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017.兄弟と姉妹

 アルジャンはジョゼとサフィールを交互に見て、困ったように溜め息をつく。どうやら兄がどこかの令嬢を口説いているように見えたのだろう。


「兄さん、父さんが呼んでいますよ。早く行ったほうがいいのではないですか」

「どうせどこかのご令嬢とその父親に挨拶しろと言われるだけだろう。面倒だから俺はここにいるよ」

「そんなこと仰っていると、勝手に婚約者を決めてしまわれるのではありませんか? 今結婚するつもりはないのでしょう?」

「……う。阻止してくる」


 サフィールは名残惜しそうにジョゼを見つめ、溜め息をつく。そして、アルジャンに何事かを話したあと、ホールへと戻っていく。


「兄が失礼いたしました。愚兄はどうやら、あなたのお名前すら伺っていないらしいですね。私にあなたのお相手をするようにと申しつけられました」

「さようでございますか。しかし、わたくしはもう帰らなければなりません。残念ですが……」

「では、兄にはそのように伝えておきます」


 アルジャンはサフィールから「名前を聞いておくように」とは言われていないのか、そのままジョゼを帰そうとする。ジョゼにとってはありがたいことだが、アルジャンがあとでサフィールから責められるのではないかと心配にはなる。


「あの、わたくしの名前を聞かれませんでしたか?」

「『彼女は運命の相手かもしれないから名前を聞いておけ』とは命令されましたが、運命の相手ならまた再会できるでしょう。出会えなければそれまでの縁だったということです」


 アルジャンの言葉に、ジョゼはなるほどと頷く。三年後にはサフィールも記憶を取り戻すのだ。それからでも遅くはない。


「かしこまりました。しかし、それではアルジャン王子殿下がサフィール王子殿下に咎められてしまうのではありませんか?」

「まぁ、兄の横暴には慣れておりますので大丈夫ですよ。心配してくださるのですね、ありがとうございます」


 少年のあどけなさの残るアルジャンは屈託なく微笑む。


「そこまで気にしてくださるのなら、私が咎められないように、あなたの髪飾りを一ついただいておきましょうか」

「髪飾りを、ですか? 構いませんけれど」

「では、失礼して」


 十五歳のアルジャンは、十六歳のジョゼよりも少し背が高い程度だ。ジョゼは身をかがめ、アルジャンに背を向ける。アルジャンは銀色の腕輪をした手をジョゼの髪に近づけていく。


「綺麗な青色の花ですね」


 サフィールに会えるかもしれないと思って、青色の花飾りにしたのだ。それを見透かされた気がして、ジョゼは赤くなる。


「リンドウでしょうか」

「あまり花には詳しくないのですが、秋の花だと」


 そういえば、前回サフィールが帽子につけてくれていた緋色の花飾りの花は何だったのだろう、とジョゼは今さら考える。確か、イザベルが花の名前を挙げていたような気がする。

 アルジャンがジョゼの髪から花飾りを引き抜く。するり、と背中がくすぐったいような感覚がある。


「こちらは兄に渡しておきますね」

「ありがとうございます」

「それでは、ジョゼフィーヌ嬢、良い夜を」


 青色の花飾りを手に去っていくアルジャンの背を見送りながら、ジョゼはふと気づく。


「わたくし、名乗ったかしら……?」


 そのとき、ゴーンと時鐘塔が五つ時を知らせる音が響く。舞踏会は夜中まで続くものの、翌日も仕事がある親族たちは早めに帰宅するため、ジョゼはその流れに乗って馬車へと向かう。

 そうして、ジョゼは王宮をあとにするのだった。




「お姉様、舞踏会はどうでした?」

「素敵な方はいらっしゃいましたか?」


 まだ幼い妹たちは、社交界という華やかな世界に憧れている。綺麗なドレスを着て、美しい宝飾品を身に着けて、見目麗しい青年とダンスを踊る、そんなことを夢見ている。

 現実には、好みではない男にエスコートされてダンスを踊り、彼が他の令嬢を口説くのを眉をひそめて見ているだけのことだ。美しく着飾っても、コルセットはぎゅうぎゅうときつく締めるためにあまり飲食はできない。また、姿勢を美しく保つために踵の高いヒールを履かなければならず、翌朝になっても足はパンパンだ。

 ジョゼは「そんなにいいものではないわよ」と、苺ソーダを飲みながら苦笑する。それでも、二人の妹たちは舞踏会に強く憧れているらしい。


「それにしても、お姉様ったらわたしの図鑑を持ち出して、どうしたの」


 アレクサンドラと一緒に刺繍を習っているイザベルが、不思議そうにジョゼを眺める。前回、サフィールがくれた帽子の花飾りが気になり、探しているのだ。


「ええ。少し、ね」

「ベルお姉様! ジョゼお姉様は刺繍のアイデアを探しているのよ」

「まあ、そういうことだったのね!」


 刺繍の教師が「口ではなく手を動かしてください」と叱ったため、二人は渋々布と糸に向き合う。ジョゼは大抵のことは何でも一通りできるため、教師からは「自由になさってください」と言われている。

 その花は、案外とすぐに見つかった。赤色の花びらの、中央が白く切り替わるもの。図鑑には他の色の花があるとも書かれている。


 ――確か、これだったと思うけれど。


 生花ではなく、布を使った造花であった。中央には真珠が縫われていたが、参考にしたのはこの花で間違いがないだろう。


「アネモネ? 綺麗な花よねぇ」


 いつの間にやってきたのか、イザベルが隣に立ってジョゼと同じように図鑑を覗き込んでいる。


「お姉様、ご存知でした? アネモネにはいくつか花言葉があって、全般的には『見捨てられる』や『儚い恋』という意味があるのだけれど、紫なら『あなたを信じて待つ』、白なら『期待』というふうに花の色でも花言葉が変わるの。薔薇と同じね」

「知らなかったわ……赤色の花言葉は、どうなのかしら?」

「お姉様、赤色のアネモネをもらったことがあるの? 素敵だわぁ!」


 イザベルは楽しそうに微笑む。


「赤色のアネモネの花言葉は『きみを愛する』なんだもの!」


 ジョゼの心が、何か優しい暖かなもので満たされていく感じがする。


 ――サフらしいわね。


 戻りたいと思っても、もう戻ることはできない。同じ時間を過ごすことはできない。

 ジョゼは図鑑を閉じ、涙が落ちないようにこらえる。「お姉様、笑っているの?」「くしゃみを我慢なさっているのかも」と妹たちから訝しがられても、必死で涙を抑えるのだった。




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