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006.いつもと違う、密会

「ジョゼお姉様は杏がお好きなの?」


 杏のタルトをカゴに詰めているときにそうアレクサンドラから問われ、ジョゼは曖昧な笑みを浮かべた。サフィールに会うときはいつも杏を使った菓子を作っているため、アレクサンドラが疑問に思うのも無理はない。


「教会の子どもたちが、杏が好きなのですって」

「まあ! お姉様、余ったお菓子を教会の子どもたちに分けていらっしゃったの? なんて素敵な行ないなの!」


 アレクサンドラに嘘をつくことに罪悪感は感じるが、「実は第一王子と会っている」と正直に言うことはできない。


「でも、お姉様。あまり出歩かないでくださいませ。わたしたちとガーデパーティをする約束ではありませんか」

「そうね。王宮から戻ってきたら、やりましょうね」

「王子様ならどんなお菓子でも召し上がれるでしょうに、どうしてお姉様のお菓子が食べたいのかしら。おかげで、わたしたちの時間がなくなってしまったわ」


 アレクサンドラはジョゼが王宮へ行くことを反対している様子だ。王族の命令には逆らえないジョゼは、曖昧な笑みを浮かべたまま外に出る。

 そうして、いつもどおり、あたりを確認しながら時鐘塔へと滑り込む。先客は、ジョゼの姿を見つけて少しがっかりとしたような声で挨拶をしてきた。


「……なんだ、帽子はかぶっていないのか」

「あら、あの帽子はサフからの贈り物だったの? 手紙一つついていなかったから、どなたから贈られたものだかわからなかったわ」


 ジョゼが意地悪を言うと、手紙やカードのことを失念していたらしいサフィールはそれ以上言い返さない。ぶっきらぼうに「今日の菓子は何だ?」とカゴを覗き込んでいる。

 そんなサフィールの様子が面白くて、ジョゼは微笑む。


「サフ、素敵な帽子、ありがとう」

「ああ、いや、うん、手紙はつけるべきだった」

「別にいいわよ。すぐにわかったもの」

「さっき、わからなかったって……!」


 ジョゼは笑いながら、サフィールに小箱を差し出す。昨日の安息日に礼拝に出かけた際、ついでに買っておいたものだ。

 小箱の中には、淡藤色の手巾(ハンカチ)が入っている。その隅に、濃い藍色の刺繍を見つけ、サフィールは破顔する。


「これはジョゼが縫ったのか?」

「ええ。サフ、の文字だけね。一晩ではさすがに王家の紋章まで入れることはできなかったわ」

「……ありがとう。大事にする」


 どういたしまして、とジョゼは微笑む。帽子を受け取ったときから、お返しには何がいいのかを考えていた。たまたま見かけた手巾の色が、サフィールの瞳の色に似合いそうだと思ったのだ。


「けれど、わたくしはサフに謝らなければならないわ。ごめんなさい。帽子についていた花飾りを、アルに取られてしまったの」

「アルジャンに? どうして?」


 二日前にアルジャンに会ったことを、ジョゼはサフィールに説明する。そして、三日後に王宮へ招かれていることも伝える。


「待て、待ってくれ。ジョゼが、王宮に来るのか?」

「ええ。王族からの命令は断ることができないんだもの。ただの貴族の娘は従うしかないの」

「しかし、いつもなら……いつもどおりなら、俺とアレクサンドラが結婚するときに、アルジャンと会うのではなかったか?」

「いつもどおりではないのかもしれないわ」

「いつもどおり、ではない?」


 ジョゼもサフィールも、五日前に触れ合った手のことを思い出す。あれも「いつもどおり」なら起こらなかったことだ。相手を意識することなど、今まで起こり得なかったのだから。

 ただ、いつもどおりではないことは、二人にとっては希望なのだ。幸せな結末を迎えることができるかもしれないのだから。


「いつもとは違うということは、いつもと違う結末になるということか?」

「それはわからないわ。でも、賭けてみる価値はあるのかもしれない」

「待て。賭けるって、どの選択にだ?」

「どの、選択?」


 サフィールの言葉の意味がジョゼにはわからない。何しろ、ジョゼは「選択」をしたとは認識していないのだ。


「わたくしは、サンドラと仲良くする、という道を選んだだけなのだけれど」

「それだけか?」

「そうね……贈り物の帽子をかぶって王都の外に出たのは初めてだったかもしれないわ」

「帽子……」


 浮かない表情をしているサフィールを見つめ、ジョゼは首を傾げる。


「そういえば、どうして帽子を贈ってくれたの? 今まで、サフから何かをもらうことなんてなかったから」

「どうして、って……ジョゼは何ともないのか?」

「何とも?」


 ジョゼには意味がわからない。


「胸がドキドキしたり、四六時中、顔が思い浮かんだり、もっと会いたいと思ったり……」

「どなたに対して?」

「なんだ、俺だけか……」


 サフィールががっくりと肩を落としたのを、ジョゼは訝しげに見つめる。


 ――胸がドキドキしたり、顔が思い浮かんだり、もっと会いたいと、思ったり?


 ジョゼは小首を傾げながら、「そんな気持ちになったことなんてないわねぇ」と呟く。

 何しろ、杏の菓子を作るときは毎回サフィールのことを思い出しているため、特別なことだとは思っていないのだ。帽子を眺めてぼんやり過ごす時間があることは、すっかり忘れている。


「強いて言うならば、毎日アルの好物を思い返しているくらいかしら」

「……そうか、わかった。今回、ジョゼはアルと結婚するんだな?」

「今回は国外の第三王子あたりを、と思ったのだけれど、サフがそう言うのならアルでも構わないわよ。サフとサンドラの結婚の前に、わたくしとアルが結婚するのは初めてではないかしら」


 三日後、うまくいけばアルジャンと仲良くなれるだろう。アルジャンにその気があれば、父伯爵は縁談をまとめようとするはずだ。

 そうなると、一年後の舞踏会を待たずして、サフィールとアレクサンドラは出会うことになる。新郎の兄と、新婦の妹として。


「それは、ダメだ!」


 サフィールが声を荒げる。ジョゼは驚いてタルトを落としてしまいそうになる。


「アルジャンと結婚したら、ジョゼは死んでしまうじゃないか」

「ええ、まぁ、どんな形であれ死んでしまうわね。でも、唯一、子どもを残すことができるわ」

「子ども……?」

「そういえば、サフとサンドラに、子どもは?」


 そういえば、とジョゼは思い出す。

 サフィールはアレクサンドラと結婚しても幸せな結末にはたどり着けない。どちらかが浮気をしてしまうと聞いたことはあるが、そのとき、子どもはいたのだろうかとふと疑問に思ったのだ。


「俺とアレクサンドラの間に子どもはできない。アレクサンドラだけでなく、誰との間にも、子どもはできない。幸福な結末に至らないのは、そのせいか?」

「つまり、『真に愛する者』との間に子どもが生まれると、幸福な結末に至るかもしれない、ということかしら?」


 ジョゼの仮説に、『真に愛する者』が誰なのかを自覚したばかりのサフィールは目を見開く。


「……ジョゼは、まだ見つからないのか? その、『真に愛する者』は」

「ええ。まったく。『真に愛する者』が誰なのかわかったら、サフに一番に教えてあげるわ」


 サフィールは「なるほど」と頷く。彼が一筋の希望を胸に抱いていることに、ジョゼは全く気づかないのであった。




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