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004.ピクニックへ行きましょう

「お姉様、ジョゼお姉様ったら」

「何だか焦げ臭いわよ、お姉様」


 イザベルとアレクサンドラの言葉に、ジョゼはぼんやりと手元を見る。使おうと思っていたカラメルの底のほうが焦げてしまっていたため、慌てて火を止める。


「あぁぁ、失敗しちゃったわ。捨てなくちゃ」

「大丈夫よ、お姉様。少しくらい焦げていても、バゲットに合わせれば美味しいのではないかしら」

「そうそう! 作ったものを捨てるなんて、もったいないわ! わたしは食べたいもの!」


 二人の食い意地が張っていることに、ジョゼは少し救われる。多少焦げていても見目が悪くても、二人は作った菓子を平らげてしまうものだ。

「どうしたの、お姉様。最近変よ」とイザベルが心配して、ジョゼの顔を覗き込む。アレクサンドラもジョゼにピタリと寄り添う。


「まだ伯爵家での生活に慣れていらっしゃらないのよ、きっと」

「そうね。疲れが出たのかもしれないわね」

「ベルお姉様、どうすればいいかしら?」

「田舎が恋しくなったのかもしれないわ。少し遠出をして、皆で緑がいっぱいあるところへ出かけてみない? ピクニックなんて素敵じゃない!」

「ピクニック! 素敵だわ、ベルお姉様!」


 イザベルとアレクサンドラはジョゼを心配して家の外へと連れ出そうと画策している。今はちょうど花が満開となっているゆえに二人が出かけたいだけなのだろうが、そうやって年長者をいたわってくれるのは嬉しいことだ。

 ジョゼは二人をぎゅうと抱きしめて、「ありがとう、可愛い妹たち」とそれぞれの頬にキスをする。二人はデレデレと笑う。


「ジョゼフィーヌ様、お荷物が届いております」


 使用人が大きな円柱状の箱を持って、訝しげにジョゼを見る。伯爵夫妻の結婚式から既に三日がたっているため、その祝いの品物ではないだろう。日にちを置いて贈り物をするような無粋な友人や知り合いはいないはずだ。


「何かしら? 誰からかしら?」

「きっと田舎の親戚からよ」

「でも、それなら、お母様宛てに届けるのではないかしら?」


 外に飛び出していたアレクサンドラは、届けに来た者が既にいなくなっていることを伝えに戻ってくる。どうやら、箱を預けてさっさと帰ってしまったらしい。受け取った使用人は新人だったために家の紋章も見ておらず「大層ご立派な馬車でございました」と言うだけだ。

 居間に移動し、イザベルとアレクサンドラが見守る中、ジョゼは丸い箱を開ける。


「まあ、素敵!」

「本当に、可愛らしい!」


 イザベルとアレクサンドラが手を取り合ってきゃあきゃあとはしゃぐ。円形の箱の中に入っていたのは、くすんだ淡い黄色の帽子だ。手触りは柔らかいが、芯はしっかりしている。つばはそれほど大きくなく、緋色の花と真珠が飾りつけてある。シンプルだが、上等なあつらえだとすぐにわかる。


「お姉様の焦茶色の髪にぴったりな色ねぇ」

「わたしにもベルお姉様にもあまり似合わない色だもの。それに、ジョゼお姉様の瞳の色と同じ色の花!」

「きゃあ! 赤いアネモネかしら? お姉様ったらいつの間に!」


 二人はメッセージカードがないか箱の中をくまなく確認している。だが、見つかることはないだろう。そういうものを残すような相手ではない。

 ジョゼは帽子を手に、苦笑する。


「杏色……サフが好きな色でしょうに」


 ――これはまた杏ジャムを使ったお菓子を作ってこい、という意味かしら?


