平和な日々をこれからも
「朝食前に呼び出してすまないな……」
「いえ、大丈夫です」
朝起きてからすぐに、私の部屋にアルーグお兄様が訪ねて来た。
どうやら私に、話があるらしいのだ。それは一緒にいたオルティナお姉様には、聞かせることができないことらしい。
となると、私の出自に関することだろうか。村長やケリーが訪ねて来るみたいな、嬉しい話だったら良いけれど、アルーグお兄様の雰囲気は、そんな感じではない。
「アルーグお兄様、何かあったんですか?」
「何かあったという訳ではない。ただ少し、様子が知りたかったというだけだ」
「様子……私の様子ですか?」
「ああ」
アルーグお兄様の執務室に招かれた私は、その問い掛けに混乱することになった。
私とアルーグお兄様は、一つ屋根の下で暮らしている。屋敷の中は広いけど、それでも毎日顔を合わせている。それなのに様子が知りたいなんて、なんだか変だ。
「私は元気ですよ? それはアルーグお兄様も知っていますよね?」
「そうか。それなら良かった」
「えっと……」
私の部屋に来た時からそうだが、アルーグお兄様の様子は少しおかしいような気がする。なんというか、元気がないというか、歯切れが悪いというか。
「アルーグお兄様、何か言いたいことがあるなら言っていただけませんか?」
「む……」
「その、いつものアルーグお兄様なら、言いたいことがあったら言うと思うんです。そうではないということは、何か事情があるんですよね?」
私は思い切って、アルーグお兄様に聞いてみることにした。
するとお兄様は、少し表情を歪める。その反応でわかった。やっぱり何かあったのだと。
「ルネリア、寂しくはないか?」
「え?」
「少し気になっているのだ。お前が健やかに暮らしているかということが」
「それは……」
「最近俺は、そうだと思い込んでいた節がある。お前の気持ちというものを実際に聞かずに、判断していた。それが間違いではないかと思ったのだ」
アルーグお兄様の元気がないのは、私のことで悩んでいたからだったようだ。
それに私は、少し驚いてしまう。私は今こんなにも幸せなのに、どうしてそんなことをアルーグお兄様が聞いてくるのか、わからなかったからだ。
ただ、私は思い出す。わかっていることでも、時々どうしようもなく不安になることがあると。私も前に、オルティナお姉様のことでイルフェアお姉様に相談した。アルーグお兄様も、もしかしたら同じような状態なのかもしれない。
「……アルーグお兄様、私は今幸せです」
「む……」
「アルーグお兄様やイルフェアお姉様、ウルスドお兄様、エルーズお兄様にオルティナお姉様、お義母様、それから使用人の皆さんも、この屋敷には温かい人達がいてくれますから」
「ルネリア……」
私はアルーグお兄様に、自分の素直な気持ちを伝えることにした。
きちんと言葉にすることは、重要なことなのだと思う。多分今のアルーグお兄様に対しては、そうした方が良いのだ。
「……寂しくはありません。もちろん、お母さんのことやお父様のこと、色々と思う所はありますけど、それでも今は皆がいてくれます」
「……そうか」
「アルーグお兄様のことも、頼りにしていますからね?」
「なるほど、そういうことなら、俺もしっかりとしていかないといけないな……」
「今よりしっかりしたら、アルーグお兄様は凝り固まってしまいそうですけれど……」
アルーグお兄様は、私の言葉に優しい笑顔を浮かべてくれていた。
そういう笑顔を見せてくれるということは、お兄様の中にあった憂いなどが払われたということなのだろう。
「……余計な心配をさせてしまったかもしれないな」
「あ、いえ、そんなことは……」
「不出来な兄ですまないな。皆にも謝らなければならない」
「……え?」
そこでアルーグお兄様は、部屋の戸を開けた。
すると部屋の中に、四人が流れ込んでくる。イルフェアお姉様、ウルスドお兄様、エルーズお兄様、オルティナお姉様、どうやら皆で聞き耳を立てていたらしい。
「とはいえ、盗み聞きしていたことは咎めなければならないか?」
「ごめんなさい、アルーグお兄様。でも、やっぱり心配で……」
「まあ、勘が鋭いアルーグ兄上にばれていない訳がないか……」
「……悪いことをした訳だけれど、少し楽しかったかも」
「エルーズお兄様、これからは私と悪戯しますか?」
「いくら可愛い弟と妹でも、それは許可しない。ラーデイン公爵家の一員として、恥ずかしくない行動を心掛けてもらおうか」
恐らく皆、アルーグお兄様のことを心配していたのだ。
多分オルティナお姉様から私が呼び出されたのが伝わって、相談した結果ここに来ることが決まったのだろう。私の家族は、本当に仲が良い。改めてそれを実感する。
そんな風に、私の一日は今日も始まった。きっとこれからも、こんな平和な日々が続いていくだろう。続いていって欲しい、そう思いながら私は笑顔を浮かべていた。