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022.白雪嬢の事情

 サフィールと密会しない代わりに、二人は手紙のやり取りをするようになった。もちろん、暗号を忍ばせながら。

 サフィールの密偵はすぐにガルバー公爵家の様子を伝えてきた。


 ブランカの母は七歳のときに亡くなり、ガルバー公爵はすぐに新たな妻を迎える。夫人は美しいと評判で、近隣貴族たちは公爵を大変羨んだという。

 一方、ブランカは成長するにつれ、どんどん美しくなり可愛らしさを増していったという。「まるで白い雪のようだ」と皆は口々にブランカを称賛し、「白雪嬢」と呼ぶようになる。

 反対に、夫人の体には徐々に老いの印が刻まれていく。夫人が皺を隠そうと厚塗りをすればするほど、自然なブランカとの差が開いていく。

 そして、ブランカに嫉妬したガルバー公爵夫人は、自分の目の届かない場所へと追いやろうと国外の王侯貴族との結婚を画策している――というのが、ブランカが故郷に戻りたくない理由らしい。


「それは難しいわねぇ……」


 報告書をかまどの着火剤に利用しながら、ジョゼは溜め息をつく。

 ガルバー公爵家にはブランカしか子どもがいない。後妻に入った夫人は、結局子どもを生んでいないのだから、公爵家を継ぐのはブランカとなる。その彼女を国外へと追い出す――嫁がせると、ガルバー公爵領を治めるのは誰になるのか。公爵の兄弟か、その家族か。


 貴族にとって、家を存続させることは第一に考えなければならないことである。公爵ともあろう者がそのようなことを失念しているとは考えにくい。


「ガルバー公爵は夫人の傀儡となっているかもしれないわねぇ」


 そもそも、サフィールが最初に彼女と出会ったのは、ヴィルドヘルム王国の森の中だ。ブランカは死んでいた。棺の中にいた。誰がブランカを殺したのかはわからないが、サフィールの話を聞く限りでは、彼女の継母が殺害しようとしていた可能性が高い。

 国外の王侯貴族との結婚――それが、ブランカを救う(ルート)となるのなら、彼女が家に戻りたくないと考えるのも納得できる。


「お姉様、今日は何を焼いているのですか?」

「今日は林檎のパイよ。ついでに林檎のジャムを作るわね」

「林檎パイ! わたし、大好き!」

「林檎ジャムも!」


 相変わらず、ジョゼの周りをイザベルとアレクサンドラがうろちょろしている。食べ盛りの二人は、体重を気にする素振りもなくジョゼの菓子をぺろりと平らげるのだ。


「ねぇ、今度のガーデンパーティにお客様を呼んでも構わないかしら?」


 ジョゼの言葉に、二人は目を輝かせる。


「お客様! どなた!?」

「お茶会! お茶会なのね、お姉様!」


 社交界デビューをしていない二人にとって、貴族の娘らしいことをするのは憧れである。三姉妹だけで行なうガーデンパーティもその真似事だ。

 客人を招く茶会に、二人は大変な興味を寄せるのは当然だった。




 その日、王宮の馬車に乗って、ブランカはやってきた。子どもが同席するおままごとの茶会だからと、華美なドレスではなく動きやすそうなワンピースを着て。


「ジョゼフィーヌ様、お招きいただきありがとうございます」

「ごきげんよう、ブランカ様。さあ、遠慮なさらずにどうぞ」


 伯爵家の庭に絨毯を敷き、既にイザベルとアレクサンドラはバタールを食べている。その横に、テーブルと椅子を準備してある。

 ブランカが持ってきた果実水は梨。それを氷水で冷やしながら、ジョゼは苺ソーダをグラス二つに注ぐ。

 テーブルに並んでいるのは、ジョゼが焼いた菓子が多い。ブランカは目を輝かせ、「美味しそう!」と笑う。


「お姉様が作ったのよ」

「すっごく美味しいんだから」


 絨毯の上で二人がはしゃぐ。ブランカは「ジョゼフィーヌ様の手作り!?」と驚きながら、パクパクと食べている。どうやら、口には合ったらしい。

 しかし、焼き林檎を見た瞬間に、ブランカの手が止まる。表情も心なしか強張っているように見える。


「どうかなさいましたか? 林檎はお嫌いかしら?」

「そうではないのですが……林檎を見ると、指が震えてしまって」


 ジョゼはブランカの手がかすかに震えているのを見て、すぐに使用人に言って焼き林檎を下げさせる。無理をさせることはないのだ。


「……母が、いつも林檎を切り分けてくださるのですが、それを食べると、急に体調が優れなくなってしまうものですから」

「それは大変。林檎が体に合わないのかもしれません。林檎水も下げさせておきましょう」

「ご配慮、痛みいります」

「今、体におかしいところはございませんか? 先ほど召し上がっていた焼き菓子には、林檎のジャムを使っていたのですけれど」


 ブランカは驚いて立ち上がるが、体に湿疹のようなものは出てきていない。胸を押さえながら「何ともありません」と安堵したように着座する。


 ――少し、意地が悪かったかしら。


 ブランカが林檎を異様に恐れることを、サフィールからの手紙でジョゼは知っている。息を吹き返すときに、口から零れ落ちたものは、林檎の欠片だったとサフィールが思い出したのだ。

 林檎自体は話のきっかけとして準備したものだが、効果は抜群であった。どうやら、彼女の林檎嫌いは継母のせいであるらしい。


「ブランカ様、あなた、夫人とうまくいっていないのではありませんか?」


 ブランカはハッとしてジョゼを見る。困惑の色が瞳にも表情にも現れている。


「わたくしの母も、この伯爵家の後妻として迎えられました。わたくしには可愛い妹が増えて幸せに暮らしていますが、どうにもあなたのことを他人事とは思えなくて」


 ジョゼは、アレクサンドラをいじめていた頃を思い出している。あのときは、母もアレクサンドラに冷たく当たっていた。灰かぶり(サンドリヨン)と冷たく罵り、使用人のお古を着させて、自分たちは贅沢三昧をしていた。

 酷い継母と継姉だったと、今なら思える。あの頃のアレクサンドラと、今のブランカは同じなのだ。


「あぁ、立場が異なりますから、気分を悪くなさったなら謝ります」

「いえ……いえ、違うんです」


 ブランカの大きな瞳から涙が零れ、真っ白な頬を濡らす。妹たちもそれに気づいてブランカのそばに寄ってくる。


「どうなさったの、白雪のお姉様。手巾(ハンカチ)をどうぞ」

「お姉様のタルト、泣くほど美味しかったの?」


 二人の無邪気さにブランカは微笑む。


「ええ、とても美味しかったの。それに、ジョゼフィーヌ様がお優しくて」

「ふふ。ジョゼお姉様はお優しいの」

「そうよ、とてもお優しいの」


 涙を拭き、香茶を飲んで、ブランカはジョゼを見つめる。その澄んだ瞳から、彼女の意志が定まったことを感じる。


「ジョゼフィーヌ様、お願いしたいことがございます」

「わたくしが協力できることなら、何なりと。ただ、一つだけ条件が」


 一瞬で緊張した面持ちになるブランカを見て、ジョゼは微笑む。


「様、をつけるのは、やめていただきたいの。ねぇ、ブランカ」


 ジョゼの申し出に、今度こそ、ブランカは満面の笑みを浮かべるのだった。




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