 ジョゼは帽子をかぶり、「どうかしら?」と二人に尋ねてみる。姉妹は目を輝かせながら「とっても似合っているわ」「本当に!」と笑う。

 出かけるときにはかぶっていこう、そう思いながら、ジョゼは丁寧に帽子を箱の中に入れるのだった。




 貴族街と平民区を抜け、王都の外に出ると、街道の脇には多くの屋台が立ち並ぶ。そこで昼食用に串焼きやパテなどを買い、ロベール伯爵家の三姉妹を乗せた馬車はその先へと向かう。

 フランペル王都から少し離れた公爵領に、その平原はある。小川が流れ、花畑がある。公爵によって美しく整備された野原だ。広い街道では邪魔にならないように馬車が何台か停まっている。伯爵家三姉妹のように、花見や川遊びに来ている人々がいるのだ。


「わたし、こんなふうに野原で昼食を食べるのは初めてだわ。すっごく楽しいのね」


 アレクサンドラは小さな木の椅子に座り、串焼きを頬張りながらそんなふうに笑う。幼い頃に母を亡くしたため、仕事に精を出す父伯爵とはあまり一緒に出かけたことがないのだと寂しそうに笑う。


「じゃあ、これからはわたしたちと外で食べましょう!」

「そうね。庭で食べるのもいいかもしれないわね」

「ガーデンパーティね! 楽しみだわぁ」


 イザベルとジョゼはそんなふうにアレクサンドラを励ます。アレクサンドラも、そして連れてきた使用人も、零れそうになる涙を拭う。どうやら、アレクサンドラの心は孤独の中にあったらしい。


「やぁだ、泣かないの、サンドラ。それを食べたらあちらの小川で遊びましょうよ」

「ええ、ベルお姉様」


 一歳違いの二人は、本当の姉妹のようだ。血は繋がっていないというのに、同じように転び、同じように笑う。同じように、草まみれになって。


「お父様が再婚してくれて本当に良かった! 素敵な家族ができて、今、とても幸せなんだもの!」


 アレクサンドラの笑顔に、誰もがつられて笑顔になる。


 ――ええ、幸せだわ。


 杏色の帽子をかぶり、ジョゼは妹たちを眺める。アレクサンドラをいじめる、という選択をすると、こんな幸福な外出はできない。アレクサンドラの孤独を埋めることもできない。ジョゼの苦しみが重なるだけだ。


 ――これで良かったのよね?


 誰に問うでもない。誰かから答えが返ってくるわけでもない。何もかも、わからないままだ。

 草まみれの姉妹は浅い小川にたどり着き、靴を脱いでバシャバシャと歩き回っている。膝下くらいまでの浅さのため、溺れることはない。使用人たちも食事を楽しんでいる。ジョゼが焼いてきたバタールは好評のようだ。


 そんなとき、強い風が吹いた。

 あ、と思ったときには遅かった。杏色の帽子がふわりと風にさらわれていく。サフィールが、ジョゼのために選んでくれた帽子だ。


「待って!」


 思わず、ジョゼは走り出していた。サフィールからの贈り物を失うわけにはいかない。

 足がもつれ、ジョゼは草原を転がる。それでも、すぐに起き上がって、駆け出す。


「待って、行かないで……!」


 愛人を作って夜ごと家を出ていく夫にも、心を閉ざしたままの夫にも、こんなふうにすがったことはない。結婚生活に夢を見たのは、ほんの少しだ。

 もっと違うことをしていたら、結末は変わっただろうかと思わずにはいられない。毎回、毎回、ジョゼはそんなふうに後悔する。


「きゃあ!」


 再度、突風がジョゼと帽子を巻き上げる。けれど、帽子は空高く舞い上がることなく、ある一点で留まっている。

 杏色の帽子をしっかりと掴んでいたのは、ジョゼもよく知る人物だ。銀色の腕輪をはめ、紫紺の長い髪をゆるく縛った彼が、帽子を持ってジョゼの前へとやってくる。


「酷い風ですね、こんな美しい人を翻弄するなんて。どうぞ。風から取り返してきましたよ」


 銀色に似た絹鼠の瞳が優しく微笑みかける。ジョゼは緋色の瞳を瞬かせて、声を絞り出す。


「あ、ありがとうございます、アルジャン王子、殿下」


 ――変ね。いつもならもっとあとに、サフとサンドラの結婚のときに出会うはずなのに、今、どうして彼がここにいるのかしら?


 浮かんだ疑問に答えてくれる人はいない。

 一年後に出会うはずの「銀の王子」こと第二王子は、いつもより少し幼い顔立ちをしているような気がする。そして、やはり兄の「青の王子」サフィールにどこか似ているのだった。




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