本来ならそれも恐れ多いことのはずだ。意識するとなんだか、少し体が固まってしまう。


「そうだ。ケリーは将来の目標とかあるのかな?」

「将来の目標、ですか?」

「夢と言い換えてもいいかもしれないけれど……」

「……何か特別なことがあるという訳ではありません。家の農業を継ぐことになるとは思いますけど」


 唐突な質問だったため、僕は少し面食らってしまった。夢なんて、エルーズ様は急にどうしたのだろうか。

 ただ答えは明確だったため、なんとか返答することはできた。僕の将来は、農家になるはずだ。父も母も、きっとそれを望んでいる。


「農業か……それは僕には少し難しそうかな?」

「え? それはまあ、そうかもしれません。体力は必要ですからね……」

「情けないことだよね。もっと丈夫だったら、良かったんだけど」


 エルーズ様の言葉が、僕は少しわからなかった。

 公爵家の令息である彼は、農業なんて縁がないはずだ。農業ができないことは、特に問題にならないと思うのだが。


「まあでも、諦めたら駄目だよね。これからも頑張っていけば、もっと健康になれるかもしれない」「それは是非とも頑張ってください。でも、農業なんてエルーズ様には似合いませんよ。だから、それは気にしないでください」

「ううん。僕にとって、それは重要なことだから……」

「重要なこと?」

「ケリーとこれからも一緒にいたいからね」

「エ、エルーズ様、それは一体……」


 僕はそこで、言葉を詰まらせることになった。

 それはエルーズ様が、すごいことを言っているからだ。僕とこれからも一緒とは一体、どういうことなのだろうか。

 それは正直、とても気になる。だって僕とエルーズ様との間には、大きな身分の差があるのだから。


「そのままの意味だよ。これからもよろしくね、ケリー」

「そ、それはもちろんですけど……」

「ふふっ……」


 僕の顔を見て、エルーズ様は笑顔を浮かべていた。

 その笑顔がどういう意味なのか、僕にはわからない。ただエルーズ様は本当に嬉しそうで、僕も自然と笑顔になる。


 僕は一体いつまで、エルーズ様と一緒にいられるのだろうか。その時間が長ければ良い。僕はそんなことを思った。

 エルーズ様もきっと、同じように思ってくれているのだろう。それが僕は、とても嬉しかった。

 それならこれから、僕も頑張らなければならないだろう。二人で一緒にいられる未来を思い浮かべながら、僕はエルーズ様との時間を過ごすのだった。

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