表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/142

俺の望みは(アルーグ視点)

「エルーズお兄様、待ってください」

「ルネリア? もう疲れちゃったの?」

「エルーズお兄様が元気過ぎるんですよ……」

「ごめんごめん」


 庭の先では、弟のエルーズと妹のルネリアが走り回っている。かつては病弱だったエルーズも、今ではすっかり元気だ。


「二人とも、遅いよ?」

「あ、オルティナお姉様……」

「オルティナ、ルネリアが疲れちゃったみたいだ」

「あ、そうなんだ。それなら少し休もうか?」

「いえ、私はもう大丈夫です。少し落ち着いてきましたから」


 そんな二人よりも先にいたオルティナは、慌てた様子で戻ってきた。

 エルーズが健康になっても、元気さという観点では流石にオルティナには敵わないらしい。


「……無理をしたら駄目よ、ルネリア」

「イルフェアお姉様……」

「姉上の言う通りだ。別に時間がない訳でもないんだから、少し休んだ方がいいぜ?」

「ウルスドお兄様も……」


 無理をしそうなルネリアを見かねてか、イルフェアとウルスドが声をかけに行った。

 兄弟の仲では、年長の方に属する二人だ。やはり下の弟妹に比べると、しっかりしているといえるだろう。故に殊更、俺が赴く必要はないように思えた。


「……行かないのかい?」

「む……」


 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

 その方向を向いてみると、我らが父上ラディーグがいる。ラーデイン公爵家の当主である父は、愛しそうに我が弟妹達の方に視線を向けている。


「イルフェアやウルスドに任せておけば問題はありません。俺が行って、輪を乱すことになる方がまずいでしょう」

「そんなことはないと思うけれどね。こういう時に、アルーグは遠慮がちだ」

「長兄というものは、そのくらいで良いでしょう。いざという時に出て行けばいい」

「しっかりしていることは、嬉しいけれどね。もう少し子供でも良いと思うけれど」


 父上は、俺にも優しい視線を向けてきた。それなりに大人になったつもりだが、それでも父上にとって子供であるということは、変わらないということか。


「もう、二人とも何を話しているのかしら?」

「母上……」

「おっと……」


 そんな話をしていると、我らが母上であるアフィーリアが現れた。子供達の騒ぎを聞きつけて、駆けつけたということだろうか。母上の子供好きは筋金入りだ。複雑な立場にあるルネリアを受け入れるくらいには。


「いや、子供達が集まっていてね」

「あら? ということは、あなたはアルーグが遠慮していることについて、声をかけていたということかしら?」

「流石だね。まあ、そんな所さ」

「まったく、私達の長男は変な所で気を張るのよね……あなたもそう思わない? セリネア」


 そこで俺は、固まっていた。母上は、隣にいるメイドに話しかけている。そのメイドのことは、よく知っている。彼女は微笑みを浮かべながら、母上の言葉に答えた。

 しかしその言葉は、俺の耳には入ってこない。金属を擦り合わせるような音が響いて、彼女の声は聞こえなかった。


「――」


 次の瞬間、俺の視界は光に包まれていた。

 それが朝の光だと気付いたのは、すぐのことだ。ゆっくりと目を開けた俺は、周囲を見渡す。そこは慣れ親しんだ自分の部屋だ。


「……ふっ」


 乾いた笑いが、誰もいない部屋に響く。それが却って、ここが現実であることを理解させてくれた。

 以前よりも幾分か良くなったが、エルーズはまだ健康とは言えない。父上はこの家にはいない。俺が追い出したからだ。

 そして何より、彼女はもうこの世界にいない。ルネリアは彼女を失った悲しみを背負い、日々を過ごしている。


「くだらんな。過去への憧憬など。俺はいつからそんなに弱くなったのだ……いや、弱かったのは昔からか」


 今見たものを切り捨てようとしたが、それはできなかった。

 かつての俺なら、すぐに切り捨てられただろう。だが今の俺は違う。己の弱さというものを、よくわかっている。

 俺は都合が良い世界を欲しているのだろう。何一つ失わず、誰もが笑っている世界――もしもそれがあったなら、どれだけ良かったことか。


「失ったものを数えて何になる。俺の使命は、今あるものを守ることだ」


 己の弱さから目をそらすつもりはない。しかし、それを嘆くべきではないだろう。俺はラーデイン公爵家の長兄として、前に進む必要がある。

 父上がいない今、弟や妹は俺が守らなければならない。そのことを思い出しながら、俺はゆっくりとベッドから出る。


「良い朝だ……今日も兄弟達が健やかに過ごせると良いが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