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003.【サフィール】懊悩

「サフィールよ。見聞を広めるために、国内でも国外でもどこにでも留学するがよい。そして、その間に自分の花嫁を見つけるといいだろう。もし見つからなければ、一年後、花嫁探しの舞踏会を開くことにしよう」


 父――フランペル国王のその提案を聞いた瞬間に、サフィールはいつも「記憶」を思い出す。留学中のこと、舞踏会のこと、その先に待ち受けている自分の不幸な死。

 叫び出すこともせず、サフィールは「かしこまりました」と頭を垂れる。内心で、この先の未来を嘆きながら。


 国内留学をしても、妻にしたいと思える女性とは出会わない。そのため、花嫁探しの舞踏会を開くことになり、そこで出会うのがアレクサンドラだ。ダンスを踊り、楽しく語らっても、真夜中の鐘が鳴ると、なぜかアレクサンドラはガラスの靴だけを置いて帰ってしまう。そうして、国じゅうを駆け回って、伯爵家の末娘を見つけ出すのだ。

 しかし、アレクサンドラと結婚しても、子宝に恵まれない未来が待っている。「二人は幸せに暮らしました」とはならない。


 幸福なはずの結婚生活は三年ほどで終わり、アレクサンドラから笑顔が消える。貴族たちから「どうぞ娘を愛人に」「側室を迎えては」と言われるようになると、毎日毎晩嘆くアレクサンドラをなだめ、抱きしめ、「二人で生きていこう」と囁かなければならなくなる。

 そこからの結末は、いくつか存在する。

 思いつめたアレクサンドラがサフィールを刺し殺すこともあれば、アレクサンドラが騎士や貴族との関係に溺れることもある。その逆で、サフィールが他の娘と関係することもある。それらの果てにあるのは、泥の沼だけだ。

 つまり、幸福な結婚の先に、幸福な結末があるとは限らない。


 国外留学を選んでも同じだ。

 塔の上に捕らわれている髪の長い娘と結婚しようとすると、失明し野垂れ死にをした。海原に出ると難破し、助けてくれた娘と結婚しようとすると、泡の中で溺死した。棺の中の美女には惹かれずに立ち去ると七匹の魔物に襲われ、連れ帰ろうとすると美女の母につけ狙われ毒殺された。

 とにかく、散々な目にあうのだ。

 アレクサンドラと結婚するほうが、心情的にも肉体的にもまだマシなのだ。


 同じ人生を繰り返す中、ジョゼとは舞踏会で出会った。いや、ずっと顔を合わせていたのだが、互いに認識していなかったと言える。

 アレクサンドラとのダンスにも疲れ、少し酔いをさまそうとテラスに出たとき、そこにジョゼがいた。焦茶色の髪をつまらなさそうに指でくるくるともてあそび、果実酒のグラスを傾けている令嬢は、アレクサンドラとは全く似ていない継姉。そんな彼女の冷ややかな緋色の視線を、サフィールはただ不思議なものとして受け止めていた。


「あら、青の王子、ごきげんよう。可愛らしいでしょう、わたくしの妹のサンドラは」

「ええ、そうですね。とても、可愛らしい」

「そうでしょう。あなたは毎回、彼女と結婚するんですもの」

「……毎回?」

「ええ、毎回……」


 ジョゼの切れ長の瞳が、丸くなる。互いに、視線が絡む。

 その瞬間の喜びを、サフィールはもう二度と味わうことはない。全身が、心が、歓喜に震えたのだ。

 ジョゼもサフィールと同じように、不幸な結末を繰り返している。その秘密を、二人は共有することになる。そうして、毎回、前の人生の結末を慰め合って、どのようにすれば幸せな人生を送ることができるのかを考え合うのだ。


 ――しかし、これは、初めての感覚だ。


 ジョゼの手が触れた瞬間、サフィールは初めて、彼女がアレクサンドラと同じかそれ以上に美しい女性であると認識した。今まで、何度も顔を見合わせていたはずなのだが、そのときに初めて、サフィールはジョゼを仲間や同志ではなく、ただの女として認識したのかもしれない。

 なぜなのか、わからない。わからないが、無性にジョゼの手を握り返したくて仕方がなかった。五日も会えないと知ると、もっと会いたいと思った。

 秘密の通路を通り、王宮へ戻っても、ずっと重なった手のことを思い浮かべてしまう。柔らかく、滑らかで、ほどよく冷たいあの手のひらのことを。


「……なぁ、スチュアート」

「何でございましょう?」


 老齢の執事は、左手を握ったり開いたりを繰り返していた主の元へとすぐにやってくる。


「手が、しびれたんだ」

「さようでございますか。先ほどから妙な動きをなさっているからでしょうか?」

「女性と手が触れたときに、手がしびれたんだ。ホコリが原因ではないとしたら、これは何だ?」


 スチュアートはサフィールの左手に視線を落としたあと、「なるほど」と微笑む。


「今でもその方のことを思い浮かべるのですか?」

「ああ。なぜなのだろう、と思って」

「自明でございますよ。王子殿下は恋をなさっておいでなのです」

「……恋?」

「ええ、私も妻の手を初めて握ったときには、歓喜で心が震え、体中がびりびりとしびれたものですよ」


 微笑むスチュアートに、納得がいっていないという表情のサフィール。左手を見下ろしながら、眉間に皺を寄せる。


「恋は、『真実の愛』とは違うのか?」

「恋が真実の愛になることもございます」

「ということは、恋をした相手が『真に愛する者』になることも、ありえると」

「さようでございますね」


 ――ジョゼも、手がしびれていたようだったな。だとすると、彼女も恋に落ちたと考えるのが妥当だろうか。


 それは、今までにない感覚だ。

 アレクサンドラにも、髪の長い娘にも、溺れたところを助けてくれた娘にも、棺の中の娘にも、一切感じなかった感情だ。

 サフィールは溜め息をつく。恋に落ちたとき、どのようにすればいいのか、さっぱりわからない。何しろ、ジョゼのことを考えるだけで胸が高鳴っている。冷静な判断ができない。できるとは思えない。


「……参ったな。そうか、これが恋か」

「どうなさいますか? 恋文を送る、贈り物を届けるなどして、相手の方に好意を示すべきではないかと思いますが」

「ま、待て。そんな急に言われても」

「急に落ちるのが恋ですから仕方がありません」


 スチュアートは楽しそうにサフィールを見つめている。彼は口が堅く、サフィールが口止めしたことは国王や王妃にも伝えることはない。信頼はできる。

 だが、いかんせん、情報が古すぎる。


「わかった。だが、やはり時間がほしい。今どきの若者の意見も取り入れなければならないだろう?」

「さようでございますね」


 冷たくなった香茶を飲みながら、サフィールはジョゼを思い浮かべる。彼女に手紙を送るなら、どんな書き出しがよいだろう。装飾品を贈るなら、どんなものが気に入るだろう。

 サフィールは笑う。


 ――あぁ、こんな楽しい気持ちになったのは初めてだ。


 歴代の結婚相手に対して、似合いそうな宝飾品すら考えたこともなかったサフィールだ。婚約指輪や結婚指輪でさえ、深くは考えずに相手が欲しがるものを与えただけだ。


 ――もしあのとき真摯に相手に向き合っていたら、不幸な結末にはならなかったのかもしれないな。


 そんなふうに、今さら後悔するのだ。




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