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029.対話と決意

 何度も何度も同じ悪夢を見る。

 幸せな夢なのか、不幸な夢なのか、もうわからない。

 ただ、渇望している。

 この悪夢がいつか終わる日を。




 目を覚まし、傍らに眠る姉妹を見てホッとする。姉妹を起こさないように静かに寝台(ベッド)から抜け出て、鏡と季節を確認する。


「……ハァ。嘘でしょう」


 姉妹の大きさと寝台から降りたときの視界の低さに、ジョゼは何となく気づいていたが、まさかこれほどまで逆行しているとは思わなかった。


「いくつかしら? 十歳そこそこのように見えるけれど」

「お姉様、おはようございます」


 ぬいぐるみを抱いてやってきたアレクサンドラの金色の頭を撫で、ジョゼは微笑む。


「おはよう、アレクサンドラ。イザベルを起こしてご飯にしましょうか」

「はいっ、ジョゼフィーヌお姉様っ!」


 ジョゼは微笑みながら、考える。


 ――わたくしが十歳そこそこなら、サフが記憶を取り戻すまであと……九年、かしら?


「これは大変だわ」と、ジョゼは頭を抱えるのだった。




 ロベール伯爵とジョゼたちの母は、アレクサンドラの母が亡くなって少したってから再婚をしたようだ。

 季節は春。結婚式からしばらくたって、三姉妹は邸の庭でガーデンパーティをしている。


「ベルお姉様、待って!」

「うふふ~つかまえてごらんなさ~い」


 姉妹が仲良く追いかけっこをしているのを、ジョゼはのんびりと眺めている。必要なものは、既に見つかっている。あとはどう切り出すか、だ。

 香茶を飲み、クッキーを食べ、絨毯でゴロゴロしているうちにアレクサンドラはうとうととし始める。アレクサンドラにブランケットをかけてやりながら、ジョゼは微笑む。


「……イザベル」

「なぁに、お姉様」

「銀色の腕輪、戻ってきたのね」

「何のこと?」


 イザベルは目を細め、ニッコリと微笑む。訝しがるような素振りはない。ジョゼは確信を得る。


「アルジャンから取り上げた腕輪でしょう?」

「アルジャン? それはどなた?」

「残念ながら、今の世界に(アルジャン)はいないのですよ、聖母神様」


 先日の安息日に大神殿へ行って、確認した。聖母神像の両腕には腕輪がはまっていること、そして、フランペル王国の王子は一人きり――青の王子のみであることを。

「もう二度と会えない」とアルジャンが泣き叫んでいたことが気になった。思ったとおり、アルジャンは今生では生まれていない。アルジャンは聖母神のもとに還ったのだ。そんなことができるのは、世界でただ一人だけ。


『ほう』


 瞬間、イザベルのまとう空気が変わる。ヒリヒリと張り詰めた空気だ。

 イザベルは空を見るでもなく、ジョゼやアレクサンドラを見るでもない。視線がどこを向いているのかわかりづらい。


『よく気づいたのう、妾の正体に』

「アルジャンとイザベルは、よく見ると、同じ腕輪をしておりましたから」

『あの夜か。気づいたのは』

「ええ。アレクサンドラのことを『サンドラ』と呼ぶのは、わたくしとイザベルだけですもの」


 イザベル――聖母神は『なるほどのう』と笑う。笑っているのか、怒っているのか、判別できない表情だ。


「アルジャンはどこですか?」

『あれは妾の人形よ。妾のもとへ無事に還ってきたわ』

「しかし、彼の魂はまだあるのでしょう?」

『握り潰せるほどに柔らかい失敗作を、妾がそのままにしておくと思うのかえ?』

「菓子に多少の焦げがあっても食べられるように……創ったものを壊すのは、もったいないですから」


 食い意地の張った聖母神はどこか得意げな笑みを浮かべる。自分の考えは間違っていないのだろうとジョゼは思う。

 アルジャンの魂は、まだ彼女の手のうちにある。それを知ることができただけでも収穫だ。


「どうすれば、サンドラは幸せな結末を迎えることができるのでしょう?」

『この娘の望みはたった一つ。生涯続く愛を手に入れたいのよ』

「……家族の愛」

『何度失敗しても、諦めようとせん。強情な娘よのう』


 夕日に当たり、茜色に染まる金色の髪を撫でながら、ジョゼは溜め息をつく。


「わたくしの幸福ではなく、彼女の幸福を優先すべきでしたか……」

『妾の手には負えん。そろそろ妾もゆっくり眠りたいのう』

「飽きたのですか? 舞台の特等席は」

『何十回も同じ舞台が続くと、ちぃと飽きるものよ。役者を増やしても、場所を変えても、何をしても、この娘は満足せん』


 聖母神は退屈そうにあくびをする。それは彼女の本音なのだろう。舞台裏まで理解しているからこそ、そう感じてしまうのだろう。


『しかし、人形は妾の思いどおりには動かぬものよの。あの人形はこの娘の幸福ではなく、なぜかお前の幸福を願った。不思議よのう』

「創世の聖母神様にも理解できないことでしたか?」

『妾の理解が及ぶ範囲など、たかが知れておる。お前たちの心の機微など、到底わからぬことよ』


 聖母神とはそういうものを超越した存在なのだと納得する。


「わたくしは、何となくわかります」

『ほう?』


 ジョゼはアレクサンドラの髪を撫でる。可愛らしい継妹の寝顔を見て、微笑む。


「サンドラはきっと、自分だけでなく家族の幸福を願ったのでしょう。だから、アルはわたくしを幸せにしたいと願ったのでしょう」

『そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。どちらにしろ、妾にはわからぬことよ』


 ジョゼは今まで自分の幸せだけを考えてきた。しかし、それだけでは足りなかったのだ。だから、人生が繰り返される。


「聖母神様、わたくし、家族を幸せにしてみせますわ」

『家族……? ほう、なるほどのう』

「だって、それがきっと、サンドラの願いなんですもの」


 聖母神は大きなあくびをしたあと『やってみよ』と笑う。


『あの王子と共に、幸福な結末にたどり着いてみよ』

「家族皆で、です」


 ジョゼは覚悟を決める。家族で幸福にたどり着かなければ意味がないのだ。


「聖母神様。ですから、家族をお返しくださいね。きっと、ですよ」

『……よかろう。楽しみにしておるぞ』


 そうして、聖母神――イザベルはぱたりと絨毯の上に倒れ込む。銀色の腕輪は消えている。目が覚めると、彼女はただのイザベルに戻るはずだ。

 ジョゼの、幸福な結末をめぐる計画は、今ようやく始まりを迎えたのだ。




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