015.いつもと違う、はじまりの日
何度も何度も同じ悪夢を見る。
抜け出したくて足掻いても、この悪夢は終わらない。ずっと続いている。
いつになったら終わるのか、いつになったら願いが叶うのか、それすらもわからない。
ジョゼはゆっくりと目を覚ます。見慣れた天井だ。起きようとして、その重みに気づく。
「……ふふ。両手に花だわ」
ジョゼは左右を見つめ、微笑む。アレクサンドラとイザベルがジョゼにくっついて眠っているからだ。
起き上がろうとして、気づく。肌寒さがいつもと少し違う。布団も厚い。
「あら?」
左隣で眠るアレクサンドラが、記憶の彼女と違って少し小さい気がして、ジョゼは目をこする。右隣で眠るイザベルも、心なしか少し幼い。
ジョゼは慌てて飛び起きて、隣の支度室の鏡を見る。
「わ、若返ってる……!」
いつもなら十九の春に記憶が戻るはずなのだが、今回はどうやら違うらしい。刺し傷を探そうと上等な寝間着をまさぐると、もちろん傷はない。慌てて窓から外を見ると、庭の木々が赤く色づいている。秋だ。王都の邸にいるということは、議会は既に始まっているのだろう。
ロベール伯爵の再婚が、いつもと違い、早かったとしか考えられない。
――こんなの、初めてだわ。
「おはよう、ジョゼフィーヌお姉様」
背後から聞こえた声に内心驚きながら、ジョゼは笑みを浮かべる。
「おはよう、アレクサンドラ。イザベルを起こして、皆で朝の支度をしましょうか」
「はぁい!」
アレクサンドラは無邪気に笑って、イザベルを起こしに行く。
ジョゼは支度室に用意してある白色のドレスと長い白手袋を見つめ、「なるほど」と頷く。これはジョゼのものだ。社交界デビューのドレスに違いない。
――だとすると、今は十六歳くらいかしら? イザベルが十三、アレクサンドラが十二くらいね。三歳も若返っているなんて、初めて。
「おはよぉ、お姉様」と眠い目をこすりながら起きてきたイザベルと、既に寝間着を放り投げて服を着ているアレクサンドラとともに、ジョゼは階下へと下りるのだった。
伯爵と母親も三歳ほど若返っているはずだが、大人の三歳は子どもの三歳とは違うのか、いまいち区別がつかない。彼らの皺の数まではジョゼも覚えていない。
だが、いつもより三年早く二人は出会い、再婚をしたようだ。それは間違いない。
――きっとお母様の力技ね。わたくしを男爵家の令嬢としてデビューさせるより、伯爵家の令嬢で社交界に出るほうが覚えがいいもの。
「ジョゼフィーヌ。舞踏会のエスコート役はシャリエ伯爵家のレナルドに決まったよ」
「……かしこまりました」
ジョゼは平静を装いつつ、パンを食べながら微笑む。油断すると吐いてしまいそうだ。
レナルドとは一度結婚したことがある。騎士団に勤めている伯爵家の次男はそれなりにモテるらしく、彼は愛人を作ってジョゼを蔑ろにした。そういう悲しい結婚だった。
その男がよりによって社交界デビューのエスコート役とはついていないが、仕方がない。一度ダンスをしたら、それで終わりだ。
「お父様、お姉様の舞踏会はいつ?」
「今度の安息日、五日だよ。それまで、準備してあるドレスを汚さないように気をつけるように」
「お姉様はどこに行くの? わたしたちも一緒に行くの?」
「ジョゼフィーヌは王宮へ行って、国王陛下にご挨拶申し上げるんだ。お前たちには留守番をお願いするよ」
イザベルとアレクサンドラは「行きたい、行きたい」と合唱しているが、新婚の二人の目には入っていない。舞踏会は子どもがいない間の息抜きだとでも考えているのかもしれない。
「王宮……そっか、王宮」
ジョゼは淡い期待を抱く。
――サフィールに、会えるかもしれない。
国王と王妃に挨拶をするのだから、第一王子や第二王子もそばに控えているかもしれないのだ。
だが、サフィールが記憶を取り戻すのは、決まって二十歳になってからだ。三年前の今では、サフィールは自分のことすら覚えていないだろう。
――だとすると、少し寂しいわね。
自分はサフィールのことを覚えているが、彼はまだ自分のことを知らない状態だ。
サフィールの記憶が戻るまであと三年。少しだけ若い青の王子を観察するのも面白いかもしれない、などとジョゼは舞踏会に思いを馳せるのだった。





