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ハッピーエンドをさがして ~バッドエンドを繰り返す王子と令嬢は今度こそ幸せになりたい~  作者: 織田千咲
○○ハッピーエンド

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034.【サフィール】公務、そして

 侯爵領での公務が終わると、サフィールは侯爵家の晩餐会に招かれることとなった。来年社交界に出てくる第一王子を逃すほど、侯爵は甘くない。

 サフィールはにこやかな笑みを浮かべ、侯爵の相手をする。そのうち、周辺領の貴族やその令嬢令息が集まってくることは予想済みだ。


「どうでしょう、サフィール王子殿下。我が娘を妻に迎えられては」

「いやいや、年齢的にも釣り合いが取れるうちの娘を」

「では、我が息子は大臣にでも」


 王家に近づきたい貴族たちの気持ちはわかるものの、それらをすべて受け入れるわけにはいかない。サフィールは笑みを浮かべながら「まぁ、いずれ」と応じる。色よい返事ではないが、検討はするという印象を与えておく。

 晩餐会にロベール伯爵は来ていない。貴族たちの会話から、伯爵が土砂崩れの復旧処理に尽力していることを知った。


「サフィール王子殿下、あちらでお話しいたしませんか」


 薄桃色のドレスを着た侯爵家の令嬢――主催の娘の誘いは断ることなどできない。政治的な駆け引きにも飽きていたサフィールは、あたりの貴族たちに挨拶をして令嬢とともに庭へと出る。

 夜風は涼しく、心地よい。海に近いため、潮の匂いがする。耳を澄ますと潮騒の音も聞こえてくる。

 庭の長椅子に座り、二つ年上の侯爵令嬢は手巾(ハンカチ)を握りしめてサフィールを見上げる。


「王子殿下、父の仰っていたことなのですけれど」

「ああ。あなたを私の妻に、と勧めてくださったことですか?」

「どう、思われましたか?」

「そうですねぇ」


 妻に侯爵家の後ろ盾があれば、安泰ではあるのだろう。侯爵は周辺貴族をまとめることに尽力してくれるに違いない。


「非常に魅力的な申し出ではございますが、私には既に心に決めた人がおります」


 令嬢は一瞬、ホッとしたような表情を浮かべる。それが彼女の答えなのだろう。


「そのような方がいらっしゃるとは存じ上げず、父が大変失礼なことを……心よりお詫び申し上げます」

「構いませんよ。あなたにも同じように心に決めた方がいらっしゃるのでしょう」


 令嬢は顔を真っ赤にして「そんなそんな」と口籠る。可愛いものだ、とサフィールは思う。いつか結婚しようとした娘だからそう思うのかもしれない。

 もちろん、刺々しい視線には気づいている。いつかも感じたことがある視線だ。あのときにはわからなかったが、今なら、わかる。令嬢を大切に想う人がいるということを。


「その方と、幸せになれるとよいですね」

「ありがたきお言葉……わたくしも、王子殿下の幸せを願っております」

「ありがとう」


 ――俺は今まで、こんなふうに誰かの幸せを願ったことなどなかったな。


 サフィールはずっと自分のことだけを、自分の幸福だけを考えてきた。相手の――アレクサンドラの幸福を顧みることなどほとんどなかった。


 ――アレクサンドラが家族愛に執着するようになったのは、俺が原因なのかもしれない。


 サフィールではアレクサンドラの孤独を埋めることができなかった。孤独を深める原因を作っただけだ。

 その深い穴をジョゼが埋めようとしている。それを黙って見ているだけでは、男が廃るというものだ。


「……やることが多すぎるな」


 災害が多いロベール伯爵領、その領主が家族の時間を作るためにできることは何かあるだろう。アレクサンドラを生涯愛することができる男を見つけることも大事だ。アレクサンドラが結婚したくないというのなら、ジョゼのそばにいられるように取り計らわなければならない。イザベルの結婚相手も重要だ。

 やらなければならないことは、多い。

 だが、一つ一つ問題を片づけていかなければならない。


 ――やるしか、ない。


 ジョゼと約束したのだ。今度こそ、幸せになるのだと。


「王子殿下?」

「あぁ、少し考えごとを。ところで、ご令嬢。あなたはアンデルマークの出身ではございませんか?」

「ええ、そうです。わたくしはアンデルマークで生まれ、この侯爵家に養女に出されました」


 難破した先のアンデルマーク王国で出会うはずの娘がここにいたことには驚いたが、なるほど、聖母神は今回はこの娘をこういう形――侯爵令嬢として配役したらしい。サフィールは頷く。


「それでは、私はあちらに戻ります。お風邪を召されないよう、お気をつけくださいませ」

「はい。王子殿下、おやすみなさいませ」


 サフィールが長椅子から離れると、すぐに令嬢のそばにやってきた影がある。サフィールに刺々しい視線を送り続けていた彼女は、心配そうに令嬢に寄り添っている。


 ――そうか。俺はあのとき、彼女に殺されたんだな。彼女たちの仲を引き裂こうとしたから。


 うっかり侯爵令嬢を口説いていたら、またジョゼと結婚する前に死んでいたことだろう。サフィールは「危ない、危ない」と呟きながら、晩餐会の会場へと戻っていくのだった。




「国王陛下。私は、自分の妻は自分で見つけたく存じます」


 侯爵領から戻り、サフィールは公務のことを報告すると同時に、国王にそう宣言した。国王と王妃は面食らって息子を見つめ、そのあと二人で顔を見合わせた。


「それはもちろん、お前の好きなようにするがよい」

「ありがたく存じます」


 先に宣言しておけば、勝手に親に婚約者を決められることはないものだ。


「サフィール。もしやもう相手を見つけているのではなくて?」

「はい」


 王妃は「まあ!」と目を輝かせる。


「しかし、自分も相手もまだ社交界にも出ていない身ですから、時が来るまで、穏やかに愛を育みたいと思っております」

「それはよい心がけである」

「うふふ、楽しみねぇ」


 なぜ、記憶が戻ったのか。サフィールには何となく、理由がわかっている。


 ――あのとき、強く「結婚」を意識したからだろうな。


 いつもは「結婚相手を見つけろ」と親に言われてから結婚のことを考えるようになったが、今回は自然と「この人と結婚したい」と思ったのだ。


 ――こんなこと、恥ずかしくてジョゼに言えるわけないだろ。


 サフィールの記憶が戻ったことをジョゼは不思議がっていたが、その謎を解いてやるつもりはない。謎は謎のまま、サフィールの胸のうちにしまったままにしておくと決めた。

 ジョゼもサフィールも、互いの関係をアレクサンドラに悟られてはならないと理解している。だからこそ、ひっそりと、愛を育むのだ。時が来るまで。




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